二十六日目・猫目石①
キッチンで朝食の準備をしていると、リリティアさんが降りてきた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。体調の方は、もう問題なさそうだな」
「はい。全く問題ないです」
「まあ、昨日長時間町を歩き回っていたようだしな。当たり前だな」
昨日家に帰ると、リリティアさんは既に帰宅していた。当然、お父さんを放って勝手に出ていったことについてお叱りを受けた。怒られることは覚悟の上だったので、大人しく謝った。何をしていたのかも尋ねられたが、そこはお茶を濁した。そしたら何かを察したような顔をした後、言いにくいことなら深くは追及しないと言われた。そういうことは私にはよくわからないが節度は守るように、とも言われてしまった。不名誉な勘違いをされているような気がしたが、否定して本当の理由を聞かれても困るだけなので黙っておく。まだ少し早いだろう。タイミングが重要だ。
朝食は町で購入した安いパンに、炙った干し肉とチーズ、紫がかったサニーレタスのような野菜を挟んだものだ。チーズは昨日、探し物の最中に見つけたので購入した。モッツァレラチーズに似たチーズで、とろける感じが美味しそうだ。
「いただきます」
「いただきます」
うん、思ったよりもよくできてる。硬いパンの歯ごたえが気になるが、それを除けば満足できるくらいに美味しい。調味料はいれていないが、干し肉に使われている香辛料で十分だった。チーズの濃厚な香りとの相性もよく、塩気もシャキシャキの野菜によっていい塩梅になっている。
「ところで、今日の予定だが・・・」
「はい。リベルさんが店に行きたいと言っていたので、回復していれば彼女と一緒に向かう予定ですね」
リリティアさんの言葉を継いで、俺が答えた。昨日シャールの町へ行った時、リベルさんも同行したいと言っていたのだ。体調面を考慮して断念してもらったのだが、町へ行けるくらい回復したら行きましょうという話になった。
「ああ。できればもうしばらくは、大人しく寝ていてほしいのだがな。感染拡大に万全を期すとはいえ、多少のリスクは残るからな」
「回復してから5日程度は人に会わず安静にするべきと、マニュアルにも書いてありましたからね。とはいえ、一刻も早く営業を再開したいという気持ちもわかりますからね。何の対応もできない状態のまま、あの小屋へ連れてきてしまいましたから」
せめて、しばらく休業するという旨の張り紙くらいはしたいだろう。それと、置いてある売り物の確認も。もちろん、あの時はそんなことができるような容態ではなかったのだが、半ば強引に連れてきたのは俺たちだ。
「町から隔離したことは、間違いなく必要な処置だった。だが、確かにあの二人には知らぬことだな。その補償は十分尽くしたとは思うが、これからの生活までは面倒見てはやれない。多少の感染リスクはあっても、やむを得ないか」
「まあ、なんとかなりますよ。ウィルス対策にもらった器具は優秀ですから。それに、今回は猫目石だけですし」
お父さんの時は事務所と少し離れた倉庫、そして父娘が住んでいる家に行った。もっとも、俺は最初の事務所で抜け出してしまったが。リベルさんの場合は店だけでいいので、町の中を移動する距離はずっと少なくて済むはずだ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
朝食の後片付けをしてから、父娘のところへ向かう。二人の朝食は、今俺たちが食べたものと同じものだ。
小屋の前まで行くと、小屋から少し離れたところにリベルさんがいた。
「おはようございます。どうかしました?」
トイレかとも思ったが、逆方向だから違うだろう。
「おはようございます。動けるようになったので、少々散歩をしてました」
いつも以上にハキハキとした口調だった。歩いている様子を見ても、割とキビキビとした動きに見える。
猫目石に行きたいんだろうな。いつも以上に元気に振る舞っているのは、体調が回復していることをアピールしているのだと思う。
「リベルさんの体調はどうでしょうか。声を聞く限りは、元気そうでしたけど」
リベルさんに先に小屋へ入ってもらい、リリティアさんと相談する。
「猫目石に行きたいという意思表示はしていたな。まあ、無理をして元気に振る舞っているという感じではないから、健康面はそれほど問題ないだろう」
「では、今日はリベルさんと猫目石に行くということでいいですね?」
「ああ。本人が行きたがっているのだから、そういうことになるな。今日は抜け出したりするなよ?」
釘を刺されてしまった。聞こえないフリをして小屋へと入る。
食事の準備をしながら、お父さんの様子を確認する。血色もよく、かなり元気そうだ。本人に聞いたところ、多少の疲労感や筋肉痛はあるが大したものではないそうだ。ずっと寝たきり生活が続いていて、急に数時間歩いたり作業たりしていたのだ。疲労感があるのも筋肉痛が起きたのも、どちらも当たり前だろう。
二人が食べ終わったのを見届けてから、リベルさんに確認をする。
「体調面は問題なさそうですし、猫目石に行ってもいいですよ。どうしますか?」
「え?いいんですか?」
「はい。ただし、猫目石だけで、それ以外の場所へは立ち入りません。お客さんが来ても中に入れたり対応はできません。それでもよければ、お連れしますよ」
「ぜひお願いします!」
立ち上がって頭まで下げられてしまった。それだけ店のことが気になっているんだろう。
それからウィルスチェックなどの準備をして、シャールの町へと出発した。




