あくまでも派遣ですっ!?
春。
高校三年生に進級したばかりの朱藤明瑠はコンビニに向かっていた。
まだ夜が明けていないので物騒かとも思ったが、何故か気分が高揚していて、何でも出来ると考えてしまったのだった。
そして、出会いと別れの季節とよく言われるこの時期に、
唐突に……そう、唐突にその少女は現れた。
現れた、というより降ってきた、といった方が正しい。
そんな現場に偶然居合わせてしまった明瑠はどうすることも出来ず、ただ慌てるばかりだった。
「僕……通報した方がいいのか?」
そう思ったが、いたずら電話だと思われてはたまらないのでやめておく。
少女を介抱する、というのも一つの案だとは思うが、何しろ得体がしれない。
それにタイミングよく少女が起きて変質者扱いされたら、受験に向かって奮闘中の高校三年の自分にはダメージが大きすぎる。
やる時はやる男と自分で思っている明瑠だったが、基本的に保守的な男でもあった。
仕方ない。
だって、日本人だもの。
「んぅ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
明瑠は光の速さで少女に駆け寄った。
決して少女が明瑠の好みだったとかいう理由ではない。
そう、決して違うのだ。
「……おはようございます、朱藤明瑠さん」
「なんで、僕の名前……?」
「それは、ですねぇ」
なんだよ、と口に出すのを躊躇う。
とうとう明瑠が言葉を発せないまま、少女は話を続けた。
「改めまして……初めまして、朱藤明瑠さん。私はラヴィリア・ヘルズ・ムーンライト……月から来た、派遣悪魔です!」
「うん?」
出会いと別れの季節、春。
もうすぐ夜が明ける。
桜のような桃色の髪と色素の薄い紫色の瞳をもった少女は悪魔と名乗り、そして―――
「おなかが空きましたぁー……」
「おっ、おい!?」
目の前で倒れそうになる少女を支え、僕は道の端によった。
「ぁふ……。ここは明瑠さんの家……え、何で道沿い」
「何でって、家に連れ帰って警察沙汰になったら困るだろ」
「……ちぇ、何故こんなにもチキュー人は保守的なのでしょうか……」
頬を膨らませて抗議の意を示す自称悪魔。
「っていうか、何でお前、僕の名前知って……。さっきのは説明になってないからな?悪魔ですとか言われても知らねえよ、国語的におかしいよ」
「明瑠さん、長いです、長い」
「で、何なのお前」
「無視ですか……いいでしょう、教えて差し上げましょう!」
私は、と言って息を吸う。
少し溜めて自称悪魔は言った。
「月から来た派遣悪魔なんです。うさぎとか居ますよ、月。で、私はルナティック都っていう場所で生まれたんですが、そこの都知事が汚職だのなんだので相次いで辞職して全くもう、都民の事なんか何も考えてないんだから……」
「よく分からんが、長い上に話逸れてないか?」
しかも知りたくもない月事情が出てきた。
「あぁ、すいませんすいません。と、派遣悪魔の任務として、自分じゃ何も出来ないチキュー人を護らなきゃいけないんですよ」
「……護るって、誰から」
「天使です」
「……普通逆じゃねえ?てか、まさか地球人全員に悪魔?ついてるのか?」
「あっははー、まっさかー。今は悪魔も人員不足なんですよ、そんな事出来ませんよ」
明瑠は首を傾げた。
「じゃあ、どんな条件で……」
「……来ます!下がっていてください!」
悪魔が空を見上げる。
明瑠もそれにつられる。
見上げた先には……女性が、飛んでいた。
「ラビー?そこどいてよぉ。その子を連れてかなきゃならないんだからさぁー?」
「どきません。明瑠さんは私がお護りします」
「じゃあー、戦おっかぁ」
「……今日はルナティック都産『挙げ句の果ての飴玉』で帰ってくれません?」
「わーい、それ大好きぃー、ばいばーい」
少し肉付きの良い様に見えたその女性は、異形の飴玉を受け取ると嬉しそうに帰っていった。
