二十二日目・遭遇⑤
「それじゃあ、家に案内するよ。さあ、この中に入って」
狼たちを転移装置の近くまで誘導すると、転移するように促す。
「コノナカニハイルノ?」
「ホントニダイジョウブ?」
「アヤシイアヤシイ」
「ワナダヨ。ヤッパリヤメヨウ」
狼たちがうろたえているが、それもそうだろう。転移装置は、今まで敵の武器だと思っていたものだ。その中に入れと言われて、何の疑いも躊躇もなく入っていくはずがない。そこまで無鉄砲だったら、転移装置に警戒なんてしていないだろう。
「ただの壁にしか見えないだろうから、入れないと思うのも無理はないかな。でも、大丈夫だから安心して」
「ハイレトイワレテモ」
「フアンダ」
「ココハボスデアルワタシガ・・・」
「イヤ、アンタハマッテロ。オレガセントウダ」
攻撃的な狼が、ボス狼を制して転移装置の前に立った。
「オイ、ホントウニメシガクエルンダロウナ」
「それは間違いなく。お腹いっぱいにとまでは、いかないかもしれないけどね」
さすがに数が多いのと、狼がどれだけ食べるのかわからない。とはいえ、ホージュの実なら後で採ってくることもできるし、飢えない程度には食べ物をあげられるだろう。
「ソノコトバ、シンジルゾ」
攻撃的な狼は意を決すると、転移装置の境界面へと飛び込んでいった。
「キエタ」
「アイツドコイッタ」
「ドウナッタノ?」
狼たちは、仲間が突然消えたことに驚いているようだ。転移しただけなんだけれど、そういう反応になるか。一頭転移できれば、安心して続いてくれると思ったんだけどな。
「オイ、アイツハブジナンダロウナ?」
「うん、大丈夫だよ。あの中に入っても、安全だから心配しないで」
と言っても、そう簡単に信じてはくれないよな。そう思ったので、リリティアさんに頼んで先に転移してもらうことにした。
「群れの中にお前だけ残していくのも不安だな」
そう言いながらも転移してくれた。そして、すぐに戻ってきた。その後に、攻撃的な狼もこちらへと転移してきた。
「ブジニモドッテコレタノカ」
「どうだ?中に入って、戻ってくることも可能だ。少しは安心したか?」
「タシカニ、ハイッテカラモドッテキタナ」
「これで信用してもらえたかな。時間ももったいないし、そろそろみんな移動してもらえる?」
再度転移を促すと、今度はどんどんと転移してくれた。ボス狼が何も言わなくとも、きちんと列を作って順番に境界面の中へと飛び込んでいく。
「ブキデハ、ナカッタノダナ。ダマサレタゾ」
「ハッタリだよ。戦いたくはなかったからね。それがわかったからって、今更俺たちを食べようとはしないでしょ?」
「ソウダナ。タベモノヲワケテモラエルナラ、ムヤミニオソウヒツヨウハナイ」
ボス狼が最後に転移すると、狼たちの移動は終わった。最初からこうすればよかったのか。リリティアさんのように一度転移して、すぐに戻ってくる。それを最初に見せれば、安心して転移してもらうことができたかな。
「あの狼が先んじてくれて助かったな。私だけが戻ってみせても、信用しなかったかもしれない。あの狼が戻ってきたことで、罠であるという疑いが晴れたんだろう」
なるほど。そう考えると、あの攻撃的な狼には感謝だな。初めはあいつのせいで食われるかも、って思ってたけど。
「しかし、何も狼に餌を与える必要はなかったんじゃないのか?」
「それはそうかもしれませんね。でも、大事な時期に食べ物も住む場所もない、では可哀想じゃないですか。それに、ボスの指示を無視してでも襲ってきそうなのが、一頭いたので」
「なるほどな。確かに、後から襲ってこられても面倒だ。餌を与えて済むのであれば、その方がいいだろう」
俺たちも転移して、狼たちと合流する。そして、家の前で待っていてもらい、食材を準備する。彼らは肉を欲しがっていたので、家にある干し肉を半分以上使った。長期保存ができるので多めに買っておいたのだが、まさか狼にあげることになるとは思わなかった。
干し肉を茹でて塩抜きする間に、他の食材を切り分けていく。シャールの町で購入した野菜や、この森で採れた山菜とホージュの実だ。
「リリティアさん、狼の食べられないものってわかりますか?人間には大丈夫でも、中毒を起こしたりするものもありますよね」
「うーん。そこまではわからないな。一応、狼達に聞いてみればいいんじゃないか?それでも食べてしまったら、それは自己責任でいいだろう。そもそも、狼が人間や精霊を食べても安全なのか。それもわからないからな。その代替品に対して、無害であることを保証する必要はないだろう」
確かに、俺たちを食べる代わりに、食材を提供するという状況だ。食材の安全性まで、こちらが責任を負う必要もないか。とはいえ、毒を食べさせたと勘違いされて襲われる、というようなことは避けたい。
念の為、用意した野菜の中から、玉ねぎに似たものや香りの強いものを除外する。山菜やホージュの実に関しては、食べていいかどうかは狼たち自身がわかっているだろう。会話が通じるので、ペットへの餌遣りほど気を使う必要はないのかもしれない。
肉も茹で終わったので、早速狼たちに持っていくことにしよう。




