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9、宿場

遅くなり、大変申し訳ございません


 闇夜の中に浮かぶ建物の光が、ようやく俺たちの姿より大きくなってきた。

「ふぅ。着いた」

 日はすっかり落ちてしまっている。エルフでしかも女になってしまった影響か、予想より時間がかかってしまった。

 ここはダジエと呼ばれる小さな宿場町だ。町といっても、街道を通る旅人向けの建物が数軒並んでいるくらいだ。軽食屋。雑貨屋。冒険者向けの装備屋。無料の集会場。そして宿屋である。

 時間が時間だけに、道を歩く人は見かけなかったが、一階が宿屋兼酒場になっている店からは明りと、人々の声が漏れていた。

「まだ宵のうちだというのに、人が少ないな」

「この街道は、新都と旧都を結ぶ街道の、いわば脇道のようなものだからね。もともと人が多くはないし」

「外れだろうがどうでもいい。まずは服を買い換えるぞ」

 俺はそう言って、早足で装備屋に向かったが……そこは明かりもなく、無常にも扉が堅く閉められていた。

「もう営業時間終わっちゃったみたいだね」

「くそーっ」

 思わず天を仰ぐ。空に浮かぶ月が、まるで俺を笑っているように見えた。

「そもそも服を買うって、今のレミアは、無一文じゃなかったっけ?」

「うっ、それはその……」

 痛いところを突かれた。

 何だかんだ言ってクロードから上手く金を借りるつもりだったが、そうすると交換条件として、変な服を買わされる可能性、大だ。

「まぁ僕も鬼じゃないし、宿のお金くらいは払うよ。それが安く済めば、服のほうにもまわせるかな」

「……すまんな。ありがとう」

 ここは素直にお礼を言って、今日はもう宿に泊まることにした。

 入ったのは落ち着いた感じの高級な宿だ。意外にも他の宿がすべて満室だったので仕方ない。

 シックな薄暗いロビーには人気がなく、ひっそりとしている。ロビー脇の植木に隠れるように目つきの鋭い女性が、気配もなく一人立っていたが、従業員ではなさそうだ。

「いらっしゃいませ」

 受付に行くと奥から制服を着た従業員が出てきて対応した。

「一泊できるかな」

 クロードが聞く。俺がしゃべるとぼろが出そうなので、ここは任せることにする。

「はい。かしこまりました。お部屋はお二つでよろしいでしょうか。ツインの部屋も一つだけございますが?」

「だって。どうする?」

「別に聞くまでもないだろ。今さら遠慮する間柄でもないし安く済むのなら、一緒で……」

 と言い掛けて、今の自分の姿を思い出す。

「……って、ちょっと待ったっ!」

「ちなみに、持ち合わせが少ないから、部屋を二つ取ったら、今後のことも考えて、翌日に服を買う余裕は、冗談抜きで無くなるよ」

「ううっ……」

 まさかこんなところで究極の選択を迫られるとは……

 いい加減この服から着替えたいところだが、この身体でクロードと相部屋って言うのも、決して信用していないわけではないが、嫌だし。かといって他に宿はなく、ここまで来て野宿するなんて、ありえないし……


 結局俺は、迷った末、部屋を選んだ。


  ☆☆☆


「こちらになります」

「……どうも」

 時間も遅いので、夜食程度の食事を済ませ、部屋に向かった。エルフの冒険者というのも決して珍しくはないし、クロードもいてくれたおかげで、特に変に見られることなく、従業員に案内された。

 この辺りの建物は木で作られることが多く、この宿も木造だ。部屋の壁の木目が美しくて落ち着く。夏に涼しいのも良い。

 部屋に入った俺は、そのままベッドに直行して倒れ込んだ。

「ふぅ。疲れた」

 ふかふかの感触が懐かしい。このまま眠り込みたい気持ちがむくむくと沸き起こるのを必死に抑える。この宿の目玉はシックで落ち着いた雰囲気と、備え付けの温泉なのだ。

 もともと宿場町ができたのも、火山の影響で、温泉がたまたまここから湧き出からとか。宿には共同浴場が設けられており、そこで思いっきり身体を休めるのが醍醐味のひとつでもある。プーシから樹海に向かうときは、帰りに入ることを誓って通り過ぎただけに、ここは譲れない。

 気合を入れて起き上がり、備え付けの寝巻を持って部屋を出る。

「あっ」

 共同浴場に向かう途中、廊下でばったりとクロードと出会った。重そうな法衣を脱いで普段着になっていると、どこにでもいるような若者である。

「クロードもこれから風呂か?」

「うん」

 というわけで並んで共同浴場まで向かう。

「ところでレミアは、どっちに入るの?」

「え? 何が?」

「いや、お風呂。混浴じゃないでしょ」

 あ。

 言われて気づいた。

 まさかこの俺に、女湯に入れと言うのか?

