二十三日目・ムクコマ④
猿たちがどこかへ行ってくれていることを祈りながら、林の中へと入っていく。ムクコマが咲いていた辺りにまだいた場合、どうやってムクコマを採取すればいいだろうか。相手は狼すら追い払う強敵だ。ボス狼の話しぶりから考えると、数も20頭以上はいると考えたほうがいいだろう。
先程追いかけられた時のことを思い返す。彼らは鳴き声をあげるばかりで、意味のある言葉は聞き取れなかった。俺は加護の力によって、ある程度の知性を持った動物ならば会話ができる。狼たちや兄妹子鹿と話ができるのは、加護の力のお陰である。逆に言えば、ただの鳴き声しかあげなかったキイロシビレザルは、狼たちや兄妹子鹿ほどの知性がないということだ。
つまり、狼たちに使った方法は使えない。狼たちはハッタリと会話で衝突を回避できたが、会話が成り立たない相手にそれは通じないだろう。対話が可能であれば、ムクコマが欲しいだけだと説得することも可能だろうが、今回の相手はそうはいかないのだ。
妙案なんて思いつかないままだが、ムクコマが咲いていた場所まで歩いていく。今のところ、猿たちの気配はない。このまま出会わないといいんだけれど。
そう思いながら、後10メートルほどの距離まで来た。
「さすがに、そううまくはいきませんね」
「ああ。この場にまた戻ってこないか、警戒しているんだろう」
だからといって、なにもムクコマのすぐそばにいなくてもいいだろう。あちらもこっちに気づいているようで、完全に警戒モードだ。
「キキキーッ!!」
3頭いる内の1頭が、突然大きな鳴き声をあげた。すると、周囲から同調するように鳴き声があがる。
「キイロシビレザルが集まってきているな。先程の鳴き声は仲間を呼ぶ合図か」
あちこちから、黄色の毛をまとった猿が集まってくる。正確に数える余裕はないが、20頭以上はいるだろう。
「キキッキキッ!!」
「キキっ!」
5頭が近づいてきて、歯をむき出して鳴き声をあげる。やはり意味は通じないが、威嚇をしていることは明らかだ。
「危害を加えるつもりはないよ。そこの花を摘ませてもらえれば、すぐに帰るから。ちょっとだけ通してくれないかな」
微かな期待を込めて、そう語りかける。俺がキイロシビレザルの言葉をわからなくても、相手はこちらの言葉を理解するかもしれない。
なおも威嚇を続ける猿たちを見て、そんな期待も消え失せた。会話による解決は不可能のようだ。
「やはり、キイロシビレザルには、言葉を理解する程の知性はないようだな。このままだと戦闘になるが、どうする?逃げるか?」
「それもいいんですけどね・・・」
できればこのチャンスを逃したくない。できる限り早期に、リベルさんの容態を含めて現在の状況を改善する必要があるからだ。
リベルさん父娘を森の中に隔離して、猫目石は休業状態だ。彼らの日常生活や猫目石の経営のためには、なるべく早く二人の病気を治す必要がある。それに、いつまでも薬と食事を用意し続けるのは、俺たちにとっても負担になってくる。それに、狼たちの食費もある。ムクコマ探索は、マナポイントや貨幣を稼ぐ時間を削った上で、時間をかけただけその負担が大きくなる。
ムクコマ探索に時間をかけすぎると、色々な悪影響が起きるのだ。それを回避するためには、今この場でムクコマ探索を終わらせられるのが一番だ。
「ここでムクコマを手に入れて、おしまいにしましょう。せっかく発見できたんですから、きっちり採取して特効薬を作りましょう」
「そうか。では、キイロシビレザルを何とかしないといけないな」
「仕方ないですが、追い払うしかないですね」
リリティアさんへと、1頭が飛びかかってきた。リリティアさんが軽くいなすと、その猿は深追いせずに距離を取った。
俺にも別の1頭が走り寄ってくる。咄嗟に左足で蹴りを放つ。躱されたので、右フックで追撃する。それも簡単に躱されてしまうが、この1頭も距離を取って警戒している。
「様子見に一度、軽く攻撃しただけのようだな。また来るぞ」
また別の1頭が攻撃を仕掛けてくる。それを防ぐと、別の1頭が出てきて攻撃してくる。その1頭に対応すると、また別の猿が襲ってくる。
その繰り返しが何度か続いた。反撃したくても、すぐに離れてしまい攻撃できない。リリティアさんも同様で、うまく躱しているが有効打を与えられていないようだった。
「このままだとラチが開かないな。もうすぐ日も暮れる時間だから、早く終わらせたいところだが」
「そうですね。暗くなる前に、なんとかして終わらせないといけませんね」
このままジリジリ体力を奪われていくと、最終的に負けるのはこちらだろう。何か良い手はないだろうか。
目の前を、蝶が通り過ぎていく。緊迫したこの場を、優雅に舞うように過ぎ去っていった。
蝶に気を取られていたのに気づいたのか、1頭の猿が飛びかかってきた。
「危ない!」
反応が遅れたが、なんとか防ぐことができた。
「おい、ボーッとしてるんじゃないぞ!」
リリティアさんから叱責の声が飛ぶ。しかし、俺は別のことを考えていた。この状況を打破する、名案を思いついたのだ。
「リリティアさん、一つお願いしてもいいですか?」