九日目・洞窟⑤
洞窟に入ってみると、中は意外と広かった。入り口こそ屈んで入る必要があったが、しばらく進むと立って歩けるくらいの広さになった。横幅は2メートルくらいだろうか。岩壁に囲まれた洞穴を、ひかる君3号の灯りを頼りに進む。
「わー明るいねー」
兄鹿は、ひかる君3号に興味津々のようだ。ひかる君3号を持つリリティアさんの手に、顔を近づけている。それに対してリリティアさんは、光が直接目を照射しないように角度を変えているようだ。後ろから見ていると、ひかる君3号の光線があっちこっちに動いているのがわかる。
「ん?君もこれに興味ある?」
すぐ前を行く妹鹿に声をかけた。最後尾の俺が持っているひかる君3号を、チラチラと見ているのに気づいたからだ。それを聞いた妹鹿は、顔をこちらに向けてきた。目に入らないように、ひかる君3号を右に傾ける。
妹鹿はひかる君3号を興味深そうに眺めたり、鼻を近づけて匂いを嗅いだりした。歩きながらなのに、地面に落ちている石ころに躓いたりせず、器用に避けて歩いていた。
「・・・ありがとうございます」
しばらくそうした後、ボソボソとお礼を言うと顔を離した。そういえば、この子の声を聞いたのは今のが初めてだな。兄鹿と違い、引っ込み思案な印象だ。
それからは無言で、暗闇の中を進む。
「そういえば、生物の姿を見ませんね」
「そうだな。入り口付近には虫がいたようだが、中に入ってからは全く見ないな」
「危険な生物がいなくてよかったです」
「そうだな。大型の生物はいないだろうが、毒虫や毒蛇がいる可能性はある。いないとは限らないので注意はしておけ。私も一応、警戒して進んではいるがな」
先頭を歩くリリティアさんが一番危険だな。機材を背負っているから最後尾を歩いているけど、俺が先行した方がよかったかな。俺なら万が一咬まれても、加護の力である程度は耐えられるらしいから。
「なんかいたら、僕たちが気づくから大丈夫だよー」
「おお、頼もしい。よろしくな」
妹鹿もこちらを振り返り、首を縦に振った。任せろということだろうか。
「妹ちゃんも、よろしく頼んだよ」
背中を軽く撫でると、嬉しそうにしていた。背中を撫でると喜ぶのか。だったら、頭とかはどうなんだろう。猫じゃないけど、喉とかも喜ぶんだろうか。
ふと前を見ると、リリティアさんが兄鹿のひたいを撫でていた。角の生え際の辺りだ。その後も歩いている間、何度か撫でていた。ひたいは撫でてもいいみたいだ。
「一旦止まるぞ」
少し広い空間に入った時、リリティアさんが言った。そこは、8畳ほどの広間のようになっていた。天井の高さはそれほど変わらないが、円形に広がっている。
「特になにもいないみたいだよー」
俺とリリティアさんが壁を照らして安全確認をしていると、兄鹿がそう言った。妹鹿の方は、膝を折って地面に座っている。まるで危険が何もないとわかっているかのような姿勢を見て、俺は安心した。野生の2頭が大丈夫だと感じている以上、危険性はないんだろう。
「そうだな。特に何もいなさそうだな」
リリティアさんも一通り照らして、安心したようだ。岩壁の表面がデコボコしていないので、毒蛇などが影に隠れているという可能性も少ないだろう。
再び洞窟探検を開始したが、すぐに終了した。広間から奥に5メートルも進んだくらいで、道は左に直角に折れていた。その先は2メートルくらいで行き止まりになっている。
「ここが最深部みたいですね」
「そうだな。ここまでのようだ」
多少のカーブはあったものの、一本道だったな。長さは暗いのでよくわからないが、100メートルほどだろうか。ひとまず、危険な生物がいないことがわかってよかった。
「洞窟探検楽しかったー。でも、もうちょっと長いとよかったかなー。あ、お兄ちゃんたちはこれから石拾いをするんだっけ?」
「まあ石拾いと言えばそうなんだけどね。欲しい鉱石がないか探して、あれば持って帰るつもりなんだ」
「石がほしいならその辺にいっぱい落ちてるのにー不思議ー」
「その辺に落ちてる石で事足りればそれでいいんだけどね。俺たちが必要なのは特殊なやつなんだ」
実際、その辺に落ちている石から採れればいいのにと思ったんだけど、さすがにそんな都合のいいことはなかった。リリティアさん曰く、地表の砂や石にはまず存在しないだろうということだった。
「それでは、そろそろ地質測定器を起動させるぞ。とは言っても、操作は私がやるから、お前は持ってついてきてくれればそれでいい」
そう言うと、リリティアさんは俺の後ろに回って機材をいじった。俺が地質測定器ver.5を背負ったまま、リリティアさんが測定するための部品を扱う。この部品は本体とコードで繋がれていて、形状は掃除機の吸込口のような形をしている。そのため、岩壁に向かって操作するリリティアさんは、洞窟の中を掃除しているように見える。
それが少し滑稽に思えたけれど、口にはしなかった。




