二日目・水の妖精②
俺は「ベルト付き木製タル 中」を担いで、リリティアさんと共に森の中を進んでいた。
木が密生しているこの森では、たまに背中のタルが木にぶつかってしまう。これは帰りが大変になりそうで気が重い。
「昨日はご苦労だったな。疲れただろう」
「はい。でも、今日は思ったより疲労感は残ってないですね」
道中、リリティアさんはこうして話しかけてくれた。
「違和感や不調はないようだな。マナを初めて使った後、心身の不調を訴える者もいる。だがお前は、朝からタルを作っていたからな。なんともないようで安心した」
「そうですね。特に何の異常もありませんでした」
「まあ、不調になっても1日、長くても2日も休めば治るそうだがな。だがこれに限らず、何か不調や悪いところがあれば早めに言ってくれ」
こうした気遣いが嬉しかった。前の職場では、「風邪になるのは気合が足りないからだ」と言われて仕事が休めなかったことと比べるまでもない。
「そういえばリリティアさんの部屋の扉、閉まってましたね」
「ああ、昨夜はわざわざ少し開けておいてくれたんだろう。おかげで出入りが楽だった。礼を言うぞ」
「いえ、そんなことくらいは。それよりも、閉められるんですね」
「ああ、この体でも扉の開閉くらいはできる。閉める時は押すか引くだけだが、開けるのは少し手間だな。こう、思い切り力を入れてノブを下げて・・・後は思い切り押す」
実際に開けるところを再現してくれた。
「あの家にあるのがレバーハンドル式のやつだからいいですが、握り玉のドアノブだと難しいですね」
昔ながらの握り玉タイプのドアノブでは、ドアノブを回すことが難しいだろう。
「握り玉というと、あの回すタイプか。こちらでは見かけないな」
「そうなんですか。まあ俺が住んでたところでも今はレバーハンドルが主流ですね。俺が住んでた部屋は古いんで、握り玉でしたけど。ドアノブが壊れた時は大変でしたよ。業者すらドアに合うドアノブがなくて、取り寄せるまで時間がかかりました」
その一件のおかげで、握り玉という名称を初めて知ったわけだけど。古い物件に住む以上、こういう不都合はある程度仕方のないところだった。その分安かったし。
そんな風に雑談をしながら進むと、目的地に到着した。
「さて、水はどれくらい貯まってますかね」
「水が貯まってなければ、その原因究明もお前の仕事に追加だな」
「これ以上仕事増やしたくはないですね」
冗談を言いながら泉に向かうと、やはり水は貯まっていた。
「おお、結構貯まってますね。七割くらいでしょうか」
俺が昨日木を抜いた範囲は、大体直径15mほどの円形だ。今、水が貯まっているのは直径10m程度だ。
「これで水の心配はなくなったな。よくやったぞ」
「では、早速水を汲みましょう」
担いでいた「ベルト付き木製タル 中」のベルトを外し、手に持ち替えた。
汲むための小さい桶などは持ってきていない。ちょっと大変だがこのタルを直接泉に入れて、水を汲むことにした。
泉にタルを入れようとした瞬間だった。
「待て、誰かいる」
そう言われて、タルを両手に抱えながら顔をあげた。
泉の中に女性がいた。
驚いてタルを泉の中に落としてしまった。バシャンと音をたてて、タルは泉に浮かんだ。
それを横目に見ながら、泉の中にいる女性を呆然と眺めていた。
「驚かせてしまい申し訳ありません。泉を元に戻して下さったのはあなた方ですね」
すぐには返事ができなかった。ただぼんやりと、まるで神話に出てくる泉の精だな、と思っていた。