二十六日目・猫目石②
俺たちはなるべく人目を避けるようにしながら、猫目石まで移動した。リベルさんが知り合いに出会ってしまうと、当然その時に会話になってしまう。マスクをつけているので感染の危険は少ないだろうけれど、万が一ということもある。だからこそ、人に会わないことを条件にしているのだ。そもそも、マスクをつけた3人組が、客観的に見て怪しいという問題もある。不審者扱いを受けて、余計なトラブルにつながると困るのだ。
「やっと着きましたね。リベルさん、大丈夫ですか?」
「はい。なんとか」
病み上がりの状態で30分近く歩き続けていたのだ。息も切れて辛そうにしている。本来ならばもう数日かけて、少しずつ体を慣らしていくべきだったんだろう。かなり無理をしているようだ。
「店の中に入って、少し休んでから作業に移りましょうか」
そう提案して、しばらくカウンターにある椅子で座って休んでいてもらう。その間やることがないので、展示してある売り物を適当に眺めて時間を潰す。俺が置かせてもらっている押し花を見つけた。割と目立つ中央の机に置かれているようだ。
リリティアさんは入り口付近の壁に寄りかかって下を向いていた。時折視線を上げて、カウンターの方を見ている。
リベルさんが立ち上がったのを見て、作業を開始する。と言っても、俺とリリティアさんがやれることはほとんどない。力仕事くらいなら手伝えると思ったが、そもそも力が必要な仕事自体がなかった。リベルさんは休業を知らせる張り紙を作り、店の中にある商品を確認している。
リリティアさんが掃除を始めたのに倣って、俺も掃除をする。しばらく休業状態だったからか、ところどころホコリが溜まっている。それらを全て丁寧に拭き取っていく。何しろ他にやることがないから、殊更丁寧に掃除した。リベルさんの方を見ると、まだ売り物の確認を続けているようだ。
掃除も大体済んだが、リベルさんはバックヤードで何か作業をしているようだ。リリティアさんはカウンターの机を拭きながら、一箇所を眺めている。それは、カウンターの後ろの棚と棚の間、不自然に空いている空間だ。リリティアさんも、やっぱり気になってるのかな。
「リリティアさん、ちょっといいですか?」
扉をそっと開け、リリティアさんを連れて店の外へと出る。
「どうしたんだ、いきなり。彼女には話せないような話なのか?」
「まあ、そんなところです」
そう言いながら、言葉を探す。どう伝えればいいだろうか、
そういえば、さっきリリティアさんは彼女と言っていた。リベルさんのことは、以前は名前で呼んでいたはずだ。変わったのはいつからか。確か、折り紙の件からだ。あれ以来、明らかにリリティアさんはリベルさんのことを避けている。だからといって、嫌っているというようには感じない。
「リベルさんのこと、避けてますよね?」
「む・・・避けているわけではないが・・・彼女はしてはならないことをしてしまった」
「確かに、信頼を損ねるようなことをしたのは、事実ですね」
やむを得ない事情があったにせよ、着服や横領と批難されても致し方ないことだ。契約上問題はないとは言ったが、それはあくまでルール上の問題だ。そこは問題ではない。今問題になっているのは、リリティアさんの気持ちだ。
「でも、病気のお父さんの薬代のためです。遊ぶ金欲しさとか、そういうのとは状況が違いますよ」
「それは確かにそうだが、だからといって許されることではない」
「それはそうですね。でも、情状酌量の余地はあると思いませんか?」
これに対し、リリティアさんは何も答えなかった。
「それに、一度の過ちで全て否定されるべきでしょうか。取り返しのつかないことならばともかく、今回の件はそんな事態でもありません。そもそも、被害者がいるわけでもありません。この場合、過ちを犯した人にも、信頼回復のチャンスが与えられるべきだとは思いませんか?」
「それは・・・確かにその通りだが」
窓から店の中を覗いたが、リベルさんの姿は見えなかった。
「悪いことをした時にはきちんと怒って忠告して、その後反省してやり直すのを見届ける。それが友達のやることだと思いますよ」
「あいつは、私のことを友達だと思っているのだろうか。だとしたら、相談してくれてもよかっただろう。あんなことをするより先に」
客に渡すお金を使い込む前に、自分に相談してほしかった。リリティアさんの本音は、一番許せないところは、それなんだろう。
「だったら、それを本人に直接言ってみたらいいんじゃないですか?」
「・・・簡単に言ってくれる」
「聞きづらいのはわかります。でも、このままだと、これで終わりですよ?リベルさんが町へ戻ったらたぶん、会うことはほとんどなくなりますよ。それでもいいんですか?」
「それは・・・でも・・・」
「これ、リベルさんに渡してあげてください」
手のひらサイズの木箱を、リリティアさんに渡した。
「いきなり何だ?」
リリティアさんは訝しげに木箱を開けて、中を確認する。そして、目を見開いた。
「・・・これは猫目石か!まさかお前・・・」
「頑張って探してきました。快気祝いにはまだ早いですが、ちょうどいい機会です。それ持って仲直りしてきてください。俺は先に帰ってますから」
俺はリリティアさんの返事も聞かずに、一人で女神の家へと帰った。