一日目・食料を採集しよう⑪
地面に残っていた根っこを抜き取ると、水をせき止めていた木は完全にその姿を現した。結構しっかり根がはっていたようだ。
邪魔なので、この木は適当なところに置いておこう。
「さて、無事に水が湧き出したな。このままにしておけば、泉は明日にでも元の姿に戻るだろう。よくやったな」
「ありがとうございます。これも色々教えてくれたリリティアさんのおかげです」
「いや、これはお前が頑張った結果だ。お前の仕事は、こうやって森を元に戻していくことだ。だが、まさか初日からこのような成果をあげるとは思わなかったぞ」
少しずつ水量が増えていく水たまり、いや泉だな。泉を見ながら、一つ大きな仕事をしたような、そんな達成感を味わった。
しかし、言われた通り、森を元に戻すことが仕事だ。
「今日のところは切り倒した木を片付けたら、終わりにして家に戻ろうか。戻って日報を書いたら上がりでいい」
リリティアさんはそう言ってくれた。まだ昼を過ぎたばかりで、日が落ちるまでにはまだ時間がありそうだった。研修日だから早く終わってもいいということなのだろうか。多めに見積もっても5時間くらいしか仕事をしていない。前の職場ならば労働時間の半分程度がやっと終わったところだろう。重い体を引きずり陰鬱とした気持ちを鼓舞しながら、あと半分と気合を入れていた頃合いだ。
だが、今日は体が軽い。体力的も余裕がある。何よりも気持ちが晴れやかだ。
家の方へ向かいだしたリリティアさんを呼び止めた。
「森を元に戻すことが俺の仕事、でしたよね」
「うん?ああ、それがどうかしたか?」
リリティアさんは振り返ると、怪訝な顔をして答えた。
まだ、泉を元に戻せてはいない。
「でしたら、まだやり残したことがあります。泉が干上がった後に生えた、木や草を全て取り除かないと泉は元通りにはなりません」
「確かにそうだが・・・かなり大変だと思うが、やるのか?」
「できる限りのことはやりたいです。まだ時間もありますから」
泉があったであろう範囲は木々がまばらになっていて、地面がすり鉢状にへこんでいる。だから、おおまかな範囲はわかる。半径10m程度の円形だ。この範囲に木は20本、よりは少ないだろうか。全部で17、8本といったところだ。先ほど切り倒した木と同じ太さか、もっと細く小さいものばかりだ。
「そうか。そこまで言うのならやってもらおう。さすがに全ての木を抜くにはマナが足りないだろうと思うが、マナが尽きるまでやってみても構わない。気が済むまでやってみるといい」
「ありがとうございます。暗くなる前には終わらせますから」
リリティアさんは快諾してくれた。早速作業に取り掛かることにした。
まずは切り倒した木を燃えろノコギリを使って、持てる程度の大きさに切り分ける。
このノコギリも使用する際マナを消費するようなので、使用回数を減らすためになるべく大きめに切断することにした。
切断するより先に、リリティアさんはどこかに飛んでいってしまった。作業を見ていても退屈だろうし、暇をつぶしに行ったのだろうか。
計2回切り、引き抜いた根本を合わせて4つに分割した。バラバラになった木を見つめながら、見落としていたことに気づいた。
これ、どこに持っていけばいいだろう。
このまま放置したら泉の底に沈んでしまう。とはいえ、家に持ち帰るのは大変だ。そもそも家に持ち帰っても、その後どうしようもなかった。
悩んでいると、リリティアさんが戻ってきた。
「おお、もう切り分け終わっているようだな。その木を持ってついて来てくれ」
切り分けた内の一つを抱えて、リリティアさんの後を歩いた。少し小さく切りすぎたのだろうか、木はあまり重く感じなかった。木ってこんなに軽かっただろうか。
「さて、木は一旦ここに集めておくといい」
泉のふちと思われるところから7、8m離れた場所だった。約10m四方を、俺の身長ほどの大きさの草が生い茂っている場所だった。
「この雑草のお蔭でここは木が生えていない。草むしりさえすれば、保管に丁度いい場所だろう」
先ほどどこかに行っていたのは、こういう場所を探してくれていたようだ。暇つぶしでもしてるのだろうと思ってました。リリティアさん、ごめんなさい。そう、心の中で謝っておいた。
そんな心中を悟られないように、速やかに草むしりを開始した。先輩がサボっていたなんて露程にも思っていない、そんなフリをした。
背丈ほどもある草だったが、引き抜いてみると案外簡単に抜けた。素手で根本から思い切り引っ張るだけで、根からズボッと抜けた。草も密集しているため、十分に根をはることができていないのだろうか。
片っ端から草を引き抜いていき、近くの木の根元にまとめておいた。かなりの本数があったが、それほど手間には感じない。
「短い雑草は抜かなくていい。長いものだけ抜いてくれ」
途中、リリティアさんからそんな指示があった。背丈ほどの草の間に生えている、短い草は無視していいようだ。
背丈ほどの草だけを引き抜いていくと、思ったよりも簡単に草むしりを終えた。
ところどころ短い草が生えてはいるが、約10m四方が更地になった。
鬱蒼とした森の中で、ポッカリとできた木も大きな草も生えていない空間。
こちらに来て初めて、地面に日の当たる場所を見た瞬間だった。