1-000-2.運命の出会い:sideニートン
言葉の受取り方は人それぞれ。
同じものでも解釈が違うものです。
目が覚めると真っ暗闇だった。
中学校の登校拒否からのニート生活二十年。インターネット三昧で家からも出ず食っちゃ寝で肥え太ったニート豚の俺は昼夜逆転の生活をしている。太陽が昇る午前中に寝て午後三時に起きる。そうなると外は明るいわけで。つけている遮光カーテンは波打つ形状の山になったところから下へ日差しを部屋の中へ漏らしてしまう。神経質な俺はそのわずかな明かりでさえ寝れなくなる。だから俺はいつも瞼の上にタオルをかけて寝ていた。
タオルを取れば暗闇は終わる。そう思っていつものようにタオルをどけようと手を動かした。
・・・・・・。手が、腕が何かに抑えられて動かない。
思い当たるとしたら母親か妹しかない。あの二人は俺を社会復帰させようとちょっかいをかけてくる。ハローワークへと運ぼうとまた俺を布団ごとぐるぐる巻きにしたに違いない。母親は元、妹は現役の自衛隊員。運動もしない怠惰なニート豚の俺は腕力で二人にかなわない。なにせ百キログラム以上ある俺を二人で運ぶことができるほどだ。なんかいつもよりも振動というか。揺れを感じない気もするけど。気のせいだろう。
どうせ連れて行っても結局お同じなのに。俺はただ無抵抗を貫き、ハローワーク職員の前で釈迦のごとく涅槃スタイルで無言の抗議を続けてやり過ごすだけだ。一回死んでリセットしてまっさらにでもしない限りもう染み付いてしまった俺の腐った性根は消えない。いい加減あきらめればいいのに二人はあきらめない。
は~。今日もハローワークが閉まるまで・・・・・あっ。今日ゲーム優先で深夜アニメまだ見てない!帰らなければ!
突如大事な用事を思い出した俺は抵抗を試みる。
布団ごと縛っているからにはまだ余裕がある。全身に力を入れて布団を押しつぶして空間をつくり、上に蓑虫のごとくくねくねすれば布団から出られるはず。
「ニニニニニニ(ふぐグぐぐググ)」
びくともしないだと!布団め、やるじゃないか。ふふふふ。しかしなめるな。名前負けはしているが椿三十郎三十四歳。三十四年間かけて鍛えてきた想像力は伊達じゃない!
お腹の丹田にチャクラを貯めるイメージ。それが体を循環して巡っていく。体の隅々まで行き届け!俺の宇宙!
よし。いまだ!
「ニートン!(うっしゃあうなろ~)」
どこぞの忍者マンガのヒロインのごとく、俺は気合のこもった叫び声を上げた。全身に込められた宇宙は予想以上の力を発揮してくれた。
手足が自由を手に入れたのを感じる。一発で布団から脱出できるとは。俺にも聖闘士か忍者の才があるに違いない。働く気はないけどな!
しかし脱出先で予想していたよりも大きな問題に俺は出くわすことになる。
まさか。そんな。目の前に排泄中の少女だと・・・・・
飛び込んだ光のまぶしさが徐々に収まってくると目の前には外国人の女の子がいた。
赤茶けた髪の毛にクリッとしたどんぐり目。鼻周りにそばかすが特徴的でかわいい。そばかすは遺伝的なものが大きく。色白の白人に多い。十代のころに濃くなるけれど年とともに薄くなる。そばかすとは縁遠い日本人だがアニメで気になって調べたことがある。
そんな少女のおしっこの最中に出くわしてしまった。
衝撃的過ぎたたった一つの出来事が思考を停止、いや停死させた。デリート後の真っ白な頭が再起動されたとき、次に頭の中を埋めつくしたのは自分が未成年へのわいせつ罪で警察に逮捕される姿だった。ニュースで近所のおばちゃんたちにいいようになじられる自分。母ちゃんごめん。
だめだ。弱気になってはいけない。そこであきらめたら試合終了だ。安西先生。俺まだあきらめたくないです。まだだ。まだ終わってない。世界中の冤罪の男たちよ、おらに力を分けてくれ!
