二十一日目・山登り開始①
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「ええ、お陰様で。ゆっくり休むことができました」
俺とリリティアさんは、入院小屋まで二人分の食事を運んだ。
昨日、山の麓までたどり着いた後、リベルさんの家へと向かった。そして、夕食を摂ってもらった後、リベルさんとお父さんを作成したばかりの小屋まで連れてきた。そして、簡単に説明をして、いくつかお願いしたことを了承してもらった。完治までここにいてもらうこと、そして猫目石についてはその間閉めてもらうこと。そして、この小屋については他言無用であることと、あまり詮索しないでいてもらうことだ。
説明しながら、自分でも怪しさ満点だなと思った。しかし、背に腹は代えられないのか、二人とも受け入れてくれた。これで、ひとまずこの親子については、隔離することができたことになる。
「お二人の朝食です。消化にいいものを作ってきたので、温かい内に召し上がって下さい」
今日のメニューは、赤ポートという芋と根菜を使ったポタージュスープとホージュの実のコンポートだ。栄養はある程度バランス良く摂れるように作ったと、リリティアさんは言っていた。タンパク質が足りないが、干し肉は刺激が強いので控えたらしい。自分たちの朝食も同じメニューだったが、味はとても良かった。
二人が完治するまで、食事は全てリリティアさんが作ることになった。二人の様子を見ながら、負担にならない食事にするためらしい。確かに、俺には病人に対して適切な食事なんて作れないので、料理の得意なリリティアさんにお任せするのが無難だろう。
二人が食事を終えるのを見て、薬を用意する。水筒に詰めた癒やしの水をコップに注いで、薬と共に二人に渡した。二人とも透明なコップをしげしげと眺めていたが、何か聞いてきたりはしなかった。それにしても、やはり親子だからだろうか。コップを吟味する二人の動きが、全く同じだ。
「では、お大事にして下さいね。また昼に来ますね」
薬を飲み終えるのを見届けて、俺とリリティアさんは小屋から出た。すると、後からお父さんも小屋から出てきた。
「何から何までしてくださり、本当にありがとうございます。このお礼は必ず致します。なので、娘だけでも、どうか回復するまで置いてください」
お父さんはひざまずいて言った。その動きにあっけに取られてしまい、この世界にも土下座ってあるんだなと、全く関係ないことを考えてしまった。
「頭を上げてくれ。我々にとっても、ここで療養してもらう方が都合がいいんだ。誰にも感染させないように、完治するまではここから動かないでくれ。その間の生活に関しては、こちらで可能な限り対応するから」
「そ、そうですよ。半ば無理やり連れてきてしまって、こちらこそ申し訳ないとは思ってるんですよ。でも、流行病を防ぐためにはこれが最善なので」
冷静に対応するリリティアさんの横で、俺はややどもり気味に返答をした。自分よりも10歳以上も年上から土下座をされたのだから、正直かなり困惑している。なぜリリティアさんはああも冷静に対処できるのだろうか。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。娘が倒れた時は、もうどうしたらいいかと・・・」
「安心して下さい。ここにいる限りは、あなたもリベルさんも、もう大丈夫ですから」
病気の深刻さを、身をもって体感している人だ。リベルさんがどうなるか、心配で仕方がなかったのだろう。
「ところで、リベルさんが倒れたのは、いつだったんですか?その時の状況を聞かせて下さい」
「ええと・・・倒れたのは、3日前の夕方頃でした。朝から様子がおかしく、咳もしていたんですが、変わらず私の看病をしてくれていました。私も無理せず休んでいいと言っていたのですが、昼食が済んだ後に突然台所で倒れてしまって・・・」
「なるほど、3日前の昼からということですね。その後は、どうしたんですか?」
「ベッドに寝かせました。その日の夕食以降は、娘は二口三口食べるのがやっとという状態でした。一昨日の昼までは、私が看病できていたのですが・・・」
つまり、一昨日の昼食までは二人とも食べたけれど、昼過ぎにお父さんが倒れたから夕飯は食べていないということだ。昨日の朝俺たちが発見したのだから、食べていないのは一食だけということだ。これには少しホッとした。
「つまり、薬は娘が飲んでいたんだな?一昨日の夜から、ずっと飲んでいないんだろう?」
リリティアさんが断言するように言った。確かに、薬さえ服用していれば、お父さんが倒れることはなかったはずだ。お父さんは自分では飲まず、リベルさんに薬を譲っていたんだろう。
「はい。一昨日の昼からずっと飲ませていました。それでも、咳は減りましたがずっと寝込んだままでした。昨日になって少し回復してきたようですが」
「そうか。まあ体調が戻ってきているのならば、おそらく問題はないだろう。心配しなくていいだろう。おい、そろそろ帰るぞ」
「はい。じゃあ、お父さんも戻って寝ていて下さい。念の為、鍵だけは掛けておいて下さいね」
病気で昨日まで倒れていた人間を、長期間外で喋らせているわけにもいかない。必要なことは聞けたので、後は養生していてもらおう。
お父さんが入院小屋に戻るのを見届けてから、俺たちは女神の家へと戻った。