二十二日目・遭遇⑥
「お待たせ。ここにある分は、全部食べていいからね」
家の扉を開けると、狼たちは大人しく家の前で待っていた。数を数えてみるが、間違いなく全頭いるようだ。
「食べられないものがあったら、ちゃんと残してね。俺たちが食べているものでも、君たちには食べられないかもしれないから。俺にはそれはわからないから、自分たちで判断してね」
「オイシソウ」
「ヒサシブリニ、タベラレル」
「イイノ?コンナニ」
「コノニンゲン、イイヤツ」
今にもかぶりついて食べそうな様子だが、先を争って食べ始めるということはなかった。まずボス狼が食べ物の匂いを、一つひとつ慎重に嗅ぐ。本当に害がないのか、念入りに確認しているのだろう。
「食べられそうにないものはない?大丈夫かな?」
地球の犬が食べてはいけないものだって、全てを把握しているわけではない。ましてや異世界の狼の生態なんて、知るはずがない。彼ら自身で選んでもらうしかないし、それを強調しておかないと、毒を食べさせようとしたと誤解される可能性もある。
「ガイノアルモノハ、ハイッテイナイヨウダ。ニンゲンヨ、アリガタクチョウダイスル」
ボス狼がそう言ってから、用意した食材を食べ始めた。他の狼たちは、それをしばらく眺めていたが、続いてメスの狼たちも食事を始めた。他の狼たちは、じっと我慢をしている。
ボス狼が食事を止め、メス狼たちも食べ終えた。他の狼たちは、やっと食べ始める。肉はほとんど残っていないようだが、狼たちはがっついて食べている。
ボスが食べて、妊娠しているメスたちが食べる。残りの狼はそれが終わるまで待つ。それが彼らのルールなのだろう。お腹を空かせているのに、きちんと順番を守って食べているのは感心する。
「さすがに足りないね。ちょっと待ってて」
背負い籠を掴んで、ホージュの実が生っている果樹林へと転移する。素早くホージュの実を採取して、家の前へと戻る。
「これも食べていいよ。切らずにそのままだけど」
わざわざ芯を外して切り分けるのは、時間がもったいない。それに、狼たちは気にせず食べているようだ。さすがに、芯は残したほうがいいと思うけど。
追加のホージュの実も含めて、狼たちは全ての食材を食べきった。まだまだ食べたりなさそうにしているが、これ以上あげると俺たちの食事が困ってしまう。
「ショクジヲワケテモラッタコト、フカクカンシャスル」
「アリガトウ」
「オイシカッタ」
「タスカッタ」
ボス狼がお辞儀をすると、他の狼たちも一斉に俺たちに向かってお辞儀をした。なんとも礼儀正しい狼だ。
「ところで、君たちはこれからどうするの?会った場所に転移させてあげることは、もちろんできるけど」
確か、猿に縄張りを追われて、放浪中だったはずだ。あの場に転移したところで、それほど意味はないだろう。
「アタラシク、スムバショヲサガソウトオモウ。スコシハナレタトコロガ、イイダロウ」
「出産と育児があるからな。猿の群れと遭遇しない場所の方がいいだろう」
リリティアさんの言うとおりだろう。狼の群れを追い払うような連中だ。生まれたばかりの子供を連れた状態で、その猿たちに出会うのは危険過ぎる。
「ソウダナ。ヤマヲオリルノガ、アンゼンカ」
「アンゼンナバショ、ヒツヨウ」
「ズットスンデタノニ」
「シカタナイカ」
出産と育児が控えている状態で、新しく安全な縄張りを探さないといけない。それはとても大変そうだ。
まあ、乗りかかった船だ。それに狼と住むのも、異世界らしくて悪くないだろう。
「じゃあ、ここに住む?安全な場所だけは用意できるから、子育てが終わるまでだけでもどうかな?」
「おい、いきなり何を言い出すんだ」
「いいじゃないですか。困ってるみたいですし、俺たちに危害を加えることはないでしょうから。このまま放り出すのは気が咎めますし」
「それはそうだが・・・まあ、育児が終わるまでくらいなら、別にいいだろう」
リリティアさんは渋々ながらも了承してくれた。
「ソレハネガッテモナイコトダ。ゼヒ、オネガイシタイ」
ご飯をあげたことがきっかけなのか、ボス狼はこちらを信用してくれているようだ。
「だが、ここはヌシの縄張りだ。近くに狩れる獲物がいないのと、子鹿を襲わないかという問題がある」
リリティアさんの心配をそのままボス狼にぶつけると、どちらも問題ないという答えが返ってきた。ヌシの縄張りの外まで狩りをしに行けばいいし、鹿を襲わないよう群れの仲間に厳命するとのことだった。そもそも、他の生物を追い払えるやつとは、絶対に敵対したくないと言っていた。
「じゃあ、実際に住む場所なんだけど、空いてる小屋があるからそこでいいかな」
物置小屋として使っている小屋の中で、資材が少ない方へ案内する。置いてある資材は後で、もう一つの物置小屋に入れておけばいい。
「戸締まりもできるから、安全性は高いと思うよ」
「イイノカ?ニンゲンノタテモノニ、スマワセテモラッテモ」
「もちろん。あ、でも硬い床じゃ出産や育児が大変だよね。土や草を入れたほうがいいね」
いや、だったら新しく作る方が早いか。リリティアさんに手伝ってもらって、小屋を新しく作る。魔法陣内に生えていた草花が、全て返却される。これをそのまま小屋の中へと放り込んで、スコップで土を入れれば完成だ。湿気で床が傷むかもしれないが、ダメになったら壊せばいい。
「じゃあ、これからは君たちの家はここで。これからよろしくね」
狼たちは声を揃えて一斉に吠えた。その声色から、喜んでくれていることはなんとなく伝わってきた。
こうして、近所に狼の群れが引っ越してきた。




