ある夜の話
日は沈み、空は夕焼けで真っ赤に染まっていた。
普段の夕焼けとは全く異なる赤、見事なまでの真紅に染められた空が広がっている。
私は学校の廊下を足早に進む。
このような時間までここで何をしていたのかは分からなかったし、分かる必要も無かった。
ただ漠然と早く帰らなければならない気がしていた。
玄関に向けて歩き続ける私はある教室の前で立ち止まった。
教室の中に一人、見慣れた先輩が何をするでもなく椅子に座っている。
外から差し込む光で、教室も窓際に座る彼女もまた赤く染められていた。
「何をしているんですか?」
私は教室に足を踏み入れ声をかける。
こんな時間までどうしたのだろう、誰か待っているのか。
「あら■■君、こんなに遅くまでどうしたの?」
私の声に対し、いつもと変わらぬ笑顔で返事を返す。
何と呼ばれたのかも、本当に笑顔なのかも実際の所は分からない。
彼女には顔が無かった。
まるで黒子のように闇に覆われ、顔と呼べる物は見えない。
時計の針は、私が教室に入る前に比べ随分と進んでいた。
「自分はもう帰るつもりです、先輩が見えたので声をかけました」
「そう」
「先輩はどうしたんですか?何か待っているんですか?」
「ええ」
「だったら自分も一緒に待ちますよ、1人じゃ退屈でしょうから」
「ええ」
早く帰らなければならないような気もしていたが、もう急ぐ理由もないように思えた。
窓の外は見た景色は相変わらず赤く、校庭には幾人かの姿が見える。
それからは先輩と他愛のない話をした。
話をするうちに私は思い出す。
彼女は先月の事故で帰らぬ人となっていた。
しかし、そんなことはもうどうでも良かった。
話をしながら彼女は笑う。
気が付けばもう窓から差し込む赤い光は消え、外は暗くなっていた。
長い間話し込んでしまったと思い時計を見る。
時計も闇に覆われ何も見えなかったが、針はだいぶ進んでいるような気がした。
先ほどまで校庭にいた人影はもう見えない。
「遅くなってしまいましたね」
「ええ」
「先輩は何を待っていたんですか?」
「あなたが来るのを待っていたのよ」
「そうですか」
先輩が待っていたというのは私のことだったのだ。
随分と長い間、彼女を待たせてしまっていた。
そう気が付くと途端に申し訳ない気持ちになる。
「すみません」
「もういいのよ」
彼女がいつもと変わらぬ顔で笑った。
私は彼女の顔をもう1度良く見る。
顔が無いまま、彼女は笑い続ける。
何だかおかしく思えて、彼女につられて私も笑った。
何も見えない闇の中、2人は笑い続けた。
そうして私は、もうここから帰ることが出来ないのだと悟った。