二十日目・異変③
女神の家まで戻り、リリティアさんと今日の予定を相談する。当初の予定では南の山へ向けて進むつもりだったが、リベルさんも倒れてしまったのでどうするかということだ。
「発症した者が増えてしまったが、予定通り進むべきだと思う」
「確かに、特効薬の完成を遅らせるわけにはいきませんね。でも、あの親子はどうしましょうか。放っておくわけにはいきませんよね」
今まではリベルさんが看病していたから、薬を届けるだけで良かった。しかし、どちらも動けないのである以上、話は変わってくる。さすがに見捨てておくわけにはいかない。
「我々で面倒を見るしかないだろうな。しかし、そちらに多くの時間を割くわけにもいかない」
「そうですね。看病にかかりきりってわけにはいかないですし。それに、俺には専門的な知識があるわけではないので、病人の看護や介護を長期間続けることは難しいです」
素人が病人の世話を続けるというのは、やはりリスクにしかならない。医者に見てもらえる状況でもないからなおさらだ。
「あの二人には悪いが、多少強引にでも森の中に連れてきてしまうべきだろう。小屋を作成して、特効薬の完成そして快癒するまでそこにいてもらう。森の中であれば、転移装置ですぐに移動できる。食事の世話くらいならば、作る量が増えるだけで大した手間にはならないだろう」
「この家に連れてきてはいけないんですか?」
「さすがにダメだな。そこまでは信用できない。この家は、この世界には存在し得ないものばかりだからな。簡単にはこの家の存在を知らせるようなことはできない。よほど信用ができる人間か、人間の社会から隔絶された人間ならば話は別だが」
そうだよな。リベルさんはともかく、お父さんはこの前会ったばかりだ。簡単に信用するわけにはいかないよな。今のリリティアさんは、リベルさんも信用していないのだろうし。
「わかりました。では、小屋を作成して、入院できる状況にする。食事は三食俺たちで用意する。薬は今まで通りですが、二人分なので倍必要である。と、いうことですね」
「その通りだ。そして、それと並行して南の山を目指し、ムクコマを採取することも必要だ」
「これは忙しいですね。大変だけど、仕方ないか」
「まずは小屋の作成から始めよう。他にベッド、布団、テーブル、そしてその他の必要な設備を作るぞ」
神の門とその他伐採に必要な道具を革袋に詰めて、女神の家を出る。旧型転移装置を使い、町の近くへと転移した。この転移装置の近くに小屋を作れば、女神の家からすぐに行くことができる。念の為、転移装置から少し離れた場所に、小屋を作成することにした。
もし、女神の家に招くことにしていたら、転移装置で移動させる必要があったのか。リリティアさんは言及していなかったが、その時点でダメだったな。さすがに、転移装置を使用させるのは良くない。
周囲に人がいないことを確認して、手早く小屋を作成する。次にベッドを作成して、余った木材でテーブルと二脚の椅子を作成した。起き上がれるまで回復したら、座って食事が摂れるようにするためだ。
草花や石ころも余りの材料として返ってきたが、こちらは土と一緒にマナを回収する。土からマナを回収する行為は何度か繰り返し、十分な量のマナポイントを確保した。
「さて、次はマナポイントで交換だ。布団とタオル、それに衣服も用意しておいた方がいいだろう。それと、少々ポイントが必要だが、携帯トイレも必要だな」
一度周囲を再確認して、人がいないことを確かめる。そして、必要なものをまとめて交換した。
布団は敷布団と掛け布団のセットを2組、タオルは多めに20枚だ。衣服はゆったりとしたTシャツと膝丈のズボンだ。下着は用意しない。お父さんはまだしも、リベルさんに俺が用意した下着を履いてもらうのはさすがにおかしいだろう。同じ下着を履き続けるのは気持ち悪いだろうけれど、我慢してもらおう。話せるまで容態が回復してから、リリティアさんに聞いてもらってもいい。
携帯トイレは、一見すると普通の洋式トイレだ。しかし、水ではなく小さなゼリー状の粒が詰まっている。これが排泄物を分解するんだそうだ。内側に付着した汚れも、ボタン操作でゼリー状の粒が動いて分解してくれるという高機能だ。
「トイレだけやたらハイテクで、ちょっと気になりますね」
何のために転移装置や女神の家から遠ざけたのか、わからなくなってしまう。
「この形のトイレ自体は、この世界に存在しないわけではない。掃除などのボタンさえ隠しておけば、ちょっと高級なトイレで済むだろう。誤魔化せないかもしれないが、それよりも衛生面の問題の方が重要だ」
「リベルさんに対して、その辺でしてもらうってわけにもいきませんしね」
二人とも病気で弱っているから、特に清潔に保っておかなくてはいけない。免疫力が低下した状態で不衛生な環境にいると、合併症の危険性が跳ね上がる。だからタオルも常に清潔なものを使えるように、多めに用意した。
トイレ用に、もう一つ小屋を用意した。2メートル四方くらいの小さなものだ。これを選んだ理由は、狭い小屋にも関わらず窓が付いているからだ。採光と換気のために、窓が必要だ。
ひとまず、衣食住とトイレは整った。簡易的な宿泊施設としては、これで十分だ。
時間を確認したら、正午まで少々時間があった。今日は早めに昼休憩を取ることにして、女神の家に戻った。