「……と、まぁアレが天使です。」
「あ、そうなんだ……」
最早、人が飛んでいることに驚かなくなっていた。
自分の適応力の高さに驚く。
「で、察しているとは思うんですが、明瑠さんは天使に狙われています。天使に狙われているチキュー人は極めて少ないんですよ。そんな人たちを、私たちは護っています」
「な、何で僕が狙われてるんだよ!?」
「明瑠さんの事を気に入ったからですね」
「は、はぁっ!?」
明瑠は生まれてから一度もモテたことがない。
中性的な顔立ちに加え、少し長めに整えた髪。
高校三年生になってなお、女子に間違えられる程だ。
「天使の感性って曖昧なんですよねー。ご老人を狙っていたかと思ったら、次は幼児とか」
「そ、そうなのか……?」
「まあ、でも。明瑠さんはかっこいいですよ。私は大好きです、明瑠さんの事」
「うえぇっ!?」
何という事をサラッと言ってくれるのだ、この悪魔は。
「そもそも私が明瑠さんの護衛任務についたのって、希望したからですし」
「それはともかくとして、何でさっきの天使は何でお菓子貰って帰っていったんだ?皆あんなんなのか?天使って」
あれならば地球人の明瑠でも身を守れそうだ。
「いやですね、あれが天使のレベルだったら悪魔は放っておきます。さっきのは私の幼なじみの、サクヤっていう子なんですよ。サクヤじゃなきゃあんなので帰ったりしません。サクヤは基本優しいんですが、戦い好きであり、食いしん坊でもあります……っていうか、貴方乙女の告白をスルーするなんて何事ですかぁー!」
「ごめん、出会ったばかりの悪魔とはちょっと……」
可愛いな、とは思う。
でも、付き合うとなると話は別だ。
「全くもう、つれませんねぇ……。しかしながら、時間はまだたっぷりあるので。諦めませんよ!」
「好きにしてくれ……」
夜が明けた。
朝焼けがとても綺麗だ。
幻想的なまでに赤いそれは、先程までに起こった出来事を無かったことに……
「明瑠さん、好きですよー!」
……してくれなかった。
「ったく……悪魔、僕は悪魔とか月とか、まだ信じたわけじゃないからな?月は、探査機で見に行ったけど何もいなかったって言ってたし」
「まぁ、特殊な結界を張ってありますし」
「お前が悪魔だって」
「さっきのサクヤ、飛んでましたよね?悪魔も天使も同じです」
「まぁ、いいか……護ってくれるんだろ?お前の事は信じてやっても良い……ラヴィリア」
「ラビとお呼びくださいな!」
はぁ、と一つ溜め息をつく。
「じゃあ、ラビ……またな」
「はい、また」
少女といた時間は長い時間に感じたが、実際は十分程度だった。
当初の目的を果たし、ポテトチップスと炭酸飲料を買って帰宅する。
「ただいま……って誰もいないか……あれ?」
明瑠は独り暮らしだ。
なのに、出掛ける前に間違いなく施錠したはずの玄関の鍵が開いていたということは。
「空き巣か!?」
「おかえりなさい、明瑠さん!」
「お……おまえっ……!何してるんだよ……!?」
「これから明瑠さんの護衛をするのですから、四六時中お側にいなければ!と思いましてー」
「不法侵入で訴えるぞ!?」
悪魔に対して裁判が適応されるのかは謎だが。
「これからは、必ず私がお護りしますから。安心してくださいね?」
そう言って、ラビは微笑んだ。
その笑顔に明瑠は……不本意にも、ときめいてしまったのだった。
「わ、分かったよ……」
これからどんな毎日が待っているのか、分かったものではない。
だが、ラビが側にいて護ってくれるということは、少し日常に寂しさを覚えていた明瑠にとって……本当は、嬉しいことだった。
「つきましては、起きたところから寝ている間まで一緒にいる所存ですので、よろしくお願いしますね!」
「やっぱりお前、出てけえぇええええええっ!!」
ちなみに、買ってきたポテトチップスと炭酸飲料は、お腹が空いていたラビに全て食べられた。