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森林開拓日誌  作者: tanuki
猫目石
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八日目・特訓⑧

 滝を眺めながら小休止を取り、俺たちは女神の家に戻った。帰り道も当然、トレーニングメニューである追いかけっこをした。リリティアさんは俺がついてこれるギリギリの速度を計算しながら走っているので、追いかけっこという呼び方が相応しいのかは疑問だ。

 帰り道でふと考えてしまったことがある。このトレーニングは客観的に見た場合、人気のない森の中で男性が女性を追い回しているように見えるだろう。結構犯罪的な光景で、絵面的に非常にマズい。人気がないのだから、見咎める人もいないけど。

 帰宅後、少し長めの休憩となった。追いかけっこ中は水分補給ができなかったから、水分を少し多めに取ったためだ。滝を見ながら休憩していた時間も合わせると、大体2時間くらい水分補給をしていない。それをリリティアさんは気にしているようだ。

 長めの休憩を終え、トレーニングを再開する。次はどんなメニューなのかと思っていたが、木の枝に飛び上がっての懸垂だった。午前中最後のトレーニングと同じメニューだ。その点についてリリティアさんは、それほど何種類もトレーニングメニューがあるわけではない、と言っていた。いや、同じメニューだからって、別に不満があるわけではないのだが。

 そう、確かに不満はない。だが、不満はないが、疲労はある。あとどれくらいメニューがあるのかわからないが、これが5つ目のトレーニングだ。朝からトレーニングを始めて、正確な時刻は分からないが、もうそろそろ夕方に近い時間だろう。正直言って、もうかなりキツい。にも関わらず、ここにきての全身運動だ。あまりにもタフな状況である。

 「ジャンプが低くなってるぞ。辛い時こそ、高く跳んで一気に上げるんだ。そうじゃないと懸垂できないぞ」

 リリティアさんは変わらず、妥協を許さない。限界のギリギリまで追い込んでくる。いや、もうそろそろ俺の限界を超えているんじゃないかとすら思う。

 「大丈夫だ。限界はお前が思っているよりもう少し先にある。もうちょっとやれるはずだ」

 心を呼んだかのような叱咤激励だ。鼓舞してくれるのは嬉しいが、今ほしいのは終了の合図だった。

 結局、今回も限界までやって終了した。体を持ち上げるほどの力が、両腕に入らなくなった。順手で持っても逆手で持っても懸垂ができなくなり、それを見たリリティアさんから止めるよう指示された。

 終わりにしてくれたのはありがたいが、限界だから途中で止めてくれたのかなと思ってしまう。トレーニングは早く終わってほしいが、最後までやり遂げることができないというのは癪だ。

 癒やしの水を飲みながら休憩した後、リリティアさんから次が最後のトレーニングであると言われた。西の空も赤く染まり始めている。日没までには終わりそうだ。

 「これまでよく頑張ったな。次が最後のトレーニングだ。相当厳しい状態だと思うが、そんな状態でこそトレーニングの効果がある。集中して取り組んでほしい」

 最後のトレーニングは、2つ目のトレーニングと同じだった。片足で前後左右にステップをするやつだ。

 今回もリリティアさんのステップに合わせる形だ。2回目だからなのか、最初からテンポは早めだった。最後のトレーニングだからと、残る力を振り絞ってステップを踏む。

 「よし、その調子だ。まだまだいくぞ」

 少しずつテンポアップしていく。リリティアさんは時折、鼓舞するような声をかけてくれる。昔流行ったダイエットエクササイズのようだった。

 リリティアさんはよく声が出せるものだ。同じようにステップしながら俺の様子を見て、励ましたり姿勢や動きの指導をしたりしている。俺は声を出す余裕がないので、黙って聞いている。

 「辛い時こそ考えろ。どうやればうまくやれるか。どうすれば、楽に体が動かせるのか。考えてそれを実践するんだ」

 楽に体が動かせるか。その言葉を意外に感じた。辛さを乗り越えて頑張れではないのだ。楽でありながら、かつ早いテンポでステップを踏む。その方法を考えて、実際にやってみろということだ。確かに、結果が同じならば、疲れない方法でやった方がいいに決まっている。

 それから、色々な方法を試してみた。例えば横にステップする際の、地面を蹴る角度だ。蹴るというよりは、押し出す感覚でやった方が良かった。今までは強く蹴ろうとするあまり、滑って力が逃げてしまっていたようだ。

 それと、上半身の使い方だ。上半身を傾けることで、重心を進行方向へと先に動かす。こうすると、スムーズに方向転換をすることができた。

 それ以外にも、ステップの際の足の位置やつま先の向き、両手の使い方などを工夫した。試してみてダメだった方法はすぐにやめ、別の方法を模索する。そうしている間に、ステップを踏む部分だけが抉れて、周りよりも深くなっていく。その深さが増すごとに、動きが洗練されていった。

 しかし、どれだけ効率的で楽な体の使い方を覚えても、疲労は着実に溜まる。ただでさえ、一日中トレーニングを続けた後だ。徐々に動きが鈍くなり、リリティアさんの動きについていけなくなってきた。

 「どうした、遅くなってきているぞ。ちゃんとついてこい」

 リリティアさんはまだ止めてくれないようだ。

 体が重い。つま先が痛い。足の踏ん張りが利かない。もう体がいうことを聞かなくなってきた。今までのトレーニングでは、ここまでになることはなかった。毎回限界だと思っていたが、今までは限界の一歩手前だったようだ。今、その先の一歩を踏み出している。

 それでも、トレーニングは続く。もう無理だが、続けるしかない。倒れたらより厳しくなるだけだ。リリティアさんのテンポに遅れながら、重い体を動かし続ける。動かない体を、無理矢理動かす。

 「もうそろそろだな」

 リリティアさんが何か言っているようだが、聞く余裕はない。何も考えず、ただ力の入らなくなった体でステップを踏み続ける。前に、右に、そして、後ろ。

 「っ!」

 今、後ろへのステップがとても楽だった。重い体を無理矢理動かした時と、全く異なる感覚だった。力を入れず、むしろ力が抜ける感覚だ。

 そして俺は、後ろ向きに転んだ。着地の際にバランスを崩したようだ。だが、転んだことよりも、ステップを踏んだ時の感覚が気になった。

 「よくやった。初日でできるようになるとは思わなかった」

 仰向けになった俺を、リリティアさんが覗き込むように見ていた。

 「起き上がれるようになるまでそこで寝ていろ。トレーニングはこれで終わりだ。よく頑張ったな」

 リリティアさんの言葉はほとんど頭に入らなかったが、終わりという言葉だけははっきりとわかった。

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