二十三日目・ムクコマ②
南の山の頂上へと転移する。頂上は30メートル四方ほどの平地になっており、草花が少々生えている。それほど標高が高くない山ではあるが、草花の多くが女神の家周辺では見かけない種類だ。
「うん、ここは景色がいいな」
風に揺れる前髪を抑えながら、リリティアさんが言った。
リリティアさんの言うとおり、頂上からの眺めは素晴らしい。眼下には大森林が広がり、その奥には微かに山脈が見える。そして、右に目を向けると森林に沿っていくつかの町が見える。
「位置的に考えて、シャールの町はあれでしょうか」
「そうだな。あれがシャールの町だ。ここからでもよく見えるな」
女神の家やユナさんの泉に関しては、よく見えなかった。シャールの町の位置から、あの辺りかなと思って眺める。
「こちらも見てみろ」
リリティアさんに促されて、反対側、つまり南側にも目を向ける。
「海だ。山の向こうはすぐ海なんですね」
確かに、地図上では山より南は海だった。山に登ることになった時、山の上から異世界の海が見えるんじゃないかと、ちょっと期待していた。実際に眺めてみると、なかなか素晴らしい眺めだ。青い海には幾重にも白波が立ち、眼下の崖へと押し寄せている。
「ここから山を降っても、先が崖になってるんで海には入れそうにないですね」
「そうだな。海に出る必要はおそらくないだろうから、問題はないが」
確かに海に入る必要はないだろうけれど、海水浴や釣りなどはできるはずだ。暇があれば海に入れるような場所、できれば砂浜を探したい。見える位置にはないから、探すのはかなり時間がかかりそうだけれど。
ひとしきり景色を満喫したところで、ムクコマ探索を開始する。まず西側に降りて、木々が生い茂っているところまで進む。山頂付近には、ほとんど木が生えていない。直射日光を嫌い木陰にひっそりと咲くムクコマを見つけるためには、ある程度木々が林立する場所を探す必要があるのだ。そういった場所を、山頂に近い場所から探していくことになった。
蛇や虫に注意しながら、木の根本を調べて回る。真っ白な花は草木の中にあっては目立つはずだ。しかし、花自体は小さめなので、見落とさないように念入りに探す。周辺を数十分捜索したが、一輪も見つからなかった。
「見つからないですね」
「ああ。この辺りにはなさそうだな。少し移動するか」
更に山を降りて、捜索を再開する。しかし、ここでも何の成果も得られなかった。
「うーん。ここにもないですね」
「そうだな。まあ簡単に見つかるとは思っていない。気持ちを切り替えて次へ行こう」
次の捜索場所は、今の場所から少し降ってから南側へと進んだ所だ。山頂付近で木々が生い茂っているのは、西側ではこのポイントが最後だ。ここがダメなら南側を通って東側へと移動することになる。
「ここもダメですね。白い花は目立つだろうと思ったんですが、もっと目立つカラフルな花が多いのが厄介ですね」
「確かにその通りだな。鮮やかな花々のせいで、地味なムクコマが目立ちにくくなっている。これはかなり注意して探す必要があるな」
このポイントも諦めて、次へと向かう。歩きやすい場所を探しながら、時計回りにぐるりと回る。次のポイントは、山頂から北西に位置する林だ。ここは今までのポイントよりも小さく、直径10メートルほどの円形に木々がある。
「ところで、なんで木々が生い茂って林になっているところと、そうなっていないところがあるんですかね。もっと全体的に生えていてもよさそうなのに」
寄ってきた羽虫を振り払いながら、不思議に思っていたことを口に出す。木が密生している場所とそうでない場所、背の高い草が繁殖している場所。森にはいろいろな場所があったが、山の頂上付近は両極端だ。林のようになっている場所と、全く木が生えていない場所にはっきりと分かれている。
「うーん、どうしてなんだろうな。偶然そうなったのか、地滑りなどで滑落したのか。この木の増え方に理由があるのか。私も山頂付近の植物までは詳しくないので、原因はわからないな」
「さすがのリリティアさんでも、詳しくは知りませんか」
「担当区域内の動植物の知識も、一応覚えるようにはしていた。だが、まさかこんな所まで足を運ぶことになるとは、私も思わなかったからな。そもそも、植物調査をしている部署でも、ここまでは来ていないかもしれない」
「じゃあ、ここは誰も訪れたことのない、前人未到どころか神様さえも踏破していない山ってことですかね」
「そうなるな。現地への立ち入り調査は大変だからな。実際に足を踏み入れたのは、我々が初めてかもしれない。ましてや人間がここに来たことは、おそらくないだろう」
人が滅多に入ってこない森の中に住んではいるが、それでも平地は進軍経路に使われたこともあり、前人未到とは言い難い。その点、この山は人間どころか神様すら踏み入れたことがないらしい。未開の地というのは、やっぱり冒険ロマンだ。
そう考えると、少し胸にこみ上げるものがある。未開の地を探索するというロマンを感じながら、次のポイントへと移動した。