十三日目・リベルさんを探せ⑤
定食屋に向けて歩き出して、しばらくしてからだった。大通りを横切り狭い路地に入った時、リリティアさんが突然声をあげた。
「ん?あれ、リベルじゃないか?」
そう言ってリリティアさんは、前方を歩いている女性に目線を向けた。
「あ、確かに似てますね」
「声をかけるぞ」
俺とリリティアさんは、早足で歩いて距離を詰める。20メートルほどの距離を、どんどんと詰めていく。
5、6メートルほどの距離まで近づいた時、前を歩いていた女性がこちらを振り返った。やはり、女性はリベルさんだった。
「やっぱりリベルさんだ。お久しぶりです」
「店を開けていなかったようだが、どうかしたのか?」
声をかけて更に距離を詰めた。数日ぶりに見たリベルさんは、目を見開いて固まっていた。
その様子に違和感を覚えた。町中で偶然会ったのだから、ビックリするのならわかる。だが、どうもそんな風には見えなかった。その表情は狼狽えているような、もしくは怯えているような。偶然知り合いに会った時の表情には見えなかった。
「えっと、どうかしました?」
ビクッと肩を震わせると、リベルさんは踵を返して歩いていってしまった。
「あれ?」
どうしたんだろうか。俺のことを覚えておらず、不審な人物に声をかけられたと思ったんだろうか。いや、そんなことはないだろう。仮に俺はそう思われたとしても、隣にはリリティアさんがいる。さすがに、リリティアさんの顔まで忘れているとは思えない。
慌てて後を追うと、リベルさんも早歩きになった。こちらがスピードを速めると、ついには走り出してしまった。
「とりあえず追うぞ。逃げ出した理由も含めて、話を聞いてみないと埒が明かない」
そう言ってリリティアさんが走り出した。俺も少し遅れて後を追う。
狭い路地での逃走劇となったが、長くは続かなかった。走る速度に差があったからだ。俺とリリティアさんはグングンと距離を縮め、リベルさんに追いついた。もう一歩という距離まで迫った時、諦めたのかリベルさんは走るのをやめた。
「リベル、何でいきなり走り出したんだ?理由を聞かせてくれるか?」
後ろから左肩を掴んで、リリティアさんがリベルさんに問いかけた。
リベルさんはうつむいて何も答えない。リリティアさんは、リベルさんの返事を黙って待っているようだ。
「・・・・・なさい・・・ごめん・・・なさい・・・・ごめ・・・・さい・・・」
「ちょっと、リベルどうしたんだ?」
リベルさんは泣き崩れてしまった。地面に膝をつき、両手で顔を覆っている。指と指の間から、雫が地面に流れ落ちた。
リリティアさんはリベルさんの背中をさすりながらも、表情は明らかに困惑していた。
目の前の光景に、俺も混乱していた。リベルさんは繰り返し繰り返し、泣きながら謝り続けている。リリティアさんはそんなリベルさんを見ながら、ただただ背中をさすっている。
状況を整理しよう。俺たちはリベルさんに会った。声をかけたら突然逃げたので追った。追いついたらリベルさんが泣き出した。リベルさんに会えたこと、これはまあ偶然だろう。逃げたこと、原因不明。泣き出したこと、原因不明。結論、何がどうなっているのか全くわからない。現状、泣いている女の子が一人と慰めている女の子が一人。そして、その二人を眺めている男が一人。
現状を把握したことで、少し冷静になってきた。とりあえず、俺が今やるべきことは一つ。
「えっと、ひとまず落ち着ける場所に移動しましょうか。リベルさん、立てますか?」
少し距離をおいて、しゃがみこんで話しかけた。できる限り、優しく穏やかな声になるように気をつけた。
リベルさんは顔を両手で覆ったまま、静かに立ち上がった。
「じゃあどこに行きましょうか。言い出しておいてなんですが、この辺りで落ち着ける場所があるのか知らないんですよ。どこか喫茶店のようなものがあればいいんですけど」
とにかく、この場から離れられればどこでも良かった。狭い路地の更に裏道のような場所だが、道の真ん中であの状況はマズい。誰かが通りかかったら、確実に勘違いされる。そしてその勘違いは、まず間違いなく俺が悪者になるやつだ。
「カフェも悪くはないが、話をするなら猫目石がいいだろう。他に誰もいない方が、落ち着いて話ができるはずだ。リベル、それでいいか?」
リベルさんは、こくりと頷いた。依然としてうつむいたままだったが、両手は顔から離して服の袖を掴んでいた。その両手は、小刻みに震えていた。リリティアさんがリベルさんの肩を抱きながら、支えるように歩き出した。
こうして俺たちは、猫目石に戻って話し合うことになった。