18話 王を倒す作戦
葉枕達は、白水の家のリビングにいた。
深刻な表情でテーブルを囲んでいる。
「王族にやられましたね……。彼らが攻めてきた本当の目的は、メデューサでも葉枕さんでもなく、葉枕さんのカエルだったようです」
白水のコーヒーカップには並々とコーヒーが注がれていた。白水はそれに口づけようとはしない。
「今までのやり方と違うな……。これまでは涙童が主導してたけど、今回の作戦は、王族が指揮を執ってたのか?」
「おそらく、そうです。現在の王は、指揮を取る能力に長けています。彼は最小限の兵力で、最大限の成果を挙げ続けている人物です」
「最小限の兵力……なのか?」
「ええ、王族の駒はそれほど多くありません。ミルフィーは群れる生き物ではありませんから、人間のように、何億という数を従えることはできません。王族の兵は、せいぜい数百です」
「数百……そんなんで、世界を支配しようとしてるのかよ」
「はい。彼らが道を示せば、他のミルフィーの行動にも影響します。王族が人間に勝利すれば、他のミルフィー達も、人と対等な関係を結ぶことはほとんどなくなります。ミルフィーの王族は、勝利し続け、道を示す存在なのです」
「人間の王とは違うな……そんな相手と戦おうとしてたのか、僕達は」
「はい。それが唯一、人間が人間として、この世界に生き残る手段です」
「ねぇ、もう王族を倒す方法はないの?」
眼森が首をかしげた。手に持ったマグカップの中身は飲み干している。
白水は力なく答えた。
「あるかもしれませんが、可能性は限りなく低いです。涙童とメデューサの相性は最悪ですし、さらに、涙童はカエルを食べることで、メデューサと同等以上の力を発揮することができます」
「僕のカエルは、ミルフィーなら誰でも力を発揮できるのか?」
白水は首を振った。
「いいえ、カエルで強化できるのは、『眼』の力を持つミルフィーだけです」
「涙童は、まさに天敵ってことか……」
葉枕は躊躇うように、視線を左右させた。
白水を見ると、短く息を吸い込む。
「実は、言ってなかったことがあるんだけどさ」
全員の目が葉枕に向けられる。
葉枕は慎重な口調で言った。
「実は、涙童に奪われたカエル二匹の内、一匹はまだ生きてるんだ」
「へぇ、葉枕。それはよかったね。そういえば私もみんなに言ってなかったんだけど、私はなんと、薬指の先にホクロがあるんだ!」
倉咲が茶化すと、葉枕は左手でその口を封じた。
倉咲はもがっと声をくぐもらせる。
「つまり、僕が言いたいのは……王族の居場所がわかるかもしれないってことだ」
その場にいた全員が息を飲んだ。
白水はコーヒーカップに口づけ、言った。
「葉枕さん、それは本当ですか?」
「本当だ。僕は、自分のカエルがどこにいるかわかる。涙童が王族の側にいるなら、王族の居場所がわかると思う」
「なぜ黙っていたのですか?」
白水は不服そうな口調で言う。
「勝ち目がないなら、戦わない方がいいと思ったからだ。正直に言えば、僕はここにいる三人の命が大事だ。一か八かで、みんなの命を懸けたくない」
「じゃあ、葉枕君が話したってことは」
眼森が期待した表情を浮かべる。
葉枕は首を振った。
「いや、勝てる算段がついたわけじゃないんだ。アイディアを寄せ集めれば、勝てる方法が見つかるかも知れないと思ったんだ」
「それなら、涙童にカエルを食べられないようにするのはどうだい?」
倉咲が真っ先に口を開いた。
葉枕の表情が明るくなる。
「どうやって?」
「葉枕が別の大きなカエルを出現させるんだよ」
「……で?」
葉枕の表情が曇る。
「で、そのカエルが涙童のカエルを共食いする。そしたら、葉枕が大きなカエルを回収して……」
「却下だ」
