二十二日目・遭遇②
リリティアさんに促されるまま、ゆっくりと後ろに歩く。時折後ろを振り返って足元を確認するが、それ以外は常に前方を注視する。姿はまだ見えないが、たまに草木が揺れるのは見えた。それほど大きな生物ではなさそうだが、かなりの数がいることは間違いない。
ゆっくりと距離が詰まっていく。しかし、動物の姿は依然として見えない。うまく姿を隠しながら距離を詰められている。見えない相手の気配を追いながら、徐々に追い詰められているように感じた。
「群れが散開したようだな。これは、囲まれるぞ」
「餌だと思われてるんでしょうか」
「わからない。が、決して友好的ではなさそうだな」
「走って逃げましょうか・・・あ、転移装置使いましょう」
転移装置で家まで逃げてしまえば、もう大丈夫だろう。
「一か八か転移装置を使うか・・・いや、それも危険だ。相手も入ってきたら、どうにもならない。ただ、すぐに出せるようにはしておけ」
そう言われて、革袋から転移装置を取り出してジーパンのポケットにしまう。
ジリジリと後退するが、相手もジリジリと距離を詰めてくる。一気に襲ってこないのは、警戒しているのか、逃げられないように包囲が完成してからにするつもりなのか。
草木の切れ目から、相手の姿が見えた。四足で体長は6,70センチくらい。体の色は全身真っ黒だ。
「犬?」
「いや、オオカミだ。クロイロシンリンオオカミだ」
「マニュアルには、狼がいるなんて書いてなかったのに」
危険な生物は猿だと言われている。狼がいるなんて聞いてない。
坂道の途中で、ついに10メートル以内にまで近づかれてしまった。
「紙鉄砲で威嚇しましょうか」
「いや、止めておけ。下手に刺激するのはよくない。音に反応して襲ってくるかもしれないぞ」
「じゃあ、どうしましょうか。このままだと一斉に襲いかかられて、餌になるだけですよ」
更に距離を詰められ、一番近い狼は5メートルほどの位置にいる。左右に広がっていた狼たちも、同じくらいの距離まで近づいている。真後ろの一箇所以外は、全ての道を塞がれている。
一番近くにいた狼が、更に近づいてくる。ストックを突き出して威嚇すると、歩みを止めて5メートルほどの距離まで戻っていく。
数頭の狼が順番に、近づく素振りをしては距離を取るを繰り返す。そのたびに俺とリリティアさんは牽制して、距離を詰められないようにする。そんなやり取りが何度も続いた。
「一か八か、だな。転移装置を起動させろ」
このままではジリ貧だ。リリティアさんに言われて、転移装置を起動させる。急に転移装置が出現したことで、狼の動きが止まった。
「ナニカ、デテキタ」
「ナンダナンダ」
「ニゲヨウニゲヨウ」
「アワテルナ、オチツケ」
狼たちの会話が聞こえてくる。
「狼が喋った?」
「会話ができるほどの知性があるとは、知らなかったな」
兄妹子鹿も喋っていたのだから、狼が喋ってもおかしい話ではないか。だが、この状況はあまりいいことではないだろう。知性が高く群れで行動する肉食動物なんて、厄介な相手だ。高度な連携で確実に追い詰めようとしていることは、これまでの動きからもよくわかる。
「トットトクッチマエバイインダヨ」
「アレ、ブキカモシレナイゾ」
「コウゲキサレルマエニ、ニゲヨウ」
狼たちは吠えずに、静かに会話している。言葉の内容から、転移装置を警戒していることが伝わってくる。
「言葉が通じるのならば、何とかなるかもしれんな」
「本当ですか?」
「ああ。会話を試みて、平和的な解決を目指そう。あちらも、こちらを警戒しているようだからな。お互いに攻撃せずに済ませるように、話をまとめよう」
そう言うとリリティアさんは、構えを解いた。そして、一番奥にいる狼に向かって話しかけた。