わたしから見た物語
物語を作り変えたのは誰だろうか?
私はいま、小紫市という小規模の都市に住んでいる。”市”とはいっても、新幹線の通る駅から雪の降る温泉街まで様々な顔を持つ。
その中でも、人口の7割が農業に従事している名消地区。ここは旧名消町だったエリアで、2005年に合併して町長がいなくなった。私の家はこの旧名消町の、さらに3つに分かれた地区(学区)の中で一番田舎な原戸と呼ばれる場所にある。
私は小さいときから、名消町の人間が大嫌いだった。母親が違う県の出身だというだけで言わぬ噂を立てたり、いじめっ子を持つ旧家の親が息子の残虐さを容認していたり。あるいは子供たちは平然と犬を殺して遊んでいたり。
まるで60年前の町を山の中にそのまま持ち込んだような世界だ。
「田舎はおっとりとした人たちが多い」
いつか都会の人間が私に言った言葉だ。だがそんなことはない。確かにマイペースな所はあるが、連帯感が強くて排他的だ。都会の人間を凄く嫌っている人たちも多い。
まあ、田舎で”よそ者”を軽蔑していた同級生たちは基本頭の良くない学校に通っていたが…...。
しかし、そんな馬鹿ばかりの名消の中にも賢い人間はいた。
私の家には名消町の歴史を総合的に扱った『名消町史』という史書がある。父親が若い頃にもらったその本には、町がまだ3つの村ー加奈井、色重、そして原戸ーだった頃の歴史からそれぞれの地区での事件、文化、住民の仕事など広範囲にわたることが書かれている。
実は殺人事件なんかも詳しく載っていて、一番古い記録では1894年に起きた一家殺人事件まで記録されていた。
そのことを車中で父から聞いたとき、私は今昔物語集の現代版を書こうと色々な小説を書いていた。コメディもあるが、推理小説が好きなのでよく殺人が起こる比率が高かったと思う。
私の今昔物語集のモットーは”この世の全てを物語にすること”。ほのぼのとした恋愛もあれば金の絡んだ遺産相続問題、異常性愛なんかも存在する。
その事を父に話したところ、「町の全てが載っているのが名消町史だ」とのことで、試しに書庫にあった本に手を取ってみた。
書庫に行った時、同じ本が2冊あるのに違和感を感じながら古そうな方に手を取って開いてみると、やはりあった。
「殺人事件、あったあった〜」
私は湿度の高い書庫の中で汗をかきながら、床の上で詳しくその項を読んでいた。やはり殺人事件があるとなんか嬉しくなってしまう、おかしな人間なのだ。
「えーっと最初は…、1894年5月8日、中山家殺人事件、次は1902年12月6日、首なし友子事件…」
この町だった地区は殺人事件が多いなと思いながら、ページを進めていく。そして7件目に当たったのが、
「原戸婦女子殺人事件…」
ここからは名消町史からの引用だ。
「1968年7月7日朝、白江沙羅さん(24)が何者かに殺された状態で発見された。遺体は首を切断され、裸で天井に吊るし上げられていた。この事件を目撃した沙羅さんの長男敏清くんは母親が殺されるのを目撃したというが、未だに犯人は見つかっていない。」
私はこの事件の事を知っていた。某動画サイトにも当時のニュース映像がアップロードされていたのを見て、残虐な人が地元にいたのかと思い震え上がった一方、「さすが田舎」と納得する部分が微妙にあった。この当時の事を祖母に聞いたら懐かしそうな顔をして、当時の事を教えてくれた。
地元のテレビ局や新聞社が押し寄せてきて、近所だった祖母も色々と質問されたという。そしてただ一言、「嫌な思い出だったねぇ…」としか返してくれなかった。
ネットでもかなり有名な事件で、都市伝説の元ネタにもされたという。
そしてもう1つ、名消町で起こった有名な事件がある。
「”原戸少年少女誘拐監禁殺人事件”、かわいそうに……」
沙羅が殺された次に起こった殺人事件。こっちも大分有名だ。テレビ局のおかげで全国区になり、何週間も特集が組まれたそうだ。これは数年前に見たテレビ特集で見たから覚えている。
しかし半袖ショートパンツなのに、クーラーもない書庫は熱中症を引き起こしやすい場所だ。いつもなら水が何かを持ってきて飲みながら読むが、水を飲むことすら忘れてページをめくる私。
いま考えるとなんて愚かなことだろうと思う。
名消町史には白江敏清の名前が別の事件で2回載っている。この誘拐監禁殺人事件もその1つだ。
「1975年7月28日、原戸地区で小学生の那月増戸くん(10)、日村吉男くん(9)、矢倉三梨ちゃん(11)の3人が何者かに誘拐され、監禁、凌辱の限りを受けてナタで殺害された。誘拐されそうになった白江敏清くん(11)の証言で犯人は逮捕された。」
ここで殺人事件の項は終わっている。そもそも何故実名で被害者の名前が載っているのか、加害者の名前はないのに。
『ひょっとしたら新しい方の名消町史には名前は書いていないんじゃないかな…』
そう思って重くなった身体を立たせて、爪先立ちになって新しい方の名消町史を取り出す。そして本を抱きながらうつ伏せに倒れると、水を飲みながら殺人事件の項を探した。すると確かに最初の一家殺人事件、首なし友子事件などは記録されていたが、白江敏清に関する事件だけが載っていなかった。
何故だろうか。私はスマホを取り出し、犯人について調べてみた。
検索欄に事件名と”犯人”の文字を加えるだけで簡単に名前が出てきた。
その名前は川下由紀夫というそうだ。
川下家…、旧名消町一の資産家で町政にも関与してきていた名門一族だ。そういえば私は思い出した。
川下家の息子にいじめられていたこと、その事を先生に話すと問題自体がなかったことにされたこと、親に話しても相手にされなかったこと…。
川下家が関与しているのではないか。とっさにそう思って名消町史の執筆者を調べてみた。確かに彼の名前があった。
「”川下由紀夫”…」
ハッとすると私はクラクラしてきた視界に世界を奪われ、意識を失っていた。