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13話 仲違い


 葉枕と白水は公園に辿り着いた。木々に囲まれた暗い公園があり、錆びた遊具がいくつかある。フェンスの向こう側には田園が広がっている。


「倉咲、お待たせ」


 倉咲玉花はTシャツにオーバーオールのボーイッシュスタイルで立っていた。


「久しぶりだね、葉枕」


 倉咲はそう答えると、白水をちらりと見た。


「葉枕、そちらの美女は新しい彼女?」

「んなわけないだろ……。これから詳しく説明するけど、白水溜理ーー未来を予知できるミルフィーだよ」 

「よろしくお願いします」


 白水は微笑を浮かべた。

 倉咲の表情が曇る。あからさまに、白水から二歩距離を取った。


「葉枕……ミルフィーと一緒にいるの?」

「そうだよ。白水は味方だ」


 葉枕は一瞬の間を置いて、話し始めた。


「白水の『予知』によると、もうすぐこの世界は、ミルフィーの王族に支配されるらしいんだ。そして、僕と眼森と倉咲が、その王族と戦うことになる」


「へぇ……高校生三人がミルフィーの王族と戦うの? リズム感のない葉枕が、文化祭でバンドをやるくらい無謀だね」


「倉咲、ちゃんと聞いてくれ。君が相づちを打つ度に冗談を言ってたら、永遠に説明が終わらないよ。それと、僕はリズム感はある。ちょっと音程を取るのがヘタなだけだ」


「ごめん、葉枕が突拍子もないこと言うと、ついツッコミたくなっちゃうんだよ。じゃあ、私は頑張って口を挟まないようにするから、葉枕は持ち前のリズム感で、テンポよく説明してね」


 葉枕はぴくっと頬を引きつらせ、説明を続けた。


「とにかく、僕達は王族を追い詰めるけど、最後には負けてしまうんだ。だから、白水は、予知を変える為に僕に接触してきた。今、僕達はミルフィーの王族から人々を救おうとしてるんだ」


 白水は倉咲へ微笑みかける。

 倉咲は眉をひそめ、白水から顔を背けた。

 葉枕は二人を交互に見て、ため息をつく。


「倉咲は信じてくれないかもしれないけど、僕はすでにミルフィーの王兵と戦ってるんだ。僕には戦う力がある。この世界をミルフィーから守るために、ミルフィーの王族を倒さなきゃいけなんだよ」


「葉枕・・・・・・今政府から外出禁止令が出てることは、知ってるよね?」

「あ、当たり前だろ……」


「理由はわからないけどね、ミルフィー達はいろんな人を襲っているらしいよ。警察官とか、政治家とか。今朝のニュースで出た新しい情報では、首相がミルフィーに殺されたって」


「白水から聞いたよ。ミルフィーはこの世界をミルフィーの常識に染め上げようとしてるんだ。だから、人間のルールとか常識を壊すために、政治家達を襲ってる。僕達が何もしなければ、そうやって、この世界はミルフィーの王族に支配されていくんだ」


「仮にそれが本当だとして、葉枕は、突然現れたミルフィーと一緒に戦うの? 葉枕は白水さんの見た目に欺されてるのかも知れないけど、葉枕の隣にいる白水さんも、人を殺してる化け物達と同類なんだよ?」

「随分酷い言われようですね」


 白水は低い声で呟いた。

 葉枕は白水を手で制した。


「倉咲、白水がミルフィーだってことは、百も承知だよ。それでも、白水の力を借りないと、この戦いに勝つことはできないんだ」

「じゃあ聞くけどさ、葉枕は白水さんのこと、心の底から信じてるの?」


 葉枕は一瞬、答えに詰まった。


「葉枕、今この状況でミルフィーを信じるなんて、正気じゃないと私は思うよ。白水さんは、人間の味方をしてくれる心優しいミルフィーなんかじゃないよ。きっと、何かを企んでる」

「僕だって……白水を完全に信じているわけじゃない」


 葉枕は横目で白水の顔を伺った。白水はポーカーフェイスを保っている。


「白水は王族のミルフィーから、『嘘つきリリィ』と呼ばれてたんだ。だから、完全には信用できない。でも、何か裏の目的があったとしても、白水が根っからの悪人だとは、僕には思えない。だから、僕は白水を信じるんだ」

「葉枕・・・・・・」


 倉咲は中性的な声のトーンをさらに低くした。


「今の話は誰がどう聞いたって、葉枕がその『嘘つきリリィ』に欺されているように聞こえるよ。葉枕は、白水さんに裏切られることを、警戒しているつもりなんだよね。『完全には信用できない』なんて言って、賢く立ち回ってるつもりなんだよね。……でもね、葉枕は、彼女を信じるべきかどうかの判断を、先送りにしてるだけだよ」

