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7話 逆転


「ここだ」


 数分後、葉枕と涙童、その他五人のミルフィー達は白水の家に辿り着いた。


「『予知者』はこの家にいる。折り重なってる人間は『白水溜理』だ。本人はこの名前を使ってる」

「偽物かも知れないの」


「白水は、君が眼森を捕らえることを予知してた。それに、彼女の話は現実味がありすぎる。本当に予知の力があるとしか思えない」

「……わかったの。確認するの」


 涙童は他のミルフィー達に、家の周囲を取り囲むように命令した。時間帯は昼前だが、空は薄暗い。ミルフィー達は、家の周囲の草木や建物の陰に身を潜めた。


 葉枕と涙童が家に近づき、戸口に立った。

 涙童が視線で、葉枕に合図を送る。

 葉枕はドアを二回ノックした。


「白水、僕だ」


 数秒待つが、中から返事はない。


「白水、僕だ。葉枕だ」


 内側にはまるで誰もいないかのように、物音一つ立たない。

 涙童はドアののぞき穴の死角に身を潜め、息を殺しながら、葉枕に『続けろ』と指で合図した。

 葉枕はノックを繰り返す。


「白水」

「聞こえています」


 突然、ドアのすぐ反対側から白水の声がした。


「どうして答えなかったんだよ?」

「周囲を確認していたのです。それよりも葉枕さん、メデューサはどうしましたか?」


「眼森は大丈夫だ。もう心配ない。中で事情を話すから、ドアを開けてくれないか?」


 葉枕が告げると、再び音が消えた。

 涙童はドアの陰で息を殺し、微動だにしない。やや離れたところに身を隠している他のミルフィー達も、衣擦れの音すら立てず、気配を消している。


「葉枕さん」


 再び、白水の声がした。


「失敗しましたね?」


 葉枕は目を見開き、顔を強ばらせた。


「な、なんで……」

「葉枕さん、メデューサの救出に失敗したのですね」


 バリンッ!

