十七日目・南の山へ②
しばらく、兄妹子鹿と遊んだ。追いかけっこをしたり、ユナさんに水球を飛ばしてもらってそれを避けたりした。兄妹子鹿と遊んであげるつもりだったけど、これが結構楽しかった。ユナさんも水球の形や軌道に変化をつけ始め、最終的には合体と分裂を繰り返すスライムを作り出した。ユナさん自身も案外楽しそうにしていた。そのユナさんに、薬の原料となるムクコマについて聞いてみた。
「白い花ですか?ええと・・・真っ白な花ならこの森にも何種類かあると思いますが・・・」
それもそうか。小さい白い花という情報だけでは、該当する花は沢山あるだろう。形をうまく説明することは難しいし。さて、どうしようか。
「画像をユナに見せればいいんじゃないか?」
説明の仕方に悩んでいると、横からリリティアさんがそう言った。
「その方法を失念してましたけど、それが一番早いですね。では、ちょっと行って取ってきます」
俺たちには転移装置があるのだから、すぐに家にあるファイルを取って戻ってくることができる。そもそも泉に来る時にも転移装置を使っているのに、それを使ってファイルを取ってくるということが頭から抜けていたな。
家からファイルを取って、泉に戻ってくる。そして、ユナさんにムクコマの画像を見てもらった。
「このような花は見たことがありませんね。力になれず申し訳ありません」
「いえ、そんな謝られるようなことじゃありませんよ」
「ユナが知らないというのなら、この周囲には咲いていないということだろうな。やはり、山に向かうしかないようだ」
「なになにー?どうしたのー?」
好奇心旺盛な兄鹿にも、ムクコマの画像を見せる。彼らの縄張りもこの辺りだから、知ってるわけはないだろうけど。
「きれいな花だねー」
「この花を探していてね。見たことない?」
「ないー。でも、石や花を集めてるなんてお兄ちゃん変わってるねー」
兄鹿からすれば、確かにそういう感想になるよなぁ。その辺りにあるものを選り好みして集め歩いているんだから。
「父ちゃんや母ちゃんなら、何か知ってるかもしれないよー」
「じゃあ、もしよければ、お父さんやお母さんに聞いてみてもらえる?」
ファイルから画像があるページを取り外して、兄鹿に渡した。破れにくく耐水性も高いらしいので、兄鹿が多少乱暴に扱っても大丈夫だろう。紙1つとっても、地球以上の技術があることがよくわかる。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ。お父さんとお母さんにもよろしくね」
「うんー。また遊ぼうねー」
生えかけの角に触れないように、兄鹿の額や首筋を撫でる。俺がひとしきり撫でると、兄鹿はリリティアさんの方へと行って首を下げた。リリティアさんに撫でることを要求してるようだ。
リリティアさんが兄鹿を撫でるのを見ていると、妹鹿がおずおずと俺の前に来た。兄鹿よりも念入りに撫でてやると、鼻先を擦りつけて嬉しそうにしていた。
水を汲んで女神の家に帰ろう。そう思ってタルの方へと向かったら、既に水で満たされていた。ユナさんが汲んでおいてくれたらしい。更に、水を操作して、タルを転移装置の前まで運んでくれた。タルが地面を滑るように進んでいく光景は、不思議で滑稽だった。
ユナさんにお礼を言って、家まで転移した。そして、タルをしまって小休止を取る。
「そういえば、ユナさんたちと会って良かったんですかね。マスクもせずに一緒に遊んでしまいましたけど、ユナさんや兄妹子鹿に俺達から感染したりしないんでしょうか」
「それは大丈夫だろう。動物に感染する可能性は低いとマニュアルに書いてあったからな。ユナに関しては仮に感染したとしても、癒やしの水があるから自分で治せるだろう」
そんなことマニュアルに書いてあったっけ。そこまで読んでなかったな。ともかく、人間以外への感染を心配しなくていいならありがたい。ムクコマ探索の過程で、この森の動物たちを感染させてしまうという心配はしなくてよさそうだ。
転移装置の子機を2つ、親機に登録した。昼頃に設置する子機と、一日の終わりに設置する子機は、間違えないように色を塗って区別する。昼の分は黄色で、終わりの分は赤色だ。
荷物は転移装置の子機と紙鉄砲だけ、武器防具も胸当てだけだ。盾や長剣は移動の邪魔になるから置いていく。休憩する時は転移装置で家まで戻るので、荷物は必要最低限でいい。紙鉄砲はイノシシに効果があったので、持っていくことにした。それに折り紙だから、走っても邪魔にもならない。
「では、出発しようか。昼前にはヌシの縄張りを出てしまうから、猛獣に出会う可能性も少なからずある。十分に注意するように」
「同じ森の中とはいえ、初めて行く場所になりますからね。ちょっと緊張します」
「それくらいで丁度いい。緊張し過ぎもよくないが、あまり無警戒でも困るからな」
感染症の特効薬を作るため、南の山に向かって出発だ。
2021.4.6 紙風船→紙鉄砲、二箇所訂正。