「違う、僕は……」


「違くないよ。葉枕は自分で考えて行動しているつもりで、白水さんの思い通りになってるだけだよ。詐欺に引っかかる人間と同じだね」

「ちょっと待ってくれよ! 倉咲、君と話していると、考えがまとまらない。少し時間をくれ!」


「うん。私は待つよ。でもね、葉枕。これだけは言っておくよ。私はそのミルフィーを信じてないし、一緒に戦うつもりもないよ」


 倉咲は白水に鋭い視線を向けた。

 白水は不敵に笑った。


「構いませんよ、倉咲さん。あなたはこの戦いに必要ありません。王族を倒すには、葉枕さんとメデューサの力があれば十分です」

「ふーん、必要ないのはどっちだろーね?」


 倉咲が問いかけた瞬間。

 白水の表情が青ざめた。

 細い手足が震える。


 まるで全身を固定されたかのように、倉咲の方を向いたまま、目線だけを左側へ向ける。


「そう……いうこと……ですか……」

「うん、そういうことよ」


 木々の隙間から、眼森八百子が現れた。

 髪は放射状に広がり、見開いた目は白水を見据えている。

 白水は小刻みに震えている。その額を汗が一筋伝った。


「眼、眼森っ……! 無事だったのか!」


 葉枕は驚きの表情で叫んだ。


「ええ。葉枕くんも……無事でよかったわ」


 眼森八百子はゆっくり歩き、倉咲の隣で立ち止まった。目を閉じると、逆立っていた髪がふわりと収まる。

 同時に、白水が拘束を解かれたように、膝を軽く曲げた。胸に手を当て、息を整える。


「倉咲玉花さん、眼森八百子と結託していたのですね……」

「ごめんね。私はミルフィーを信じてないんだ」


 倉咲は白水に近寄ると、そのベルトに挟んでいた銃を奪った。

 ポケットに仕舞うと、葉枕の方を振り向く。


「葉枕、曖昧な答えはダメだよ」

「どういうことだよ、倉咲……」


「眼森さんは、ミルフィーに殺されそうになって、葉枕の家を訪ねてきたんだよ。そこで、私に全部教えてくれた。だから、私は白水さんのことも、ミルフィーの王族のことも、最初から全部知ってたんだ。その嘘つきリリィさんが、眼森さんを銃で殴ったことも知ってる」


「確かに、白水の行動は行き過ぎてることもあるよ。でも、白水の力を借りないと、僕達の未来は、めちゃくちゃになるかもしれないんだ」


「らしくないね、葉枕。眼森さんを傷つけた奴を庇うの?」

「庇ってなんかない。ただ僕は……君や、眼森や、家族や、みんなを守りたいだけだ」


「うん……葉枕が未来を変えたいなら、私は止めないよ。私はね、葉枕のことを信じてる。葉枕が戦うなら、それを見届けたいと思う。でもね、ミルフィーの力は借りちゃ駄目だよ。今、葉枕から白水さんを引き離すのが、私の役目だと思う。だからね、葉枕と、眼森さんと、私と、三人で一緒に戦うのはどうかな」

「それはお勧めしませんよ」


 白水が口を挟んだ。


「あなた方三人だけで戦えば、『予知』の未来をなぞるだけです。王族に負けて、全員殺されます」


「白水さん、じゃなくて、リリィさん? あなたは、私達の勝利を願っているんだよね。それなら、あなたの『予知』だけ、今ここで私達に教えてくれない?」


「私は自殺志願集団に『予知』の力は貸しません。私を信じない方に『予知』をお伝えしても、混乱を招くだけです」

「さすが『嘘つきリリィ』さんは、取り繕うのが上手いね」


「倉咲、白水の言ってることは本当だ」


 葉枕が横やりを入れた。


「僕が白水の『予知』を疑って行動したとき、僕と白水は、王族に殺されそうになった。白水を疑って力だけを借りるのは無理だ」

「もういいよ……葉枕くん」


 女子らしい声で、眼森が呟いた。

 その瞬間。葉枕、白水、倉咲の動きが止まった。

 三人の顔から血の気が引いていく。


「葉枕くん」


 身動き一つ取れない三人の中、眼森がゆっくり歩く。


「葉枕くんが『嘘つきリリィ』と一緒に行くなら、私は止めないわ。でも、私はリリィと一緒には戦いたくない」

「……」


 葉枕は信じられないものを見たような顔をした。 眼森は倉咲の腰から銃を奪い、白水に銃口を向けた。


「嘘つきリリィの予知が必要なら、私が聞き出してあげる。だから選んで。私達と戦うか、リリィと戦うか……葉枕くんの答えを聞かせて」





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