8、街道
一抹の不安がありながらも、無事クロードと合流することが出来た。あとは当初の予定通りプーシまで戻るだけだ。だが、問題なのは……
「このままだと歩くのは辛いな。骨は折れていないみたいだけど」
俺は座り込んだまま、クロードにやられた右足首を見る。
痛々しく腫れあがっており、歩くどころか、立ち上がるのも困難な状態だ。
まぁ幸いなことに、武闘派神官なクロードでも簡単な癒しの魔法は使うことが出来る。俺が視線を向けると、クロードは承知したとばかりにうなずいて――なぜか背を見せた。
「……なにか?」
「ほら。おぶってやるから。ほらほら」
「いや、治せよ。魔法で。できるだろ」
「いやぁ。僕も最近は足腰を鍛えないといけないなーって思って」
「……ここから、プーシまでずっと俺をおぶっていくつもりか?」
白い目を向けると、クロードはやれやれと立ち上がった。
「はぁ。仕方ないなー。じゃあ、ほら、見せてみて」
「ってこら、おい。何か手つきと目がいやらしいぞっ」
とまぁ、こんなやり取りがありつつも、なんとかクロードに癒しの魔法を掛けてもらい、足の打撲は回復して、立ち上がることが出来た。
やっぱり魔法って便利だよな。レミアも回復系は使えるのだろうか。婆さんに聞いておけばよかった。
ピョンピョン飛び跳ねながら足の状態を確認していると、クロードが俺に向けて、どこか複雑な視線を送ってきた。
「ん、どうした?」
「いや、信じていないわけじゃないんだけど。目の前にいるのはライアではなく、もしかしたら、エルフの少女がライアの真似をしているだけ、ってこともありえるのかなって……」
「……まぁお前の気持ちは分かるよ。俺自身、長い夢なんじゃないかって思ってるくらいだし」
俺はクロードの顔を見ながら軽く笑う。確かに、こんな突拍子もない話を急に全て信じろって言われても無理な話。町に戻る協力をしてくれるだけでも感謝だ。
「とりあえずプーシに戻るとして、このことはみんなにどう話すつもり?」
「できれば、誰にも話したくないけれど、オリオールさんにだけは話さないとまずいだろうな」
任務のこともあるし、報告しないわけにはいかないだろう。
「それじゃ、他の皆、特にリーニャにはどう説明するの?」
「んー、どうしようか迷ってるんだが……話したら、きっと卒倒するだろ」
「そうは言っても、神事が終わって早々、僕が樹海まで飛ばされたのも、リーニャがうるさかったからなんだけど」
クロードの話によると、俺の武器に付加された魔法をたどっていけば樹海の中でも会えるって、リーニャに強引に家を追い出されたようだ。その場面が容易に頭に浮かんでしまい、思わず頭が痛くなった。
早くに親を亡くした俺にとって、クロードの一家とは家族同然として育ってきた。故郷を離れてプーシの町に移り住んだのも、クロード一家に付いてきたからだ。今はギルドの寮で一人暮らししているし、ミネ姉も別の町で仕事についているが、ご両親は健在だ。特にリーニャは、懐かれているというわけじゃないだろうけど、同じギルドに勤めている関係もあって、しょっちゅう顔を合わせている。
とはいえ、逆に親しいがゆえに内緒にしておきたい気持ちもある。
「まぁ基本的には、みんなには内緒の方向で。リーニャに関しては後々考えることにして……」
「了解。それじゃ僕も、『ライア』じゃなくて、『レミア』って、君を呼んだほうがいいかな」
「そうだな。里を出て冒険者をやっている、ちょっと変わり者のエルフってことにするか。そうすれば、多少男っぽくてこの喋り方でも問題ないだろ」
逆にエルフの里に人間が住み着いていたら、その人は即変わり者扱いだろうし、冒険者やっているエルフならちょっと変わり者ってしておいても不審じゃないだろう。
ん? てことは、人の町にもちらほら見かけるエルフは、みな性格に一癖あるのか。
「えーっ、それは残念だなぁ。もっと可愛らしく話せばいいのに。僕も聞きたいんだけど」
「断る」
まぁそんなこんなで、予定を決めて、俺たちは樹海から出発した。
「やっぱり、草原の空気はいいな」
歩きながら大きく手を広げて息を吸い込む。夕暮れの荒野は気温も下がって、流れる風が心地よい。樹海の中とは大違いだ。
樹海を出てしばらく荒野を南に進むと、そこそこ大きなクォーヅ街道に出る。その街道をそっていけば、プーシまでは二日から三日くらいの道のりだ。道には宿も用意されている。今夜はようやくベッドで寝られそうだ。
