プロローグ
以前なろうで掲載していたものを再掲載していこうと思います。
天気予報で梅雨入りはまだ先と言っていたにもかかわらず、その日の放課後は小雨が降っていた。
糸を垂らしたような雨の中、高校の下足場から出た生徒たちは早足で帰路を辿る。俺も例に漏れず、鞄に携帯していた折りたたみ傘を広げ、鉛色の雲に覆われた空の下へ、一歩を踏みだした。
水たまりを避けながら校門の近くまで進む。その時、止まりかけのコマのように揺れる赤い傘が、視界の端に飛びこんできた。
傘が不安定に揺れているのは、女生徒が持ち手を握らずに、頬と華奢な肩で、まるで受話器を挟むように中棒を挟んでいるせいらしかった。傘の下で、ほっそりした首が不自然に曲がっている。
女生徒はプランターを両手で抱えて校門の前を横切り、屋根のある正面玄関へ向かっていた。
園芸委員なのだろうか――どうやら彼女は本降りになる前に、パンジーの咲いたプランターを避難させるつもりらしい。
……チェックのプリーツスカートまで土で汚して、ご苦労なことだ。
そんな冷めた思考で、俺は彼女の前を素通りしようとした。
しかしすれ違いざまに、彼女の傾いた傘から横顔がのぞく。興味本位で彼女を流し見た俺は、その場に縫い止められてしまった。
生まれたての赤子を見守るような彼女の目。それは見ているこっちが身を焦がすくらい、パンジーへ一心に向けられていた。
花弁と見まごうほど整った唇が、ゆっくりと緩やかな弧を描いていく。それをスローモーションのように眺めていると、周りの音が全てやんだような錯覚に襲われ、そして……。
何というかものすごく唐突に、彼女の笑顔を……ほしい、と思ってしまった。
そんな物欲に駆られる俺の心は、逆に彼女に持っていかれた。本当に持っていかれたのだ。彼女の横顔に見惚れていた俺が、常人とは違うことを失念してしまうくらいには。