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森林開拓日誌  作者: tanuki
猫目石
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八日目・特訓⑨

 「さて、そろそろ立てるか?」

 仰向けに寝ていた俺に向かって、リリティアさんが言った。どれくらい寝ていたのだろうか。額の汗が乾いているから、それなりに時間が経っていることだけはわかった。

 「はい、大丈夫です。立ちます」

 差し出された手を握ると、リリティアさんは俺の体を引き起こしてくれた。

 「おめでとう。お前は立派にトレーニングをやり遂げた。お前は自力で、体内のマナを引き出すことができたんだ」

 「え?本当ですか?」

 マナを使えるようになったという実感はなかった。

 「ああ。その証拠に、前を見てみろ」

 そう言われて前を見る。リリティアさんの顔と、風に揺れる真紅のポニーテールがあった。

 「・・・私ではない。私の後ろだ」

 リリティアさんは左手で指差した。リリティアさんの肩越しに、前方を見た。更地の向こうに、森の木々が見える。

 「ん?気づかないか?地面をよく見てみろ」

 地面を注意深く見る。リリティアさんが意外そうな顔をしている。簡単に気づけるような違いがあるはずだ。

 よく見てみると、5メートルほど先の地面が荒れている。ところどころ、地面が抉れている箇所があるのだ。

 「あれ?最後のトレーニングはあそこでやっていたはずですよね?なんでこんな遠くで寝てたんだろう?」

 地面が抉れているのは、俺が繰り返しステップを踏んでいたからだ。バックステップを踏んだ時に転んで、そのままトレーニングを終えた。転んだ距離を考えても、これほど離れているのはおかしい。寝ている間に動いたのだろうか。

 「最後に後ろにステップを踏んだ時に、お前はマナの力を使うことができたんだ。それで、1歩でこれだけの距離を跳ぶことができたというわけだ」

 「最後のステップを踏んだ時、足の力が抜けて楽に跳べたんです。今までと全く違う感覚で、不思議に思ってたら転んでました」

 俺は苦笑しながら言った。

 「足の力を使わなかったからこそ、マナの力を引き出せたんだろう。楽にステップを踏めるように、考えて工夫した結果だ」

 「まあ使わなかったというよりは、疲れて足が動かなくなっただけですけどね」

 そこまで言って、気がついた。

 「そうか。これまでのトレーニングは全部、体力を使い尽くすためだったんだ。疲れて体が動かなくなってからが、本当の意味でのマナを使う練習。そういうことですね?」

 肉体を限界まで追い込んだ上で、疲れていない時と同じ動きを要求する。その要求に応えられれば、マナの使い方を習得できたことになる。肉体の限界を超えて身体を稼働させるには、マナの力を使う以外にないからだ。

 そう考えると、今回やったトレーニングは全て、回数などは決まっていなかったんだろう。限界ギリギリまで追い込んで、それでもマナの使い方を習得できなければ止める。休憩したら再度、限界まで追い込む。その繰り返しだ。色々なトレーニングを行ったのは、ダレてしまわないための配慮なんだろう。

 「まあ、そういうことだ。どうしても、体が動かせる限りは筋力に頼ってしまうからな。マナの力を活かす以外にない、そんな状況を作り出す必要があったんだ。騙すようなやり方をして悪かったな」

 「いえ、理由は納得できましたから」

 確かに、力が出せない状態まで追い込まれたからこそ、可能だった。それに、結果的には1日で5メートル近くも一足飛びできたのだ。その手段に文句をつける理由はない。

 「ただ、一度できただけですが、次もできますかね?」

 「一度コツを掴んでしまえば、後は簡単にできるようになると思う。試しにやってみるといい」

 そう言われたので、実際にやってみよう。リリティアさんの手を離して、さっきまでトレーニングを行っていた場所に戻った。

 起き上がってからずっと、リリティアさんの手を握り続けていたのか。その事実を今更気がついた。少し気恥ずかしい。

 さて、もう一度同じトレーニングをやってみる。

 「うまくいかないな・・・」

 何度かやってみたが、先程の感覚は戻ってこなかった。だが、諦めずに同じ動作を繰り返す。スピードを上げてみよう。

 いい感じに体が疲れてきた。ただ辛いだけだったさっきとは違い、疲れが増すごとにできるようになりそうに感じた。そう思えれば、それほど苦痛ではない。

 「おっ」

 続けてやっていると、バックステップ時に不意に力が抜ける感覚があった。止めた時と似た感覚だ。

 着地に失敗して、また後ろに転んでしまった。すぐに立ち上がって確認すると、今回も5メートルほどの距離を跳んでいたようだ。これだけの距離を跳べば、片足で支えきれるはずがない。着地で転んでしまっても仕方ないだろう。

 「2回目の成功だな。この調子で練習していけば、どんどん上達していくだろう。跳ぶ距離の調節だってできるようになるはずだ」

 「わかりました。よし、それならこの感覚を忘れないうちに練習しよう」

 「おい、今日はもう止めてもいいんだぞ?疲れているだろう」

 「ええ、正直しんどいです。でも、明日になったら忘れちゃいそうなんで。今のうちにコツを掴んでおきたいんです」

 寝て起きたら忘れてました、なんてことになったら今日一日の苦労が水の泡だ。また限界までトレーニングするのは、なんとしても避けたい。

 「・・・わかった。ならば徹底的に練習するがいい。日が暮れても、ライトを点ければ問題なく続けられるからな。満足行くまで付き合ってやる」

 その後俺は、太陽が完全に沈むまで練習を続けた。前後左右どの方向へも、マナを使ったステップができるまで頑張った。やればやるほど上達していくので、この時間は全く苦に感じなかった。

 こうして、俺は異世界の森で不思議な力を手に入れた。

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