・・・・・こまった。何も思い浮かばない。このままでは警察に連行されてしまう。ゲヘへへへとあからさまな変質者の振る舞いなんてした日には死刑になるに違いない。せめて紳士的な態度でごまかさなければ。ごまの神様、ごま塩の神様ぜひお力をおかしくください。
「ニートン(おや?お嬢さんおトイレですか?)」
俺は何を言ってるんだ?という本音を押し込めて紳士を演じる。イメージしろ。思い浮かべるは淑女を陰ながら支える執事。俺はノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を体現せし紳士。完璧な執事は動揺なんてしない。驚きと畏怖、性欲は忘却のかなたに置いてきた!俺は何も感じないロボット執事。俺が!俺がターミネーターだ!
もはや危険を乗り越えるために勢いだけで思いつくままの暗示をかけ続けた。
「ニート。ニートン(これはこれは失礼しました。おや?終えたようですね。よろしければここに生えている柔らかい葉っぱでもトイレットペーパー代わりにどうぞ)」
近くにあった柔らかそうな大きな葉っぱを千切って差し出す。大人の手のひらぐらいで大きさも申し分ない。千切る際に葉の上に露でできた水溜りに映る自分の姿を目にした。人間の姿をしていないことに内心驚きはしたが暗示の効果で動揺もさっと消えた。むしろ落ちついた心で理解する。
俺は死んで転生したに違いない。前世で読んだ異世界転生ものの小説を思い出す。先ほどから目線が低いのもそのせいか。心は妙に落ち着いていた。すとんと事実が心の中にすんなり納まったのが分かった。
実際には衝撃的な事が連続して続いたせいで心がキャパオーバーしているだけなのだがいまの三十郎は気づくことが無かった。むしろこの状況を切り抜けることに全力で取り掛かる。
「く、くれるの?」
「ニート(どうぞ)」
動揺する少女に落ち着いた態度で紳士的に答える。完璧だ。
「分かってるなら後ろ向いてよ~~~~~」
しかし現実はそううまくいかないものである。
「ニッ、ニート!(しっ、失礼しました!)」
半狂乱になる少女に慌てて百八十度回転。後ろを向く。今思えば後ろを向くことは紳士的態度の第一歩だった。完全に自分の判断ミスである。やはり執事マンガだけではいろいろと足りないということかと反省するが、読者に楽しんでもらうためにいろいろと盛り込んでいるマンガ知識でこと足りるはずが無い。本物の執事に失礼である。
ともかく後ろを向いた自分はすることも無い。執事的にお嬢様(少女)からのアプローチがあるまでは暇だ。それでも落ち着いて考える時間が出来たのは大きい。
ぽへ~と考える。
思い浮かべるのは先ほど見た少女のたて・・・ではなくて葉っぱの水溜りに映った自分の姿。土色の円筒状の体に楕円上の手足。頭に碧の三角帽子。豆粒のような黒いつぶらな瞳の下にりっぱな白いハの字お鬚。うん。前世でやったゲーム聖○伝説に出てくる土妖精にそっくり。きっと自分は妖精とかそういった類のものに転生したに違いない。
いつの間に死んだのか?死ぬ直前のことが思い出せない。生まれ変わるまでにこの世界の神様にあって転生しますか?のやり取りがあった記憶も無い。できればネットで読んだ家族が困る死因トップ――死ぬ前にしていた性欲解消で興奮しすぎて事切れて死亡――でないことを祈る。・・・・・できれば性欲解消による死亡でないことを祈る。大事なことなので神様にも聞こえるように二回言いました。もしあっていたなら神様事後処理をお願いします。出切ればパソコンのハードディスクも。両手を合わせて合唱。この世界と前世の神様に祈った。
さて。せっかく記憶ありで転生したわけだし。このまま新しい転生人生を楽しむかな。
前世はニート生活で世捨て人のようなものだった。それは残りの人生というものに意味を見いだせなかったということ。少なくとも前世はもうあの時点(ニート生活)で終わっていた。未練が無いかというと嘘になるが。一回リセット?いいじゃない。
心の整理はあっさりとできた。
だからこそ。
俺はあの子(少女)の執事でいようと思うんだ。
よく分からない結論に到達した。それはマンガアニメ脳の無駄に意味も無く名台詞っぽいの言いいたくなるよね?という病気だった。つまり特に意味は無い。
神様は彼を転生させる際に重要なミスを犯した。本人も言うとおり、一度まっさらにする必要があったのだ。
「あの~。土妖精さん?」
「ニッ、ニートン!(はい、なんでしょうか!)」
体がびくりと跳ねた。あ~ビックリした。急に離しかけるから心臓止まるかと思った。妖精に心臓あるのか怪しいけど。執事の暗示も解けてしまったような気がする。
「もしかしてさっき葉っぱをくれたのは私が泣いていたから?」
