七日目・完成、ユナハウス⑩
「今朝、泉の水脈を遡ってみました。わたくしが入ることのできる範囲を全て調べた所、洞窟らしき空間が一箇所ありました」
「お、本当ですか?」
「はい。ですが、どうやら地上にはつながってはいないようでした。ですので、守くんが入ろうとするならば、硬い岩壁を掘り進める必要があると思います」
「そうか・・・それでは、その洞窟に入るのは難しそうだな。ユナ、洞窟の広さはどれくらいだ?」
「高さは背丈よりもやや低いくらいでした。面積は大体・・・あの半分程度でした」
ユナさんが指したのは、ログハウスを作るために更地にした場所だ。洞窟と言っても、ゲームのダンジョンのような場所ではないようだ。
「そうですか。硬い岩盤を掘り進めるのは難しいですからね。残念ですけど」
「いや、岩盤の掘削自体は難しいものではないが、素人が迂闊に掘ると崩落するかもしれないからな。その洞窟を調べるのは、打つ手がない時の最終手段にしたい」
日本でも、地下道を作るのはプロが地質や水脈を調べて慎重に計画を立てる。素人が思いつきで掘るのは、確かに危険だろう。
「ところで、俺が入るならって言っていましたけど、リリティアさんがその洞窟に入ることは可能ということですか?」
「ええ。リリティアさんに小さい姿になってもらえれば、わたくしがお連れすることは可能です」
「ユナは水と同化して、泉の湧き水の中を通って捜索してくれたんだろう。その方法ならば私を洞窟まで運ぶことが可能ということだ。小さい姿ならば呼吸の必要はないから、長時間水の中に潜っていても問題ない。ただ、水の流れに逆らうのは難しいから、連れて行ってもらう必要があるんだ」
リリティアさんは人形モードの時、息をしていないのか。呼吸すら不要なんて、便利な体に変身できるものだ。それよりも、ユナさんはそのことを知っていたんだな。ひょっとすると一緒に住んでいる俺よりも、ユナさんの方がリリティアさんのことをよく知っているんじゃないだろうか。
「そういえば、ユナはさっき、入ることのできる範囲と言っていたな。水の中ならばどこへでも自由に行き来できるんじゃないのか?」
「水と同化できると言っても、水の中を自由自在に移動できるようになるわけではありません。ある程度の広さや水の量が必要なのです。その条件を満たす範囲でしか捜索できておりません」
「そうだったのか。どんな狭隘な空間でも入り込めるものだと思っていた」
俺もリリティアさんと同じ様に考えていた。まあ、水と同化しても、あの大きな2つの膨らみは健在だということなのだろう。
「そういうわけで、守くんが入れそうな洞窟は発見できませんでした。お役に立てず、申し訳ありません」
「いえ、わざわざ探してくれて、ありがとうございます。その気持ちだけで十分嬉しいです」
「それに、探してくれたことが役に立たないわけじゃない。ユナが捜索した範囲には洞窟はなかった。ならば我々は別の場所を探せばいい」
虱潰しに探すことを考えたら、一部だけでも潰してあるのはありがたい。
「おい、地図を出してくれ。ユナに捜索した範囲を確認したい」
「え?今日は泉に来るだけのつもりだったんで、地図は持ってきてませんよ?」
ただでさえ道具をいくつも持ってきているのだ。不要な荷物を増やしたくなかった。
「そうか。ならば仕方ないな。だが、地図はなるべく持って出るようにしておけ。今みたいに突発的に必要になる場合があるし、何か書き込むべき情報が見つかるかもしれないからな。それほど重いものじゃないだろう?」
「そうですね。軽いんで持てないってことはないですからね」
若干かさばるけど、とは、思っても言えない。
話が一区切りしたので、間引き作業を再開した。急いでいないからか、リリティアさんは話すことがある度に作業する手を止めている。そうなると、俺たちも作業の手を止めて会話に集中する。
一緒に家を作ること自体、コミュニケーションの一環になっている。だから、作業効率よりも交流を深める方を優先しているのかもしれない。
と、余計なことを考えている場合ではない。バールのようなものを使う時は、体の中の感覚に意識を向けないといけない。マナが使用されている感覚を掴むためらしいが、正直言ってピンとこない。
作業を続けて10本くらい伐採したが、マナが使われている感覚というのはわからなかった。相変わらず、脱力感があるだけだ。
「リリティアさんに言われて気にしてはいるんですが、マナの感覚とやらが全くわかりません」
「その程度ではまだわからんだろう。今日はとりあえず、意識するだけでいい」
「そうですか。でも、なんかコツとかってないですか?」
わからないことはできる人に聞いてみて、その後に実践してみるのが手っ取り早い。
「そうだな・・・まずは1つ。マナは体の動きを補強するために使う。だから、体や筋肉の動きに連動してマナも使用される。腕の動きや筋肉の収縮に連動して起こる、筋収縮とは別の感覚があるはずだ」
「わかりました。次からはそれを意識してやってみます」