十三日目・リベルさんを探せ⑥
「それで、聞かせてもらえるか?今日の・・・その、なんだ。こうなった経緯を」
リベルさんをカウンターにある椅子に座らせると、リリティアさんがそう言った。いきなり泣き出した理由を聞きたいが、本人に対して直接そう尋ねるのは憚られたのだろう。リリティアさんにしては、何とも曖昧な聞き方だ。おそらくリリティアさん自身も、この状況に戸惑っているのだろう。友人が突然、自分の方を見て泣き出したのだから動揺するのも当然だと思う。
対して俺は、若干他人事のようにこの状況を眺めていた。ほとんど傍観者として二人を眺めながら、別のことを考えていた。猫目石に到着するまで、すれ違う人たちの視線が妙に鋭かったことだ。やっぱり勘違いされてるだろうな。傍目には、女を泣かせた悪い男でしかないだろう。関わることがないだろう他人とはいえ、あらぬ誤解を受けたままというのは気持ちいいものではない。とはいえ、弁明する機会もないだろうからどうしようもない。今は、誤解を生む状況から抜け出せたという安堵感が大きかった。
「黙っていてはわからない。何か言いにくいことでもあるのか?」
何も話さないリベルさんに向かって、リリティアさんは再度問いかけた。
しばらく沈黙した後、リベルさんがようやく口を開いた。
「使っちゃったの・・・・・・あなた達のお金」
「我々のお金?どういうことだ?」
「・・・・・・折り紙の代金。あなた達に渡さなきゃいけないお金」
リベルさんの言葉を聞いたリリティアさんの表情が、にわかに厳しいものになった。
「・・・つまり、リベルは本来我々に渡すはずだった売上金を、私的に流用したということか?」
この質問に対してリベルさんは、黙って頷いた。
「リベル・・・お前は・・・お前は自分が何をしたのかわかっているのかっ!?お前のやったことは横領だぞ!!そんなことをしていいと思っていたのかっ!?」
「・・・・・・ごめんなさい・・・」
「謝って済むと思っているのかっ!?私は・・・私はお前のことを信用していたんだぞ!!だからここに・・・!!」
リリティアさんが怒鳴っている。ここまで怒りを顕わにするのは、俺が知っている限りでは初めてのことだ。
「客の金に手を付けるなんて、商売人として恥ずかしくないのかっ!?お前は・・・仕事を何だと思っているんだっ!!」
対してリベルさんは、ただただ、ごめんなさいと繰り返している。彼女が悪いのは間違いないんだろうけど、段々可哀想に思えてきた。
「あーところで、リベルさん。一つ質問いいですか?」
激昂するリリティアさんを遮るように、俺は尋ねた。急に割り込まれたことで、リリティアさんは押し黙ってしまった。対してリベルさんは、顔を上げて俺の方を見た。
「折り紙の代金ということは、折り紙は実際に売れたんですよね?確か、貴族の方に売るという話でしたが、結局いくらになったんですか?」
「そうだったな。横領した金額を、まだ聞いていなかった」
気勢が削がれたのだろう。リリティアさんのトーンが、いつもの調子に戻っている。
「全て合わせて金貨2枚になりました。当日即金でお支払い頂いてます」
「お、リベルさんが言っていた通りの金額ですね。あんなただ折っただけの紙を大金に変えるなんて、リベルさんは凄いですね」
「いえ、折り紙にそれだけの価値があっただけで、わたしが凄いわけでは・・・」
「どれだけ凄かろうと、それを悪用したらそれまでだな」
声のトーンが戻っていても、まだ怒りが収まったわけではなさそうだ。
「受け取った金貨2枚は、全部使ったということですか?」
「いえ、使ったのは金貨1枚です」
「おい、全部じゃないからって――――」
「じゃあまだ金貨1枚は残ってるんですね。ではひとまず、それだけ払ってもらえますか?」
リリティアさんの言葉に被せて言った。今のリリティアさんは感情的になっている。冷静な話し合いができる状態ではなさそうだ。
「すぐに持ってきます」
リベルさんは立ち上がって、カウンター裏の部屋に入っていった。そしてしばらくすると、金貨を手に戻ってきた。
「これが金貨なんですね。初めて見た。まん丸ではなく、ちょっと楕円になってるんですね」
金貨を受け取り、まじまじと観察した。時代劇で見るような俵型ではなく、円を若干潰したような楕円形をしている。色も時代劇で見る小判に比べると少々黒っぽく、全体的にくすんだ感じだ。
「残りの金貨1枚も、必ずお返しします。でも、少し時間を下さい」
「いや、ちょっと待って下さい。それだと、リベルさんの取り分がないのでは?今回の手数料がいくらになるのか、正直言って俺は覚えてないんですけど。そもそも、折り紙の場合は糊付けなどの加工もしてるので、それも費用として加えないといけないですよね?」
「勝手に使ってしまった以上、わたしにそれを請求する資格はありませんから」
「いや、確かに横領はしたが、返還するべき金額は横領した額までであるべきだ。遅れた分だけ利子を付けるべきかもしれないが、この国にはそういった法律はないからな」
怒ってはいるものの、金額に関してはきっちりと線引きしているようだ。
「きちんとした金額を支払ってもらえれば、それでいいですよ。今すぐじゃなくていいので、後で手数料や加工費を計算しておいて下さい」
「いいんですか?本当にそれだけで・・・?」
「いいも何も、リベルさんは何も悪いことをしてませんから。そもそも折り紙の売上に関して、支払期日を明確に決めていませんでした。極端な話、最終的に払うならば、いつになろうと問題ないということになります」
リベルさんもリリティアさんも、俺の言葉に驚いたような顔をしている。メチャクチャな理屈ではあるが、支払いを求める側が言うのだからいいだろう。