2話 メデューサ
葉枕は夜道を歩いていた。
煙突が斜めに突き刺さった家や鉄柵に囲まれた屋敷があり、その脇を抜けると、草木が生い茂った場所に出る。
「『折り重なった夜』以来、裏山には来てなかったけど、こんな不気味な景色になってたのかよ……。こんなわけわからない世界で、一体どこに行ったんだよ、眼森……」
葉枕はごくりと唾を飲み、森の奥へ進んだ。
そして数十分後。
疲労した様子の葉枕が一人で闇から現れた。
その隣に少女の姿はない。
「くそっ……見つからない……。人の気配すらないな」
葉枕はしゃがみ込むと、手の平を上に向けた。
目を閉じると、手のひらにカエルが出現する。
「どこにいるんだ……どこを探せばいいんだ? この森一つでも、範囲が広すぎる。眼森の行きそうな場所を考えないと……」
葉枕はカエルに語りかけるように言った。
その瞬間。
「――――――ッッッ!」
暗闇から不気味な叫び声が響いた。
葉枕は声のした方へ顔を向ける。
「どうせ、山猫か何かだろうけど……。一応、確かめてみるか……」
カエルを手に包み込むと、立ち上がり、声のした方へ進んだ。
近づいていくと、その声は次第にはっきりとした嗚咽に変わった。
パチャッという水音。
「………………」
暗闇の中にいた人物が、葉枕の方を向いた。
「……もう……だめなの…………」
その人物が震え声で言った。
「お腹が……えっぐ……空いたの…………お腹が……ぅっ…………でもっ……」
無き混じりの声。
その人物が顔を上げると、顔が月明かりで照らされた。
長い髪、ぷっくりした唇、長い睫毛の美少女だった。
「眼森……!?」
葉枕は目を見開いた。
「眼森……眼森! 何してるんだよ! こんなところで、どうしたんだ!? みんな心配してる!」
「っぐ……ぇぅ……お腹が……お腹が……」
「お腹が空いたのか……? とにかく、一度家に帰ろう。こんなところにいても」
「違うわ……そうじゃなくて……お腹が…………空いて……」
眼森は泣きじゃくり続ける。
「だから、お腹が空いたなら――おっとっ!」
ふと、葉枕は地面に足を取られた。
葉枕がいる場所は田んぼの中だった。ぬかるんだ土に右足が沈み込んでいる。
眼森は、その脇のドブ川の中に立っていた。
「め、眼森……なんでそんなところに立ってるんだ!? ひょっとして、足がはまって抜けられなくなったのか……?」
「違うわ。だって、お腹が……空いて…………えっぐ……でも……食べられなくて…………」
葉枕は眉をひそめた。
「眼森…………さっきからその手に、何を持ってるんだ?」
問いかけた瞬間。
「うああぁぁぁ……!」
眼森は泣きじゃくりながら、膝を折った。
その拍子に、眼森の手が緩み、中身が地面に飛び出した。
「なっっ……!」
黒い粒がぴょこぴょこと地面で飛び跳ねる。
それは、泥に塗れたカエルだった。
「眼森……一体、何をしてたんだよ……」
「だって……だって……だってッッッ!!」
そう言って顔をあげた瞬間。
眼森は泣き止んだ。妙に落ち着いた表情になる。
「葉枕くん」
「どうした……急に」
眼森はドブ川から上がり、泥水を滴らせながら葉枕に近づいていく。
一歩、二歩、三歩。
「葉枕くん、それ、何持ってるの?」
葉枕は手に包んでいるカエルを胸に引き寄せた。
「……眼森、おかしいよ。何かいつもと違う」
「葉枕くん、それ、見せて」
「待ってくれ――――っ!」
葉枕は一歩後ずさり、再び足を取られた。
両足が田んぼの泥に埋まっている。
「葉枕くん。ねぇ、手の中にあるもの、私に見せて」
「待ってくれ、眼森、今足が……」
「ねぇ……葉枕くん、いいでしょう?」
眼森は葉枕に顔を接近させ、微笑んだ。
爛々としたその瞳は、緑色だった。
「…………ッ!!」
突然、葉枕の手足の動きが止まった。パクパクと口を開閉するが声は出ない。
「葉枕くん。これ、私にちょうだい」
眼森は葉枕の指を開き、手の中に包まれていたカエルを取り上げた。
「これなら私…………きっと、食べられるわ…………」
眼森はうっとりとした表情で、カエルを口に近づける。
葉枕は唇を震わせ、信じられないものを見るような目で、眼森を見る。
「……いただきます」
眼森は上品に、小さく口を開いた。




