八日目・特訓⑤
こうして3つ目のトレーニングメニューも、なんとか終えることができた。限界ギリギリというか、最後は補助をしてもらってようやくという感じだったけど。
「よし、そろそろ昼休憩にしようか」
リリティアさんが言った。やっと、トレーニングも終わりだろうか。
「午前中のメニューはこれで終わりだ。よく頑張ったな」
「午前中・・・?」
まだ続きがあるのか・・・。
「午後も楽しいトレーニングメニューを用意してあるぞ」
「楽しい・・・?」
苦しいの間違いではないだろうか。地獄の、と言い換えてもいい。
「昼食は私が作ってやろう。お前は癒やしの水を飲んで、休憩しているといい」
「あ、ありがとうございます」
台所に立つ余裕などあるわけがなかったので、代わりにやってくれるのはとても助かる。癒やしの水も、リリティアさんがリビングまで運んでくれた。リリティアさんは家に入る前に、タルの底に付いた土汚れをきちんと落とした。俺だったら、面倒だからとそのまま家に入れてしまいそうだ。
そんなところを見た後なので、自分の体に付いた土や埃を払ってから家に入った。自室に戻って汗と土で汚れた上着を替える。洗濯は後でいいだろう。全てのトレーニングメニューを終えた後で、洗濯をする元気が残っているかは疑わしいけど。
久しぶりにしっかり体を動かし、存分に汗をかいた。こうなるとキンキンの発泡酒で喉を潤したいところだが、あいにく午後からもトレーニングがある。そもそも、この女神の家にはお酒自体置いていない。シャールの町に行けば売っているだろうか。折り紙がリベルさんの言う通りの高額で売れたのなら、探して買ってみるのもいいかもしれない。異世界のお酒は、一体どんな味がするんだろうか。
バスタオルを一枚持って、一階に降りた。リビングの床にバスタオルを敷いて、その上に寝転がった。
以前住んでいたワンルームだったら、床に直に寝転がってただろうと思う。この女神の家はどう見ても新築できれいだから、汚れたズボンを履いたまま寝転ぶのはちょっと後ろめたい。それにリリティアさんもいるから、あまり汚すようなことはしにくいというのもある。
そのリリティアさんは、キッチンで昼食を作ってくれている。今日はストレッチに付き合ってくれたり、癒やしの水を飲ませてくれたりと、本当に色々とサポートしてくれている。そのお陰で、厳しいトレーニングメニューも何とかこなせている。本当に倒れる寸前のところまで追い込まれているが。
いや、本当にこなせているのだろうか。3つのトレーニングメニューをやったが、どれもギリギリの状態でストップがかかった。トレーニングの途中だが倒れそうだからと、打ち切ってくれているだけなのかもしれない。
まあ考えていても仕方がないか。やるだけやって、できなければ仕方がない。今日絶対に達成しなければならないような、そんなことではない。できる範囲で頑張ろう。
しばらく休んでいると、リリティアさんが呼びに来てくれた。昼食ができたようだ。メニューは、パンとスープ、デザートにホージュの実が切ってあった。
「野菜と山菜、干し肉を使ったスープだ。これなら食欲がなくても、少しは飲むことができるだろう」
「ありがとうございます。いただきます」
グロッキー状態だった俺を見て、食欲が湧かないかもしれないと考えてくれたんだろう。食欲がないわけではなくむしろ空腹なくらいだが、その気遣いが嬉しい。
リリティアさんが作ってくれたスープは、とても美味しかった。若干強めの塩気が、疲れた体に丁度良かった。干し肉に使われている、癖の強いハーブの香りが味のインパクトになっている。癖が強いために味のバランスが難しそうだと感じていたハーブの香りが、野菜のうま味と融和していた。
「おかわりもあるが飲むか?」
スープが残り少なくなったのを見て、リリティアさんが聞いてくれた。ありがとうございます、とお願いすることにした。ハードトレーニングの後だから、しっかりタンパク質を補給しよう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
食器を片付けようとすると、リリティアさんから止められた。
「私がやっておくから、お前は休んでいていい」
本当に至れり尽くせりだ。お言葉に甘えて、休憩することにした。食べてすぐ寝るのも良くないと思い、バスタオルの上に座った。
しばらくすると、洗い物を終えたリリティアさんがリビングに入ってきた。
「バスタオルを広げて、何をやっているんだ?」
俺の目の前に立つと、リリティアさんが聞いた。
「汗や土で汚れちゃったんで、汚さないようにバスタオル引いてます」
「そうか。その心がけはいいことだな」
「リリティアさんは汗を1つもかいていないから、すごいなと思いますよ。同じ様にトレーニングに付き合ってくれてるのに」
「マナが使えるようになれば、お前にもできるようになる。筋力だけで体を動かしているから、熱を持って汗をかくんだ」
マナの力を使えばの熱くならないのか。それであれだけ一緒に体を動かしても、リリティアさんは汗をかかなかったのか。
「ところで、バスタオルを引いてあるなら丁度いい。午後のトレーニングを始める前にマッサージをして、体をほぐしてやろう。今の筋肉の状態も確認しておきたいからな」
本当に至れり尽くせりだ。辛いトレーニングさえなければ、天国なのだが。