 突然、ガラスが割れる音が響いた。

 葉枕が右を振り向くと、つい先ほどまで扉の陰に身を潜めていた涙童が、割れた窓ガラスの前に立っていた。


「突入するの」


 涙童は葉枕に告げ、割れたガラス窓の穴から家の中に入る。


「待ってくれっ、涙童っ!」


 葉枕は慌てて涙童の後を追う。ガラスの穴に手を入れ、鍵を開け、ガラス窓を開いた。

 中に入ると、白水は倒したテーブルの陰に体を隠し、姿勢を低くしながら、涙童に銃口を向けていた。


「葉枕さん……計画は失敗です。約束を破りましたね。私のことを知らないつもりで行動してくださいと、お伝えしたはずです。なぜ王族の兵を私の元へ連れてきたのですか?」


 白水は冷たい声で告げる。


「仕方なかったんだ。……眼森を助けるには、こうするしかなかったんだ」


「メデューサはもう助かりません。葉枕さん、あなたは道を誤りました」

「そんなことはない! これで眼森は助かるんだ! そうだろう、涙童!」


 葉枕は涙童の小さな背中に向かって叫ぶ。


「約束通り、『予知者』に会わせたんだ。これで眼森の『予知者殺し』の疑いは晴れたはずだ! 約束通り、眼森は解放してくれるんだろう!?」

「メデューサは……連れて行くの」


 涙童はゆっくりと半身になり、葉枕へ横顔を向けた。


「な、なんでだよ……! 約束したじゃないか!」

「約束は守るの。でも」


 涙童は小さなひとさし指を、白水へ向けた。


「これは、『予知者』じゃないの」


 葉枕は目を見開いた。

 白水を見て、涙童に視線を戻す。


「嘘……だろ。だって、白水は何度も予知を……」

「このミルフィーは、有名な嘘つきだったの。力は無いけど、大きな事件にいくつか関わってた疑いがあるの。名前はリリィ……『嘘つきリリィ』」


 葉枕は言葉を失った。

 怯えた顔で、白水を見る。

 白水は無言で銃を構えていた。


「嘘をつくことしかできない雑魚ミルフィー。今まで見逃してたけど……今回の嘘は許せないの」


 涙童は低い声で呟いた。


「『予知者』は死んでるの……死者の冒涜は、許さないの……死ね」


 涙童は底知れない迫力で白水を見た。

 白水は冷たい声で告げる。


「葉枕さん、もう終わりです。死に方を選んだ方がいいですよ」

「白水っっっっ! お前、裏切ったのかよっ! 今までの話は全部、作り話だったのかよ! お前は一体、何がしたかったんだよ!」


「もう死ぬのですから、話す必要は無いでしょう。ただ一つだけ答えるのなら……私は嘘はついていませんよ」

「この期に及んで何をっ!」

「……うるさいの」


 涙童が二人の会話を遮った。

 左目は白水に向けたまま、右目だけをぐるりと葉枕に向ける。


「なっ……どうなってるんだよ、その目は」


 葉枕が後ずさった。

 人間離れした涙童の大きな目が、さらに一回り大きく開いた。


「こうなるの」


 その瞬間、葉枕の体が後方へ吹っ飛んだ。

 壁に全身を打ち付け、床に崩れこむ。

 涙童は葉枕を見下ろした。


「葉枕、おまえは後で殺すの。こんな嘘つきに騙される人間は、生きてる価値はないの」


 冷たく言い放ち、葉枕から目を反らした。


「くっ……っ……」


 葉枕は目を固く閉じ、泣き混じりの声を漏らした。床から立ち上がろうとする様子もない。

 涙童は葉枕を放置し、白水に両目を向けた。


「次はお前なの。嘘つきリリィ」

「でしょうね」


 白水はテーブルを横に倒した簡易バリケードに身を潜めたまま、銃口を涙童の目へ向けた。

 人差し指がぐぐぐ……とトリガーを押し込める。


 が、発砲しない。

 白水が表情を曇らせ、涙童の方を見た。


「無駄なの」


 涙童が無感情な声で告げる。


「あなたの指一本の力が、私の『眼の力』より強いはずないの」


 涙童は右目を、拳銃の方へ向けていた。

 そして左右の目が独立しているかのように、左目だけが、グンと二回り大きくなる。


 バンッ!

 破裂音が鳴り響き、白水の手が弾かれた。銃が床に転がる。

 すぐさま二度目の破裂音が響き、銃が部屋の隅まで吹っ飛んだ。


「さすがですね。これだから、王兵との戦いは嫌なのです」


 白水は瞬時にテーブルの陰から飛び出し、涙童に接近した。


「悪あがきなの」


 涙童はゆっくりと、白水の方へ顔を向ける。

 ゴッ……!


 白水は、涙童の目を殴った。

 二人の動きが止まり、一瞬の沈黙が生まれる。


 白水が拳を引くと、涙童の右目は、白目になっていた。

 その目がグルンと反転し、黒目に戻る。


「あなたが思ってるより、丈夫なの」


 白水が再び拳を振りかぶると、今度は涙童の左目が白目に変わった。

 涙童は顔の向きを変え、左目で白水の拳を受け止めた。


 ゴッ……。

 涙童の小さな体はビクともしない。


 左目は拳を受け止めたまま、右目はぎょろりと白水の顔を見た。

 白水の表情が強ばる。


 バンッ……!

