二十二日目・遭遇④
ボス狼の話は、以下のようなものだった。
この場所から少し山を登ったところを中心として、ずっと前から暮らしていた。しかし、少し前に猿の群れが近くに移動してきて、それ以降小競り合いが頻発していた。そして、数日前に縄張りに堂々と侵入してきたので、争いが起こった。猿に追われて彷徨っているところで、俺たちと遭遇した。要約すると、大体そういうことらしい。
「つまり、猿に負けて縄張りを失ったということだな」
リリティアさんがズバリ言ってしまう。猿に破れて逃げてきた狼たちに対して、その直球過ぎる言い方はどうなのかな。
「カズガオオカッタ、ソレダケダ。ソレニ、コノジョウキョウダカラナ」
「まあ、出産が近い状況では、強く戦うというわけにもいかないですよね」
勝てない戦いは回避する。自然界で生きていくには必要な判断だろう。危険に気づいて警戒する、可能な限り回避する。その傾向は、転移装置への対応を見ても十分にわかる。
しかし、数的有利があったとはいえ、狼を駆逐する猿って一体どれだけ凶暴なのだろうか。マニュアルに記載されていた危険な生物も猿だったから、あの猿なんだろうけれど。登った先にまだいるのだとすると、遭遇する可能性があるだろうから不安だ。
「私達と遭遇することになった経緯はわかった。それで、こうやって包囲したのは何故だ?餌にでもするつもりだったのか?」
「ニンゲンヲミツケタカラ、ケイカイシタダケダ。カレソウナラ、カルツモリダッタガ」
「こんな場所で人間と出会うなんて、普通は想像しないでしょうね」
一人は精霊であって人間ではないのだが、そんなことを言って話の腰を折るようなことはしない。
「アア。ヒトノスミカハトオイ。ナゼイマココニイルノカ」
「こちらはこの山に生えている植物が必要でな。お前たちと遭遇したのはただの偶然だ。危害を加えるつもりはない」
リリティアさんはあくまで、こちらが攻撃する側という体で話をしている。その強気の態度が、今回は功を奏しているようだ。可能なら食べるつもりだったというボス狼の言葉は、餌にすることを諦めたという意味だろう。
「キケンガナイノデアレバ、ソレデイイ。ヨウヤクタベサセテヤレルトオモッタガ、ベツノエモノヲサガストシヨウ」
「ああ、そうした方がいいだろうな」
「ソンナヨユウハネエダロウガ!イマスグコイツラヲ・・・!」
「ダマッテイロ。ボスハワタシダ」
好戦的な狼が口を挟んだ。こいつだけが、一頭だけ焦っているように見える。ボスに制されて黙ったものの、納得はいっていないようだ。
ボスはこれ以上、俺たちを攻撃しようとはしていない。そのボスの意向に、他の狼たちもほとんどが賛同している。しかし、攻撃的な狼だけは別のようだ。後から一頭で襲ってくることも、ひょっとしたらあるかもしれない。
「ようやく食べさせてやれる、というのは?」
「サルニオワレテカラ、マンゾクニタベラレテイナイ。ミゴモッテイルモノモドウヨウダ」
「そうでしたか。それは災難ですね」
出産前の栄養が必要なタイミングで、縄張りを追われて餌を安定して獲ることができなくなったのか。
「君たちは、いつも何を食べてるの?」
「キノミヤクサモタベルガ、イマハニクガタリナイ」
「山に入ってから、動物の姿を見る回数が減ったからな。狩りの機会も減っているのだろう」
雑食というわけか。食べられる草や木の実を食べていたが、それだけでは栄養が足りないのだろう。出産や子育てに向けて普段以上に栄養が必要な時期に、縄張りを失い食料も不足しているという状況だ。自然界の生存競争の結果とはいえ、少々可哀想になってくる。
「うちに来れば多少は食料をあげられるけど、どうする?」
ボス狼に聞いてみた。食べるものは似たようなものらしいから、自分たちの食材を分けてあげればいいだろう。俺たちが食べているものだって、この森で採れたものがほとんどだ。
「タベモノクレル?」
「ニクガクイタイ」
「ワナカモシレナイ」
「カカワラナイホウガ」
俺の提案に対して、他の狼たちが意見を言っている。攻撃的な狼はただ黙って、俺の顔を見ていた。今回は意見しないのかな。黙っていろと言われて、黙っているというわけではないだろうけど。
「ココカラチカイノカ?」
「距離的には遠いけど・・・まあすぐに着くよ」
「イッテルコトガ、ヨクワカラナイガ・・・」
走って5日、転移で一瞬の距離だよ。
ボス狼は黙ったまま、何も喋らない。あれこれ言っていた狼たちも、黙ってボスの様子を窺っている。
しばらくして、ボス狼が口を開いた。
「オネガイシタイ。アンナイシテクレ」
偶然なのか、狼も同じなのか。ボス狼は頭を下げて、お辞儀のような姿勢をしていた。