 け、けど男湯に入るのはもっと無理だし。

「僕としては男湯で全然かまわないけど?」

「なななな、何言ってるんだっ。女湯に入るに決まってるだろっ!」

 慌てる俺を見て、クロードが大きくため息をつく。

「はぁ。なんで僕じゃなかったんだろ。そこはきょどる所じゃなくて、スケベな目をして喜ぶところじゃん」

「お、お前と一緒にするな!」

 元のレミアも、クロードではなく、そっち方面に初心な俺と入れ替わって感謝してもらいたいものだ。クロードがこの身体になっていたら、今頃どうなっていたか分からないぞ。

「それじゃーね」

 クロードはのんきに手を振って、男湯に入っていった。

 俺は立ち止まって大きく深呼吸した。ここまできて風呂に入らないという選択肢はない。

 恐る恐る女湯の更衣室の扉を開ける。幸いなことに人の気配はなく、魔力灯がほんのりとがらんとした更衣室を照らしているだけだった。

「よし。今のうちに……」

 適当なロッカーの前に行き、ささっと服を脱ぐ。女子更衣室に入るのは当然初めてだが、男のとさほど変わりは感じなかった。若干、姿見が充実しているくらいか。香料の匂いが鼻に付くが、それは仕方ない。

 前を隠すようにしながら更衣室を出て、外にある露天風呂に向かう。

 風呂にも人影はなかった。虫の音だけが、俺を出迎える。樹海の夜と違って平野は風が通るためか、少し肌寒い。風呂に入るにはちょうど良いくらいだ。

「ふぅ」

 湯につかり身体を伸ばす。ようやく一息つけたきがする。逆さまに映る真っ黒な空に描かれた星がきれいだ。

 程よい湯加減の温泉が身体全体に沁み渡り、代わりに疲れが流れ落ちて行く。

「この身体にもだいぶ無理をさせてしまってるからなぁ」

 筋肉痛にならなければいいけど、といたわるように、か細い両腕・両足を揉んで、改めて自分の身体が女であることを実感する。

 そういえば樹海の泉で入れ替わってから、ずっとどたばたしっぱなしで、こうやってゆったりと自分の身体と向き合ったことなかったよな。この際、もう一度しっかりチェックしておくか。いや、別にエロい意味ではなくあくまで今後の為であって……けどそういう気持ちが全くないかと言えばそうでもなくて。

「少しよろしいか?」

「うぎゃっ」

 突然背後から声が聞こえ、俺は体勢を崩して湯の中に落ちてしまった。

「すまん。驚かせてしまったか」

「あ、ああ……」

 湯につかってたっぷり重くなった髪の毛を振り払うように視線を向けると、そこに若い女性が立っていた。風呂だから、当然まっ裸なわけで。隠そうともしない。

「休んでいるところ悪いが、ひとつ相談があってな」

 レミアより大人で、ぼんきゅぼんな裸体がすぐ目の前に――

「あ、えっと、その……」

 そして、意識が飛んだ。



  ☆☆☆



「それで気を失ってのぼせるなんて、いくらなんでも初心すぎじゃありませんかねー」

「……反論する気はないから、黙っててくれ」

 あざけるような口調のクロードに俺は小声で抗議した。

 あのあとのことは全く覚えていない。ただ気を失った俺を、あの女性が湯から引き上げて服を着せて、クロードの元まで連れてきてくれたようだ。

「いや。すまない。私が背後から突然声をかけたせいで、驚かせてしまったからだろう。職業柄、つい気配を消してしまってな」

 そう弁明するのは、あのぼんきゅぼんの女性で、名前はルカ。受付の横に立っていた女性である。この宿に泊まり込んで用心棒をしているそうだ。そのため、俺がクロードの連れだと分かって、クロードの所まで連れてきてくれたみたいだ。

 用心棒というだけあって、身のこなしは良いし、いい身体つき(エロい意味ではない)をしている。当然だが、今は普通に服を着ている。

「……いや、まぁ、そんなところだけど」

 萎れてるルカに、俺は笑って答える。本当のことを言うわけにはいかない。

「ところで、レミアになんかの相談があったんじゃないの?」

 クロードが聞くと、ルカは軽くうなずいて説明した。

「実は二日前から、このあたりに生息しているゴブリンたちの動きが活性化しているのだ」

「ゴブリンが?」

 ゴブリンとは人型の魔物で、人には及ばないがそこそこ知識を持っていて、徒党を組んで行動する。基本的に野山を住処にし、人里に下りて人と接触することはあまりない。人間と戦うことのリスクを知っているからだ。

 もっともそれは人間側からしても同じことで。わざわざゴブリンの住処にまで足を運んで、壊滅させようとはしない。

 本来はそんな関係が成り立っているのだが。

「この先の街道にたびたび現れては、集団で旅人を襲うようになったそうだ。今までこのようなことはなかった。対策として、プーシの町のギルドに連絡を送ったが、護衛にしろ討伐隊にしろ、ここまで来るには数日かかるだろう」

「なるほど。それで冒険者風の僕たちに声をかけた、ってわけだ」

「ああ。立場的に、私はここを離れることが出来ぬ。だがこのまま奴らを放置していると、ここが狙われる可能性もある」

 街道にぽつんとある宿場は、格好の目的である。もっともそれゆえにルカ等の用心棒が守りを固めており、それを理解しているからゴブリンや野盗の集団も、容易に手を出すことはなかった。

 だがゴブリンが暴徒化したというのなら、被害を覚悟で攻め入って来る可能性もある。

「確かに厄介な話だけれど、僕らで力になれるかなぁ?」

 クロードがやんわりと言う。決して対応できない相手ではないが、どれくらいの数がいるか分からない以上、俺たち二人だけでは危険が伴う。即答できないのは当然のことだ。

「もちろん、礼は支払う。雇い主に掛け合って、この宿賃も値引きさせる」

 値引き? それに加えて礼金が入れば……無一文から脱却できる!

 クロードが一瞬俺の表情を見て顔をしかめた。が、それを無視して俺は即答した。

「よし。その依頼、引き受けた」


 

今後も週一更新は難しいとは思いますが、なるべく早く書けるよう頑張ります。よろしくお願いします。

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