荒野にも魔物は生息しているが、このあたりの魔物はおとなしく、テリトリーに近づかない限り、襲われることはない。むしろ魔法や武具の材料として、冒険者から襲い掛かる場合もあるくらいだ。
ある程度の知恵を持つゴブリンたちも、人に襲い掛かる危険性を理解しているので、こちらから仕掛けない限り安心だ。
怖いのはむしろ人間で、野盗や追いはぎの類はやっかいである。そのため街道を通る荷車などには護衛がつくこともある。俺たち冒険者にとっては、貴重な仕事のひとつでもある。
「ライ……じゃなくて、レミア、大丈夫? 疲れてない?」
「あぁ、問題ない。こんななりでも足腰は丈夫みたいだな」
気を遣うクロードに俺は笑って見せた。
言葉通り、まだそれほど疲れはない。けれど、よく見るとクロードの歩幅が俺に合わせてくれているみたいだった。歩くスピードも、普段に比べて若干ゆっくり目かもしれない。体格差があるので仕方ないことかもしれないけれど。
(あまり迷惑をかけないようにしないとな)
俺はこっそりと歩くペースを速めた。
特に何事もなく荒野を進み、ようやく街道が見えてきた。
街道と言っても軽く舗装されている程度だが、それでも歩きやすさは違うし、道に迷う心配もなくなる。
「この調子なら、今日中に宿まで行けそうだね」
クロードの言葉に、小さくうなずく。
街道の道中には、街と言えるほどの規模ではないが、ある程度の間隔で宿場が設けられている。できれば日が暮れる前にそこまでたどり着きたいところだ。
プーシに向かっての道をしばらく歩く。
町と町から遠く離れた場所なので、町の中と違って、どこかしこに人が歩いているということはない。それでも歩いていれば、当然人とすれ違うこともある。
「――ん?」
道の先に、動く物影が見えてきた。
「どうやら、馬車のようだね。見た目からして、物資の輸送中かな」
クロードが目を細めながら言う。
街道とはいえ、逆に人が通る道だからこそ、野盗の類が待ち構えていたり襲撃に来たりすることもある。
ただ今回はクロードの言う通り、特に危険はなさそうなのだが……
「ん、どうしたの?」
急にこそこそしだした俺の態度に、クロードが言う。
「いや、人に会っても大丈夫かなって」
「大丈夫だって。別にあの任務は出回っているわけじゃないし」
「いや、そうじゃなくて、それもあるけれど」
俺は自分の姿を見下ろす。変に見られることはないだろうか。
「どこから見ても、普通のエルフだって、問題ないよ」
俺の様子に、クロードが笑って答える。
そうこうしているうちに、馬車が近づいてくる。護衛は馬車の中にいるのか、いないのか、御者が一人だけだ。
俺たちは道の脇に寄って、馬車をやり過ごす。
そのとき、ちらりと御者が俺に目をやった。それだけじゃない。通り過ぎてからも、ちらりと振り返ってくる。しかもその視線は、クロードではなく、俺に向けられていた。
「おい。もしかして、疑われた?」
俺がそっと不安げにクロードに尋ねると、クロードはなぜかにやにやして答えた。
「ごめん。言い直すよ。レミアは普通のエルフじゃなくて、思わず二度見したくなってしまう美少女のエルフってね」
「……勘弁してくれ」
なんか急にどっと疲れがでてきた。
というわけで、宿場もあと少しのところでいったん休憩することになった。
街道脇に転がっている適当な石に腰かけて、婆さんから貰った木の実をちびちび食べていると、クロードが不意に立ち上がった。
「ちょっと、用を足しに行ってくるよ」
「じゃあ、俺も」
と一緒に立ち上がって――あわてて回れ右をする。
そんな俺を見て、クロードがニヤニヤと笑った。
「一緒でいいのに」
「できるかっ」
とはいえ、一度意識してしまったせいか、一気に尿意が押し迫ってきた。無理はできない。
仕方ないので、少し離れたところの茂みに隠れるようにしてしゃがみ込み、下着を下ろして用を足す。
「いいか。絶対に、こっち見んなよっ」
「大丈夫、暗くて見えないから」
「そういう問題かっ!」
一人で森にいたときは問題なかったけれど、周りに人(しかも知り合い)がいると、やっぱり女は大変だ。街に着けばこんなこともなくなるだろうけど……って、街なら街で、女用のトイレを使わなくちゃいけないのか……
何気なく前にやった視線の先に、小さな街明りが見える。
あと少しで宿場までたどり着けそうだけれど、それが少しだけ憂鬱になった瞬間だった。