十六日目・再会①
午前中はよく働いたなぁ。
朝食を食べてすぐに山菜採りに出かけ、食材となる山菜やキノコを採取した。帰って毒草や毒キノコがないかチェックした後、ホージュの実を収穫。そして、マナポイントを稼ぐための間伐作業を昼休憩まで続けて、ようやく午前中の業務が終わった。これだけの作業をまとめて半日でこなすのは、これが初めてじゃないだろうか。疲労感はそれほどないけれど、かなり忙しなく走り回って慌ただしかった。
普段ならばこれだけの仕事を、午前中に終わらせる必要はなかっただろう。午後から格闘術の訓練をするため、日常業務を午前中に済ませなければならなかったためだ。それに、丁度色々なものが足りなかったタイミングも重なった。
シャールの町ではリベルさんの家と猫目石以外へ立ち寄らないようにしているため、食材の調達に山菜採りをする必要があった。ジャムとコンポートを大量に作ったため、ホージュの実も使い切っていた。その上、薬と交換したことでマナポイントもほとんどなくなっていた。食料とマナポイントという必要物資を、補充する必要があったのだ。
とはいえ、格闘術の訓練も手を抜くわけにはいかなかった。安全な家の周囲を離れて、活動範囲を広げる必要性があるからだ。森の健全化という本来の目的のためでもあるが、食材の量と種類を増やすためだ。家の周囲だけで、山菜やキノコを取り続けるわけにはいかない。植生への影響もあるし、食べる食材が偏ってしまうというのも問題だ。ホージュの実の収穫期が終わる前に、別の果実を探さなければならないという課題もある。もっとも、これは後2ヶ月程度は大丈夫らしいけれど。
そんなわけで午前中に急いで食材とマナポイントを集めて、午後からは格闘術の訓練という予定になったのだ。午後の訓練も、少しずつ厳しくすると言われている。だから、いつもより長めに休んでいていいと言われているので、しっかり休養をとって午後からの訓練に備える。ストレッチで筋肉を伸ばし、特に疲れている足は全体を念入りにもみほぐしておく。それが済んだら、ソファで横になる。リリティアさんが一緒にいる時は雑談したりもしているが、今は一人なのでお昼寝タイムだ。昼休憩がまともに取れる習慣がなかった俺にとって、ゆっくり寝ていられることが未だに慣れない。だからぐっすりと眠れるわけではなく、微睡む程度だった。
しばらく寝ていると、リリティアさんが2階から降りてくる音が聞こえた。そろそろ時間みたいだから起きよう。ソファから起きて、立ち上がってリリティアさんを迎えた。
「よし、これから格闘術の練習を始めようか」
いつも通り、まずはストレッチと柔軟体操からだ。屈伸や前屈などで体をゆっくりとほぐし、柔軟体操に移る。3回目ともなると、ギリギリまで筋を伸ばされる苦痛にも慣れてくる。だが、補助をしてくれるリリティアさんから感じるぬくもりと感触には、未だに慣れることができずに少しドキリとしてしまう。昼休憩時に体を拭いて、シャツも替えておいてよかったな。
入れ替わって、今度は俺がリリティアさんの柔軟体操の補助を行う。押す方も、これはこれで結構緊張する。女性の体に自分から触れていくのだから、そういったことに縁遠い人生を送ってきた身にはハードルが高い。
背中を押して、長座体前屈の補助をする。ポニーテールから、シャンプーの良い香りがする。これは少し不思議に感じた。午前中俺と一緒に森の中を走り回っていたのに、汗の匂いが全くしないからだ。シャツも同じ服を着ているはずなのに、汗で湿っているようには感じない。
このことについて疑問には思うが、聞くのは難しい。女性に向かって聞けることではないだろう。黙って柔軟体操の補助を続ける。
しっかりと体をほぐした後は、外に出て突き技の練習だ。最初は昨日の復習として、腕だけを使った手打ちの打撃を繰り返す。体の動きとマナの力、2つの連動に注意して丁寧に突く。時折小休止を挟んだり、技を変えたりしながら練習を続けた。
「よし、次は新しい技の練習をしようか。今までの技とは意義と手段が異なるので、それを意識して取り組むように」
「手段が異なるというと、殴るわけじゃないってことですかね。例えば、蹴りとか・・・頭突き?」
「・・・正解だ。今から練習するのは足技、つまり蹴りだな。ちなみに、意義も違うと言ったが、意味はわかるか?」
意義の違いか。えっと、今までの技が逃げるために体幹を使わない技だった。究極的には、逃げながら牽制で放つことが目的だ。蹴る以上、それは難しいだろう。後ろに下がりながら蹴る方法はあるだろうけれど、逃走スピードが下がるのは間違いない。
「逃げるためではなく、倒すための技でしょうか。追手を振り切るためではなく、倒して制圧するとか、ダメージを与えて戦闘力を奪うといったことが目的かなと思いました」
「ふむ。概ね合っているな。囲まれて逃げられない時や、倒さなければならない特殊な状況にある場合に用いる。使う必要がないならば、それが望ましいことではある」
戦闘が避けられない程の危険な状況の時に、戦って勝つために使用するという感じか。確かに、戦わずに済むなら、それに越したことはない。
「そしてもう一つ想定されているのは、物を壊す時だな。道具が手元にない時に、蹴って壊すんだ。もっとも、こちらも非常事態以外は、道具を用いて破壊することが推奨されている。物の材質や形状によっては、足を怪我する危険性があるからな」
「そうですね。普段ならバールのようなものがありますから、あれを使いますよ」
あれはあれで、破片が周囲に飛び散ったりして危険ではあるけど。
「最初は上段蹴りからにするか。まずは見本を見せよう。蹴り技には自信があるんだ」
そう言うとリリティアさんは、俺の前に立った。そして、間合いを測るような動きをした。
「よし、お前は動くなよ。下手に反応すると直撃するからな」
言われて慌てて、気を付けの姿勢を取る。頭も動かさずに視線だけでリリティアさんの足を見た。
「ハッ!」
目の前数センチで、風切り音が鳴った。遅れて、前髪が揺れるのを感じた。
「とまあ、こんな感じだ。まずは一度、見様見真似でやってみろ」
・・・見えなかったけど?
今回で150部分目です。これだけ続けられたことと、読んで下さる方がいることが、とても嬉しく思っています。最近は更新ペースが遅くなっていますが、もうちょっと頑張って続けていくので、引き続きお読み頂けると幸いです。




