二十三日目・ムクコマ⑤
「お願いだと?」
「はい。今すぐ人形モードになってもらえますか?」
思いついたアイデアを実行するためには、まずリリティアさんに人形サイズになってもらう必要がある。
「こんな時にどうしてだ?小さい姿では戦闘を続けることはできないぞ?」
「わかってます。それでも確かめたいことがあるんで、お願いします」
「よくわからんが、まあいい」
納得はいっていないようだが、リリティアさんは人形の姿になってくれた。この姿で襲われたら抵抗できなさそうだが、それでも躊躇なく変身してくれた。だから、もし猿たちがリリティアさんを襲うようならば、なんとかして守らないといけないな。
そう思って身構えていたが、キイロシビレザルたちは立ち止まってキョロキョロとしていた。
「猿たちはリリティアさんが突然小さくなって、混乱してるんですかね」
「そうかもしれないな。あるいは、同一の存在だと認識できていないのか」
「ああ、敵が突然消えたことで、どこかに隠れていないか探してるんですね」
人間が突然小さくなるとは、彼らには想像できないだろう。だから、いなくなったと勘違いして探しているということか。
その推測は、どうやら正しかったようだ。後方にいた猿たちが、木の枝に飛び上がって周囲を見渡したり、木陰を確認したりしている。近くにいる数匹は、俺への警戒のためか動くことはしなかったが、気になってキョロキョロとしている。リリティアさんの声量は彼らにも聞こえるくらいに大きいが、小さくなった彼女のことを気にする様子はなかった。やはりこのサイズの生物には、警戒したりしないようだ。
「キイロシビレザルは混乱しているな。この機に乗じて一気に叩くか?」
「いえ、それでもこの数は相手にしきれませんよ」
「ならばどうする?何か考えがあるのか?」
「一応は。うまくいくかはわかりませんが、試している価値はあるかと。リリティアさんは一応木陰にでも隠れててもらえますか?」
このアイデアを実行するには、今は待つべきだ。リリティアさんの存在を、猿たちの中から消す必要がある。
しばらく待っていると、周囲を探っていた猿たちが戻ってきた。周囲に排除すべき大型生物はいないと確認できたのだろう。目の前の俺を除いては、だが。
予想通り、全てのキイロシビレザルが俺の方を見ている。当然というべきか、みな攻撃的な表情をしている。これはアイデアがうまくいきそうだ。
「おい、キイロシビレザルたちが集まってしまったぞ?このままだとお前に対して、一斉に襲いかかってくるぞ。どうするんだ?」
「全部俺に向かってくるなら、リリティアさんはその隙にムクコマを採取して下さい。その間、逃げて時間を稼ぎますから」
俺が囮になってキイロシビレザルたちを引きつけている間に、リリティアさんがムクコマを採取する。ふいに思いついたアイデアだ。採取している間は人間モードに戻らないといけないから、その間は俺が猿たちを抑えていないといけない。
「あの数をお前だけで相手にするつもりか!?下手をすると死ぬぞっ!?」
「大丈夫です。おびき寄せて逃げるだけですから。それに、ムクコマの採取は急ぐ必要がありますから。多少のリスクは覚悟の上です。ただ、もし数匹残っちゃったら、リリティアさんの方で何とかして下さい」
「・・・わかった。無茶な作戦だが、お前の意見を尊重しよう」
リリティアさんの了解を得たところで、アイデアの実行に移る。
タイミングが重要だ。相手が攻撃してくる寸前に、こちらから仕掛けないといけない。先に仕掛けられたら先程のように防戦一方になるし、余裕を持って待ち構えられたら分が悪い。機先を制して動揺させて、一気に逃げるのがいいだろう。
後方にいた猿たちが、少し距離を詰めてきた。全員で攻撃するためだろう。いつ、攻撃してくるか。いつ、こちらから攻撃をするか。
「今だ!真ん中のヤツを叩け!」
リリティアさんの声を合図に、俺は猿の群れに向かって走り出した。