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潔癖男子の憂鬱  作者: 十帖
本編
26/38

潔癖男子の親友

紫倉さんとホームセンターに行ってから数日。本格的に梅雨入りしてしまったらしく、鬱陶しい雨の日が続いた。


 そんな中、今日は珍しく朝から日が照っていたので、百日草を花壇へ植えかえる絶好のチャンスだった。逃す手はない。


 しかし俺は終礼でクラスアンケートを取ると事前に委員長から連絡があったため、紫倉さんと羽柴へ、メールで遅れる旨を伝えておいた。なので、二人は先に温室へ向かっている。


 大丈夫とは思うが、やはり羽柴と紫倉さんを二人きりにするのは不安だ。俺は終礼が終わると同時に鞄を引っかけて、温室へ直行した。


 記念館の入り口へさしかかったところで、温室の扉が開いているのが見えた。中には案の定二人がおり、こちらに背を向ける形で話しこんでいるようだった。


 その様子があまりにも絵になっていて、俺としては面白くない。ないのだが、何となくあの華やかな空気には割りこみづらくて、俺は走るスピードを落とした。


「そーちゃんのお姉さんに会ったんだって?」


 漏れ聞こえてきた会話の内容にドキリとして、俺の足は完全に止まった。


 何で羽柴が知ってるんだ……? そういえば、姉さんと羽柴はそれなりにご近所付き合いがあるらしいから、姉さんから聞いたんだろうか……。


 俺は息をひそめ、温室から見えない位置へ身を隠す。盗み聞きなんて趣味じゃないが、好奇心には勝てなかった。


「あ、はい。お会いしました」


 紫倉さんは温室で育てている植物へじょうろで水をやりながら言った。羽柴は持ちこんだパイプ椅子に腰かけ、椅子の背を抱きしめて問う。


「じゃあ、そーちゃんの家族のいざこざも知っちゃった?」


 じょうろを持つ紫倉さんの手が、魚のようにピクリと跳ねる。じょうろから漏れた水が、床に点々と散った。


「……は、い……。お聞きしました……」


「そう」


 羽柴は動揺した様子の紫倉さんを、品定めするように眺めていた。が、しばらくすると立ち上がり、彼女の手からじょうろを受けとった。


「あ……」と声を漏らす紫倉さんを遮るようにして、羽柴は残りの水を他の植木鉢へかけていく。じょうろの中身が空になったところで、羽柴はまた話しだした。


「清潔な状態を保つってさ、自分が綺麗にしているだけでは限界があるでしょ? 自分が汚れないようにしていても、他人が汚れた状態で物に触れたりすると、それには触れない」


「……あ、はい」


「潔癖症でない人なら、たとえ汚いと思っていても、集団生活の中で折り合いつけて我慢したりするんだけど……強迫観念に駆られているそーちゃんには、それは難しくて。だから周りの人にも清潔でいるように気を遣わせてしまったり、嫌な思いをさせてしまうこともあるみたい。多大なストレスを与えてしまうんだ」


「…………」


「相当なショックだと思うよ。実の息子に汚い物扱いされるって」


 羽柴は隅っこにある机の上へじょうろを置いて言った。紫倉さんは羽柴の背中をじっと見つめ、真剣に耳を傾けている様子だった。


「だから勘違いしてほしくないのは、おばさんが鬼ってわけじゃないんだよ。たしかにヒステリックな人だけど、おばさんはおばさんで、息子が潔癖症であることに苦しんでた。そーちゃんもそれは理解してる。だから、恨んではないんだって」


「はい、それはもちろん……! 理解してます……!」


「そ? なら良かった」


 羽柴は真面目な顔を解いて、いつものこんにゃくのようにフニャフニャした調子に戻った。


「ふふ。オレさー、オレがそーちゃんと友だちでいるのは、少なくともそーちゃんは、他人に清潔でいるように強要してしまう自分を不甲斐ないと思っているし、罪悪感を覚えているからなんだよね。他人が自分に合わせてくれるのを当然とは思っていない。むしろ、周囲と同じように振る舞えない潔癖症の自分を変えたいと葛藤しているから。そりゃあ、オレには除菌スプレーふりかけたりしてくるけど、それは気を許してるからだしね」


「ハシバさんは……シナガセさんのこと、大切に思ってらっしゃるんですね……」


 紫倉さんはどこか嬉しそうに言った。羽柴は露骨に顔をしかめ、自分の両腕を抱きしめるようにさすった。


「おえっ。やめてよ紫倉ちゃん。大切とか、男同志の友情とかって何かキモいじゃん。じんましん出そう」


 羽柴は男にしては色白な腕を見下ろしながら「まあ、湊多には、恩義があるけどさ」と呟いた。


 ……あいつが俺に恩義? 初耳だが……。


「オレ、昔ちょっと調子に乗ってた時期があったんだ。自慢になっちゃうけど、まあモテたからさー……周りの奴らのこと見下してたんだよね。オレは勝ち組って。ちやほやされて、勘違いしてたんだよね。で、そーいうの、態度に出ちゃうじゃん。そしたら、周りに誰もいなくなっちゃった。クラスでも無視されて、誰にも相手にされなくなったんだ」


「そんな……」


 言葉を失う紫倉さんへ、羽柴は続ける。


「その時、変わらずに接してくれたのが、幼なじみの湊多だった。人気者だった頃のオレは、そーちゃんがクラスで浮いてても気にもとめなかったし、馴染めるように配慮してもやらなかったのに。でも、そーちゃんはそのことに恨み事一つ零さないどころか、不器用に『さっさと皆に謝って仲直りしてこい』って、背中を押してくれた。あ、物理的にじゃないよ? そーちゃんオレに触れないからさー」


「へ? あ、は、はい……っ」


 急に軟派な調子に戻った羽柴へ、紫倉さんは面食らったように相槌を打った。


 俺は昔のことを思い出した。


 ……そんなこともあったか。両親も見放すような俺を、腐れ縁というだけで羽柴がどうして世話を焼くのか疑問に思うことが多かったが、そうか、あいつなりに、理由があったんだな……。


「よく考えたら、最初から打算も屈託もなくオレに接してくれた友だちは、そーちゃんだけだったんだよね。まっ、遠慮もないけどさ!」


 記念館の柱の影に隠れていた俺は、何だかむず痒い気持ちに襲われた。どのタイミングで出て行こうかと考えていると、紫倉さんが穏やかに口を開いた。


「ハシバさんのおっしゃること、分かる気がします……。シナガセさんは、そういう方ですよね……」


 そう言った紫倉さんの口調は、凪いだように柔らかだった。俺は思わず柱の影から顔を出し、紫倉さんを凝視する。


 すると……。


「あれ? そーちゃんだ」


 最悪なタイミングで、羽柴とばっちり目があった。


アルファポリス青春小説大賞に参加中です。

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