二十九日目・健康診断①
あれから2日間、念の為リベルさんの様子を見た。体調の悪化も特になく、順調に回復していった。町にも何度か足を運び、感染症の発生がないか市場の人たちに尋ねてみた。こちらも特に感染者が出たという話は聞こえてこなかった。もちろん、聞ける相手に限りがあるので断定はできないが、爆発的な感染拡大はないと思ってよさそうだ。
そして、リリティアさんと相談した上で、もうリベルさんが町に戻ってもいいだろうと判断した。というよりも、リベルさんをあの小屋に留めておくことが限界だったという感じだ。口には出さないものの、帰りたいという意思表示は明確だった。それでも念の為もう少し、と小屋での療養を続けてもらっていたのだが、こちらが折れたのだ。もっとも、体を調べてもウィルスは検出されなかったことと、当面の間はマスクを着用してもらうことから、他人への感染の可能性は低いだろうという結論に達したからではある。ちなみに、体に付着したウィルスの検査は、リリティアさんが行った。最初は俺がやろうとしたのだが、手付きが妖しいという理由で止められたのだ。全くもって遺憾である。
小屋を出てシャールの町へと向かう。途中までは順調に歩いていたリベルさんだったが、10分経たないくらいで息が上がってきた。辛そうになったリベルさんを見て、リリティアさんは彼女の手を引いて歩いた。可愛い女の子たちが仲良く歩いている姿は、大変素晴らしいものだ。見たかったものが見れて大満足である。
「ほら、大丈夫か?」
「ごめんね、私、体力なくって」
「気にするな。それより、あまり喋ると大変だぞ」
「すいません、ちょっと歩くペースが速かったですね。病み上がりで無理させちゃいました。少し休憩しましょうか」
「大丈夫・・・です」
そう言ってリベルさんは歩き続けた。根性があるのか、俺に遠慮しているのか、あるいは早く家や猫目石に戻りたいのか。どれかなのかもわからないが、リベルさんは自宅までの30分ほどの道のりを休まずに歩き通した。
「お疲れ様。よく頑張ったな」
リリティアさんがリベルさんを椅子に座らせる。俺はその間に水をコップに注いで手渡した。
「ありがとう、ございます」
息も絶え絶えにお礼を言うと、リベルさんは水を一気に飲み干した。空になったコップに再び水を注ぐ。
2杯目も半分ほど飲んで、リベルさんは一息ついた。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「二人とも、今までありがとうございました。父と私がこうして無事でいられるのは、あなた達のおかげです。本当に感謝しています」
リベルさんはそう言って、丁寧にお辞儀をした。
「礼ならこいつに言え。私は大したことはしていないからな」
「いや、リリティアさんがいなかったら薬は作れませんでしたから。十分大したことですって」
この前製薬機材と作り方がどんなものか教えてもらったが、あまりよくわからなかった。ただ材料を放り込んでスイッチを押すだけではなく、調合の際に細かな操作が必要なのだ。仮に怪我や毒がなくて万全な状態であっても、俺では作れなかったんじゃないかと思っている。
「それと、お金の方は必ずお返しします。すみませんがお時間をください」
リベルさんは再び、丁寧に頭を下げた。こちらとしてはいつでもいいのだが、返し終わるまでは彼女も俺に気後れしてしまうだろう。なるべく早期に返済してもらって、対等な関係を築きたい。
「まあお金のことは、追々でいいですよ。それでも、と言うなら、俺が持ち込むものを優先的に展示・販売してくれたらそれでいいですよ」
「えっと、それは・・・その・・・無理です」
言いにくそうにはしているが、はっきりと拒絶された。その方がこちらも助かるけど。
「リベルよ、こいつの言うことは気にしなくていいぞ。あの店に置くものは、お前が気に入ったものだけにしろ。それを信頼して買いに来るものがいるんだから。それを裏切るのは得策じゃない」
リリティアさん本人が言うと、説得力が違うな。
「冗談は置いておいて、本当に相談したいことが一つありまして。リリティアさんの言うとおり、気に入らなければ諦めますが・・・ホージュの実のジャムとコンポートを置いてもらうことってできますか?」
ジュース屋に置いてもらっているが、朝市では好評だった。だから、もう少し売り場を増やしてもいいんじゃないかと思っていた。朝市が開かれている広場から猫目石までは、結構な距離がある。こちらで販売してもらっても、向こうと競合する可能性は低いだろう。
「それでしたら、喜んでお引き受けします。いつから用意できますか?お客さんに特別に説明するべきことはありますか?」
少々食い気味に返答が返ってきた。明日猫目石に持参することと、おおよその賞味期限や保存方法を教えた。
「お願いしておいて何ですけど、食べ物を置いている店じゃないのに、いいんですか?」
「ある程度日持ちするものなら、特に支障はないですね。どんなものであれ、私が選んで私が決めますから。さすがに違法なものは、どれだけいいものでもお断りしますけれど」
そう言ってリベルさんは笑った。最後の一言は冗談だろうけれど、コンプライアンス意識があるのはいいことだ。
「おっと、もう時間だな。これから用事があって、我々はそろそろ戻らないといけない。今日のところはこれで失礼するが、リベルは体力が戻るまで無理はするなよ」
「それではまた明日。ジャムとコンポートは、お店の方に持っていきますね」
リベルさんに見送られて、俺たちはリベルさんの家を出た。そして、一日早く退院していたリベルさんのお父さんのところへ向かった。そして、リベルさんを家に送り届けたことだけ伝えて、女神の家に帰った。
そして、少し休憩してから準備を整えて、転送装置へと向かった。
投稿ペースを上げていきたいと言っておきながら、随分と時間がかかってしまいました。春になり、年度も変わったので気持ちを切り替えて頑張っていきたいです