「ニートン!(はい。そうであります)」
条件反射で背筋両手をまっすぐに伸ばして答える。かんしゃくを起している女の子は爆弾だ。兎に角機嫌が直るまで質問にはイエスと答えるのが鉄則。そして機嫌を取りつつ俺の無実を訴えるのだ。幼女とは愛でるもの。イエスロリータノータッチ。触っちゃいないからOK。視界に入るのは不可抗力だ。
「ニート。ニートン!(安心してください。自分は鉄の掟イエスロリータノータッチ!を守る紳士であります)」
しかし生まれ変わっても小心者の日本人気質は変わらない。心理状態を示すように手足が不安げに上下右左と動き続ける。
「ニート「ごめんなさい」ン?(けしてお嬢さんを害するつもりは「ごめんなさい」へ?)」
予想外の謝罪に再び思考が停止した。
「心配してくれてたんだよね」
「ニ、ニートン!(き、きちんと拭かないと下着が汚れるからね!)」
慌てすぎてキャロルが尋ねた葉っぱをくれた理由を聞いていなかった。さらには再度言葉をかけられて言葉を返そうと必死に停止した頭を再起動。前世の記憶から謎の回答を返す。
「わめき散らしてごめんなさい」
目の前で頭を下げる少女。再度の謝罪にさらにもう一度思考停止。なんだこの状況は。前世日本人には、故意とはいえ、どう考えても少女の座りションを目撃した自分の方が加害者にしか思えない。しかし目の前の少女は謝っている。
やがてニートンはとある考えにいきつく。
そうか。
「ニートン!(君が聖女か!)」
よし君に決めた!俺は君に寄生する!
ニートンは生まれ変わっても前世性根の捻じ曲がったニート豚だった。根拠の無いのにこの世界でもニート生活ができると勝手に安心する。
「許してくれるの?」
「ニートン!(さあ、フェアリボールを投げるんだ。俺をフェアリーゲッューするがいい!)」
もはや会話が噛み合っていない。
さあ早く。つま先立ちで少女に向かって手を伸ばす。どうした早くボールを投げるんだ。手を上下させながらピョンピョン飛び跳ねまわりアピールをするも少女はフェアリーボールを投げはしない。
やがて、じゃあね、と後ろを向いて歩き出してしまった。
しまった。捕獲方法はボールじゃないのか。自分が勘違いしていたことに気がつく。きっとポ○ットモ○スター方式ではなくド○ゴンク○スト方式に違いない。
土妖精が仲間になりたにそう少女を見ている。
とりあえず寄生させてほしいという視線を投げることにした。しかし幼女の背中は遠ざかる一方だ。そこでもう一つ気がついた。思いを込めた視線に気づいてもらえなければ意味がないじゃないか!前世の記憶(三十四年)があろうともバカだった。
しかたなく追いかける。少女の背はまだ見えていたので追いかけられる。ただ生まれ変わった土妖精の足は短くなかなか追いつけない。
後姿から見える彼女の伸ばした髪が揺れていた。その毛先はくりんと孤を描いて多少のくせっ毛が見て取れる。あれにぶら下がりたい気分だった。
まってくれ少女よ。俺を養ってくれ。寄生して楽して生きたいんだ。
追いかける理由は最悪だった。
運よく少女が立ち止まる。
きょろきょろと周囲を見回す姿は迷子の子供のようだった。このチャンスを逃してはいけない。必死に追いかけると少女が気づいてくれた。
何とか追いつくと俺は少女を見上げて気持ちのこもった視線を飛ばす。
やった。少女と視線が噛み合った。
・・・・・・・・
「え~と土妖精さん?」
無言の見つめ合いの成果が出た。少女が話しかけてきた。疑問系の声にあわせて首をかしげたものだから思わず釣られてこちらも首を傾げてしまった。それが面白かったのか。ふっと彼女の口元がほころぶ。かわいい。首をかしげるとバンダナで両脇に避けた彼女の髪がさらりとバラけて目に寄った。掻き分ける。
そのまま見詰め合っていると急に何かに気づいたように衣服をまさぐる。
納得したのかまた俺と視線を重ねる。思えば結構長い間視線を合わせている気がする。と少女とはいえ異性と長く視線を合わせていた事実に急に今度は俺のほうが照れくさくなって視線をそらしてしまった。初心かよ。と自分に悪態つきながら照れ隠しで誤魔化すように頭を掻く。
少女がかがみこむ。目線の高さを合わせてくれたのだろう。やっぱりこの娘は聖女だ。一瞬だけ瞳に影が差したけど気のせいだろう。
「土妖精さんは私についてきたいの?」
よし。フラグがたった。フラッグファイターの俺はうまくフラグを立てられたらしい。いまならフラッグでガ○ダムを倒せる気がする。よもや君のような人物と出会えるとは・・・おとめ座の俺にはセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられない!そして答えはもちろん――
「ニートン!(イエス!)」
答えはイエス。イエスだよ!
