十三日目・リベルさんを探せ⑧
猫目石を出て、リベルさんの自宅へと向かう。リベルさんのお父さんの様子を確認するためだ。リベルさんを先頭に、俺とリリティアさんは少し後ろを歩く。
「お前のやろうとすることは察しがつくが、あまり好ましいとは言えないな」
「いけませんか?神の門で薬を交換すれば、完治とまでは行かなくとも症状は抑えられるでしょう。お金もかかりませんし、今回の解決策としては悪くないと思いましたが」
「神の門で交換できる薬は、咳止めや解熱剤などの症状を緩和させる薬だけだ。この辺りは法律で制限があるからな。だから、病気の原因によっては治らない可能性もある。場合によっては、延々と薬を届け続けることになるかもしれないぞ」
「そこまでは考えてませんでした。確かに、それは困りますね・・・」
マナポイント的には、薬はそれほどポイントが高いものではない。だから、今までの方法でマナポイントを貯め続けていけば、薬を提供し続けること自体は可能だ。しかし、森の健全化と異常繁茂の原因究明という、本来の職務から逸脱する行為だ。職務外の行為に時間を取られて、本来の職務が疎かになってはいけない。それに、何度も薬を渡すこと自体、リベルさんやお父さんに不信感を与えかねない。リリティアさんとリベルさんが友人だとはいえ、医師でも薬屋でもない者から薬を提供されるのだ。薬の見返りに何かを狙っている、そんな疑惑を持たれてしまいかねない。薬を渡すのは、一度か二度が精々だろう。
「それともう一つ、わかっているとは思うが念の為言っておく。この世界の住人に対して、みだりに我々の世界の薬を与えるのは良くない。この世界の科学技術では、本来存在し得ないものだからな。この点においても、好ましいことではない」
「それはわかってます。だから販売して儲けようとかは思いません。でも、今回は状況が違います」
「ほう。どう状況が違うのか、理由を聞こうか」
「リベルさんが仕事に専念できないと、猫目石の経営が悪化します。そうなると、折り紙の代金が返ってこない上に、将来的には販路が一つ減ることになります。これがまず一点」
「お前が森で生活するためには、猫目石が繁盛している方が都合がいいのは確かだ。それで、他には?」
「もう一つは、リベルさんがリリティアさんの友達だからです。全くの他人ではありませんし、信用できる相手ならいいですよね?」
出会って数日のユナさんと一緒に、神の門を使用しているのだ。リリティアさんと親しいリベルさんなら、この程度は許されるだろう。
「・・・友達ではないが、まあ今回はいいだろう」
「こんなことを聞くのは良くないと思いますが、リリティアさん、相当怒ってますね」
「この状況で怒らない方がおかしいと思うが。信頼していた相手にお金を取られたんだぞ?落ち着いているお前の方がどうかしている」
俺が落ち着いているのは、リリティアさんの反応が意外だったからだ。物凄い剣幕で怒っているのを見て、呆気にとられてしまった。それで却って、冷静になれたのだ。
「そうは言いますが、代金の授受に関しては時期を明確にしてませんでしたから。まだ盗んだとはいえません」
「先程そう言っていたな。確かに筋は通っているだろう。しかし、悪いとわかっていながら、お金を使ってしまったのは事実だ」
「確かにそうですね。でも、折り紙の代金は俺のものです。リリティアさんが俺のために怒ってくれているのは嬉しいですが、俺が問題ないと言っているんだからいいじゃないですか」
「む・・・そうだったな。確かにその通りだ。本来、私が口を挟むことではなかったのかもしれない」
森における責任者は、森の守護者である俺だ。折り紙のように、森で作られたものの管理権も当然俺にある。任命者であるアイリアさんはともかく、リリティアさんに決定権はない。そもそも、給料が支払われない代わりに、森の中で生み出したものは好きにしていいという契約だ。
つまり、もし仮に折り紙の代金が盗まれたとしても、その被害者は俺であってリリティアさんではないということだ。
「それよりも、リリティアさんが誤解されるような形になってしまって、すいませんでした。リベルさんの立場だったら、ああいう風に受け取ってしまいますよね」
お父さんに会わせてくれとは、男の俺には頼みにくい。リベルさんの家に連れて行ってくれと言っているのと、意味が同じだからだ。親交のあるリリティアさんだから頼めることだろう。こうして同行している以上、結局は同じことかもしれないけど。
「今更どう受け取られようと構わないから、お前が気に病む必要はない。それに、確認したいことがあるのは事実だ。念の為に、という程度だがな。そのためには、実際に面会する必要がある。私としても、お前が患者本人と接する方向で話を進めてくれたのは助かった」
お父さんと会えるように意図していたわけではないんだけどな。結果として、そういう話になっただけで。
「着きました。ここです」
リベルさんがこちらを振り返って言った。リベルさんが立ち止まった場所は、長屋のような建物の前だった。
俺とリリティアさんは、リベルさんに促されて扉の中へ入った。