二十六日目・猫目石④
とりあえず、リリティアさんの隣に座った。二人とも黙ったまま、しばらく虫や鳥の鳴き声を聞いていた。そして、リリティアさんが口を開いた。
「リベルの様子だが、特に問題はなさそうだった。しかし、やはり体力が完全には戻っていなかったようだ。辛そうだったから、帰りは途中で休憩を挟みながら帰った」
「明らかに無理はしてましたね。往復で結構な距離を歩かなければいけないんで、さすがに病み上がりではバテますよね」
うまくいったことに確信を持てて嬉しかったが、平静を装って話をする。
「さすがにあの距離を歩かせるのは無理があったようだな。疲れていたので、小屋に戻ってから眠らせておいた」
「今日無理させちゃったことで、ぶり返したりして倒れないといいですね。俺も気軽にOK出しちゃったかな」
「自身が行きたいと言っていたからな、もし倒れても自己責任だろう。それに、夕食を届けた時に様子を確認したが、今のところ異常はなさそうだった」
「俺がお風呂に入っている間に、夕食を届けてくれていたんですね。ありがとうございます」
今日は何から何までやってもらってしまってるな。
「両方とも体調に問題はなさそうだったから、数日様子を見て問題なければ戻ってもらうことになるな」
「いよいよ退院ですか。大変だったけど、二人が元気になって良かったです」
「今回の件は、本当によくやってくれた」
お父さんが病気で寝ているという話から、色々あって山に登って狼に出会い猿に襲われた。だけど、その結果リベルさんたちも治って感染拡大の心配もなさそうだ。そして、リリティアさんとリベルさんの仲も修復できたようで何よりだ。猫目石で仲良く喋っている二人をまた見ることができるのは、俺としても嬉しい。
ひんやりとした風が吹き、お風呂で火照った体を冷ましてくれる。
「ところで、高かったんだろう?あれは」
リリティアさんが、ふいに聞いてきた。あれとは当然、リリティアさんに渡した宝石、猫目石のことだ。
「そうですね。金貨一枚でした」
「やはりそれくらいするか。リベルが買った薬が、金貨一枚という話だったからな」
「あ、でもかなり割り引いてくれたんですよ。本来はこの値段では売れないって言ってましたから」
服屋の店員が最後に紹介してくれた質屋に、猫目石はあった。リベルさんにとって馴染みの店だったらしく、店主はお父さんの薬代のためだということも知っていた。事情を話したところ、そういうことならと質入れした時と同じ金貨一枚で引き渡してくれた。
「得に買えたからって、不要な物を買っても意味ないだろう。折角の大金を、無駄なことに使ってしまって・・・」
「無駄にしちゃったんですか?」
「・・・・・・無駄にはしていない・・・」
「それは良かった」
わかっていたことだけれど、実際に本人から言葉にしてくれると実感が増す。
「しかし、何故だ?高価だということは、探す前からわかっていただろう。そもそも、見つかる保証もない」
「それは確かにそうですね。この世界でも宝石が高いだろうとは思ってましたし、どこにあるのか検討もついていませんでした」
リベルさんに聞いておけばよかったと、ちらりと思ったくらいだ。
「それでも探し出して、購入した。リベルの気を引こうとでも思ったか?」
「違いますよ。そんなつもりでやったわけじゃありませんよ」
下心が全くないとは言えないが、それが目的でなかったとは断言できる。
「だったら、尚更どうしてだ?」
「うーん、そうですねぇ・・・うまくは言えないんですけど、そうあるべきだと思ったから、ですかね」
「そうあるべき、とは?」
「あの宝石が飾られるべき場所に飾ってあって、リベルさんやリリティアさんが飾られていないことを気にしなくて、二人の仲違いが解消されている。そうであるべきかなって思いました」
猫目石はリベルさんにとってお母さんの形見だと、質屋の店主が言っていた。それを聞いて尚更、元あった場所に戻すべきだと思った。
「言っていることがよくわからないが・・・」
「ですよね。俺にもよくわかりません。思ったと言っても、ただの直感ですしね。でも、その直感は間違ってなかった」
それだけは、はっきりとわかる。
「確かにリベルはとても喜んでいた。諦めていた母親の形見が戻ってきたのだから当然だろうな。それに私もだな。リベルに言いたいことや思っていることを伝えられたし、以前のように話せるようになった。だから・・・」
リリティアさんは立ち上がって、こちらを向いた。
「ありがとうな、守」