 破裂音と同時に、白水は後方へ吹っ飛び、金属の置物へぶつかった。派手な音を立てながら床に倒れる。


「っ……」


 白水は動かない。

 涙童は和服の懐から包丁を取り出した。


「終わりなの」


 割れた窓から、外で待機していたミルフィー達が部屋に入ってきた。涙童を含めた四人が葉枕達を取り囲み、二人が出入り口を塞いだ。


 葉枕は床に伏せたまま、ピクリとも動かない。

 白水は声にならない声を漏らし、起き上がろうとするが、むなしく床に崩れた。


「嘘つきリリィ……自分を『予知者』に思わせるなんて、大した嘘つきなの。戦う相手を間違えなければ、この世界でもっと長く生きれたかもしれないの」


 涙童はゆっくりと部屋を闊歩する。

 そして、葉枕の前で立ち止まり、その後頭部を憎々しげに見下ろした。


「葉枕。あなたは嘘つきリリィよりも、口先だけなの。あなたの信念は私のと似てると思ったけど、やっぱり違うの。『最後の一瞬まで戦う』って言ってたのに、あなたは何もしなかったの」


 葉枕は無言で蹲ったまま、ピクリとも動かない。


「もう生きることを諦めてるの」


 涙童は葉枕の横に膝立ちになり、包丁を振りかぶった。


「その通りだよ……」


 葉枕がくぐもった声で答えた。

 涙童は手を止める。

 葉枕は俯せのまま呟いた。


「僕は、君に勝てない。君の仲間達から逃げることもできない。君の言うとおり、僕はもう生きることを諦めてるよ…………でも」


 葉枕は床に手をついた。

 その手にぐっと力が入る。

 上体を起こすと、葉枕は涙童を見上げた。


「……眼森の命は別だ。あの子は助ける」


 葉枕達を取り巻いていたミルフィー達が、互いに顔を見合わせた。

 そのとき、涙童の胸の内側で振動音が響いた。

 涙童は振りかぶっていた包丁を降ろし、携帯電話を取り出す。


「もしもし」


 涙童が答えると、スピーカー部分から野太い声が漏れた。


『メデューサに、逃げられた』

「なんで」


 涙童の声が凍り付いた。


『メデューサが『眼』を使った。一体どうなってるんだ。アイツは衰弱してたんじゃなかったのか!』

「命令。王に報告」


 涙童は一言だけ告げると、電話を切った。

 怒りの形相で、葉枕の首元に包丁を向ける。


「何をしたの」

「眼森に力を貸した」

「どうやって……」


「カエルを渡した」

「どういうことなの……」


 涙童は荒い息を繰り返す。

 葉枕は淡々と答えた。


「僕の力だ。イメージした場所に、カエルを生み出せる。遠ければ遠いほど難しい。だから、床に倒れてた間に集中して、眼森のいる場所に、カエルを出現させた」


「カエルって、何」

「この世界の生き物だ。一度、眼森がそれを食べようとしたことがある」


「なんで、それでメデューサを助けられるって、わかったの……」

「推測だよ。『メデューサの眼の効果は、ある条件を満たさない限り、後方には及ばない』って、白水が言ってたんだ。『メデューサの眼』ってのは、相手の動きを封じる力のことだろう。そして、ある条件ってのはおそらく、カエルを食べることだ」


「なんでそんな生き物が、メデューサの力になるの……」

「わからない。でも、僕が王族と戦えるとしたら……白水の話が一部でも本当だとしたら、それしか考えられないんだ。眼森はカエルで力を得られる。それが僕が王族と戦える理由だろう」

「そんなの、信じられないの……」


 涙童は包丁を握る手に力を込めた。


「人間にやられたの。葉枕……それに、嘘つきリリィ……お前達は、なんで王族の知らないことを知ってるの……?」


 涙童は左手で、自分の髪を鷲づかんだ。

 大粒の涙が頬を伝う。涙童はそれを舐め取らず、床にポタポタと滴が落ちた。


「葉枕……許さないの」

「眼森は助けた。……僕の勝ちだな」


 葉枕は静かに答えた。

 涙童は涙を流しながら、葉枕を睨んだ。


「王族を敵に回して、覚悟はできてるの?」


 葉枕は無言で涙童を見つめる。

 その周囲を涙童の手下たちが囲んだ。


「葉枕、嘘つきリリィ……メデューサの代わりに、お前たちを連れていくの」




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