二十二日目・遭遇①
リベルさんたちへ食事を届けたら、今日も山登りだ。地図を見る限り、昨日の時点で半分近くまで登ることができた。
「早ければ、今日にでも頂上に着けますかね」
「そうだな。順調に行けば、頂上付近まで行けるだろう。明日はムクコマを探すことだけに注力できるのが理想だな」
「登った先で、偶然咲いてたらいいんですけどね」
「もしそうなったら都合がいいな。探す必要がなくなる」
そんな話をしながら、山道を登っていく。周囲を警戒しながらだが、木々の量がそれほど多くないため視界がいい。大型の生物がいれば、すぐに気がつけそうだ。
順調に登山を続け、昼休憩の時間になったので女神の家へと戻る。転移装置のおかげで、遭難の心配がない。地図があるから迷うことはないが、仮に道に迷っても転移装置で家まで帰ってこられる。それ故に装備は最低限でいい。ストックとヘッドランプ以外は、紙鉄砲と転移装置だけだ。この2つは腰に小さな革袋を引っ掛けて、そこに入れてある。
リリティアさんが作った昼食を、リベルさんたちの元へと届ける。お父さんの方は、かなり回復してきているようだ。だが、リベルさんの様子はあまり良くなったようには見えない。心配ではあるけれど、ご飯はきちんと食べられているようなので、深刻な状況ではなさそうだ。
自分たちも昼食を食べ、昼休憩を取る。そして、転移装置を使って登山を再開する。
「視界がいいですね。この山に近づいてから、家の近くのような密生状態はなくなりましたね」
「そうだな。移動が容易になっているのはありがたいことだ。それと、あくまで可能性の話だが、一つ推測できることがある」
「推測?何ですか?」
「ドリアードについてだ。南に向かうと、異常繁茂が見られなくなった。ということは、ドリアードは家から北西にいる可能性が高い。いる場所から遠ざかるにつれて、植物を成長促進させる力が弱まるという仮定の話だがな」
その仮定は、おそらく間違ってないだろう。遠くの植物を遠隔操作で成長促進させることができるのであれば、わざわざ森の中に連れてくる必要がない。いや、これもこの森に来ているという仮定が前提の推測か。
「北じゃなくて、北西ですか?」
「東側はシャールの町へ向かう際に通っている。その時も、町に近づくと木々が少なくなる傾向にあった。もう少し複数の地点で調べてみないと、正確なことは言えないが。それに、この程度の推測では、ドリアードの居場所の直接的な手がかりとは言えない。北西と言っても、範囲が広すぎるからな」
「それでも、大まかな方向がわかるだけでも大きいですよ」
ドリアードの発見は、森の守護者としての職務に直結する問題だ。多少なりとも範囲を絞り込めるのは、かなりの進歩だ。
「もっとも、我々がここであれこれ推理する必要はないんだがな。アイリアが資料を発掘すれば、それで済む話だ」
確かに、この件はアイリアさん任せにするしかない。しかし、感染症の問題もあるし、日常業務もあるだろう。それほどすぐには探し出せないかもしれない。ドリアードの件については、気長に待つしかないだろう。
今大事なことは、ムクコマという花を探すことだ。リベルさんの状態も心配なので、早めに特効薬を完成させて回復してもらいたい。
「傾斜が少々急になってきたな。登るのが少し大変になるな」
「もしよければ、ストック使いますか?いや、そもそも人形モードになればいいのか」
「いや、そこまでは大丈夫だ。お前と違って荷物を持っていないからな。私ばかり横着するわけにもいかない」
「楽できるんですから、気にせずすればいいのに。それに荷物と言ったところで、転移装置や地図などしかないですから。たかが知れてますよ」
楽な方法があるのにそうしないのは、先輩としての立場なのか元々の性分なのか。まあ、傾斜がきつくて大変だとは言っても、それほどではない。まる一日この坂道では辛いだろうが、後数時間ならば全く問題ないんだろう。
「お前こそ、辛ければ早めに言ってくれ。きちんと休憩を取るからな」
「大丈夫ですよ。靴が新しくなってから、足の負担も随分と減りましたから。オーダーメイドの靴は初めてでしたが、こんなに楽になるのかと思いましたよ」
オーダーメイドだから足にピッタリとフィットしていて、靴ずれが起きない。それに、靴底のクッション性が高いから、着地の衝撃が少ない。それまでは指先や膝の痛みを、癒やしの水で抑えながら走っていた。今はその痛みがなくなり、かなり楽だ。痛い箇所をかばいながら走る必要がなくなったことも、疲労感が少なくなったことの理由だろう。
「無舗装の森を踏破するには、きちんとした靴が必要だとは思っていた。マナポイントは少々高くなってしまったが、高性能のその靴は必要な出費だろう」
「軽くて運動に適していて、その上で表面が硬いですからね。更に通気性と撥水性がいいって書いてあったので、かなり機能性が高いですよね」
表面は薄くて硬い素材で覆われており、安全靴のような役割も果たせる。それにも関わらず、通気性がよく蒸れにくい。更に撥水性が高いため雨が降っても大丈夫という、森の中で活動するのに最適な靴だ。
「この靴ならどこでも行けそうですよ」
「そうか、それは良かった。その調子でこの山・・・止まれ」
リリティアさんに制されて、慌てて止まる。
「前方から何かが向かってくる。それほど速くはないが・・・複数だ。刺激しないように、ゆっくりさがるぞ」