「一緒に行く?」
「ニートン!(君と一緒ならどこまでも!)」
「でもこの森から出て行かなくちゃいけないんだよ?」
「ニートン!(問題無。俺のニート暦なめるな! 寄生するからには逃げられると思うなよ!)」
体全体で肯定の意思をしめそうと全力でピョンピョン飛び跳ねる。
「そっか」
両手でそっと包み込まれて持ち上げられた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前はキャロル・グリフィス。お父さんの行商に同行させてもらっている商人見習い。キャロルもしくはキャロって呼んでね」
「ニートン(承知した。キャロルと呼ばせてもらう)」
「土妖精さんのお名前は?」
「ニー(名前か~)」
前世は椿三十郎という名前だった。そして名前負けした人生だった。でも生まれ変わったわけだし、この世界での名前であってもいい。死んだ手前。前世の名前に縛られるのも癪だ。さてなんて名乗ろうか?
「もしかして名前ないの?」
思い悩むように首をかしげるとキャロルが名前が無いのかと勘違いして聞いてくる。そうだな。いまの俺は名無しだ。ジョン・スミス(誰でもない)だ。
「ニートン!(その通り)」
「そっか」
自分で考えるのも面倒くさくなってきた。そもそも名前なんてものは自分で付けるものじゃない。拾われた猫だって同じだ。どうせならキャロルにつけてもらおうか?
「私が名前つけちゃっていいの??」
「ニートン!(おう。どうせ寄生するペットのような身だ。例え変な名前だったとしても飼い主のキャロルの意思を尊重するぜ)」
願っても無い提案を了承する。
「決めた。土妖精さんの名前はニートン」
いや。お前。犬か猫じゃないんだからさ・・・・・
「ニート・・・・・(安直過ぎるだろ・・・・・)」
お前絶対俺の鳴き声で決めただろ。でもまあ、土妖精のニートンか。前世であまりにも酷い姿の俺にニート、豚と呼ぶ家族の声を思い出す。案外いいかもしれない。前世ニートで豚の俺にはなかなかにしっくりくる。
「ニートン!(おし、今日から俺はニートンだ!)」
俺は受け入れる意思を示す。不安もあったのだろう。明らかにほっとした顔をするキャロル。余計な心配をかけてしまったな。
「ニートン。これからよろしくね」
「ニートン!(よろしく!)」
こうして俺の土妖精のニートンとしての第二の妖精人生が始まった。
これは後に妖精女王から本当に妖精なのかを疑われ、精霊仲間に擁護された挙句、確認してみたら『まあ!ちゃんとフェアリー?』と驚かれ。その事件から『まあ!ちゃんとフェアリー』の『お前本当に妖精かよ』と妖精か疑う流行語を妖精界に流行らせることになった不名誉な土妖精ニートンとその契約者キャロル・グリフィスとの意思疎通って難しい~という物語である。
自分で書いておいて思う。
(´・ω・`)なんだこれ?
でもかいちゃったのでせっかくだから投稿する。