葉枕はため息を吐いた。
「倉咲、発想が不気味すぎるぞ。上手くいく可能性はゼロじゃないけど、都合良く共食いしてくれるかわからないし、その大きなカエルまで涙童に奪われるかもしれないし……何より、僕がやりたくない」
「エスプリの効いた作戦だと思ったんだけどなぁ」
倉咲は不満げに頬杖をついた。
白水は明るい表情を向ける。
「悪くない発想だと思います。それほどリスクは高くありませんし、成功すれば見返りは大きいです。一つの候補としておきましょう」
「じゃあ、僕にも案がある」
葉枕が言った。
「涙童の攻撃範囲は、前方の、目で見える範囲だけだ。眼森は全方位を封じられる。それなら、眼森が涙童の背後を取れば、勝てるかもしれない」
「いいと思うわ」
眼森が賛同した。白水も頷く。
「たしかに効果的です。問題は、涙童の背後を取ることが至難だということですね」
「そうなのか……?」
「カエルを食べていない状態なら、可能だと思います。しかし、カエルを食べた涙童は、視界に入った者を一瞬で殺せるはずです」
「ま……まじかよ……」
葉枕が愕然とした表情を浮かべた。
白水は、平然とティーカップに息を吹きかける。
「当然です。涙童は王族の一等兵ですよ。メデューサの上位互換と言っても過言ではありません」
「それならやっぱり、王族がやってきたみたいに、搦め手を使うしかないのかもしれないねぇ」
倉咲がニヤニヤしながら葉枕を見た。
葉枕は首を振る。
「倉咲の案は絶対に嫌だぞ。意地でも他の案を考える」
「そうかい、じゃあ応援してるよ。提案しといて何だけど、私も自分の作戦は食欲が無くなりそうだからねぇ」
葉枕は倉咲を無視して、無言でテーブルを見つめた。しばらくして、顔を上げる。
「そういえば、白水が使ってた催涙弾は、もうないのか?」
白水は首を横に振った。
「ありませんよ。あれは偶然あの場所で見つけたのです。兵器の類いはほとんど持っていません。私が持っているのは、警官から奪った銃だけです」
「警官から奪ったのかよ……」
葉枕が呆れた口調で言う。
白水は気にした素振りもなく答えた。
「そうですよ。交番のおまわりさんから頂きました。その銃も、涙童には通じませんけどね」
葉枕はふと何かに思い至った顔になった。
「なあ……涙童はいつカエルを食べると思う?」
「私達が攻めたときでしょう?」
眼森が端的に答える。
「そうだけどさ、攻めた瞬間には食べないはずだ。僕達が王城へ侵入してから、涙童がカエルを食べるまでに、必ず間がある」
「たしかに……そうだわ」
眼森が驚いた表情で同意した。
「その隙に、何かできるかもしれないわ。カエルを食べられないように邪魔したり」
「いい案ですが、私達と対面する前には食べていると思いますよ」
白水が口を挟んだ。
倉咲がふぅっとコーヒーに息を吹きかける。
「そっかぁ。涙童のカエルに、唐辛子をかける余裕はないんだねぇ」
倉咲が何気なく呟き、カップに口づけた。
その瞬間。
葉枕が目を見開いた。
「それだ……」
「葉枕?」
「作戦を思いついた」
「いや、唐辛子は冗談だよ。いくら涙童がお子様でも、辛いものくらい我慢すれば食べられるよ」
「いや、そうじゃない。もっとマシな作戦を思いついた。細かい作戦をいくつも使えば……いけるかもしれない」
「葉枕?」
倉咲は首をかしげる。
葉枕は突然、立ち上がった。
「時間がない。王族のところへ向かいながら作戦を煮詰めよう。今なら交通機関も復活してる」
「そっか、今日は外出禁止令が解除される日だっけ」
「つまり、あと二日しかリミットがないということです」
白水が呟いた。
葉枕が首を振る。
「いや……作戦は、今日しか使えない。タイムリミットは、今日だ」




