バイト始めました
目覚めときには、ギルドの仮眠室に朝日とは違う光が窓から差し込んでいた。
もうとっくに日は昇っていて、正午近くになっているようだった。
「うー。まだ少しだるいな」
長旅がやはりレミアの華奢な身体に負担がかかっていたのか、疲れが抜け切れていない。
俺はぼんやりとしながら、ギルドの仮眠室のベッドで寝返りを打った。 仮眠室には四つのベッドが向かい合うように並んでいる。が、今部屋にいるのは俺だけだ。
クロードは本職の神事。リーニャもオリオールさんも仕事。この時間まで暇なのは俺くらいだ。
「……うーむ。これが巷で言う『ニート』ってやつか」
ベッドの上でごろごろ寝転がっていると、男のときより長めの髪の毛が頬にかかる。だが、まどろみの中にいると、それもまた気持ちいい。この柔らかい身体と、柔らかいベッドとの相性がいいのか、男のときと違って、なかなか布団から抜け出せない。
まどろみの中、惰性で瞼を閉じかけて――
「って、やばいっ!」
慌てて飛び起きる。
危ない危ない。魔の手に墜ちるところだった。
ギルドの仮眠室は申請すれば、所属の冒険者以外にも無料で使用できるよう開放されている。だがそうなると、金無しの冒険者たちが宿替わりに毎日使用してしまうので、何日も連泊はできない仕組みになっている。
オリオールさんやリーニャが裏で手を回してくれたとしても、ずっとここで暮らせるわけではない。っていうか、俺の目的は、ごろごろ寝ることではなく、レミアを見つけだし、元の身体に戻ることだ。
俺は気合いを入れてベッドから降りると、オリオールさんが用意してくれた中でも一番地味な服に着替える。宿場で買った村娘風ワンピースと似たようなデザインで色が緑に変わった程度の違いだけれど、良い布を使用しているのか、肌触りが心地よくそれでいて通気性もいい。
残念ながら用意された衣装にはスカート姿のものしかなかったのでこれを選んだのだが、もうだいぶその恰好で過ごして来たので慣れてしまった。
ついでに自然と、備え付けの鏡の前で身だしなみチェックをしている自分に気づいて、俺は自己嫌悪に陥った。本当にマジで、このままだとこの身体になじみかねない。
早く金を用立てして、レミアを追わないと駄目だ。
一階の、一番人が集まる受付ロビーの所には、様々な仕事が掲載された掲示板がある。
受付カウンターで、真面目に冒険者の相談に乗っているリーニャの仕事の邪魔をしないよう、こっそりと(それでも小柄なエルフの少女が一人きょろきょろしてたら目立つけど)掲示板に目を通す。
「お。これなら、簡単に金を稼げそうだな……って、ギルドに登録してないと、仕事を請け負うことできないんだっけ」
俺はがっかりと肩を落とす。
素性の知れぬ犯罪者もどきが、仕事を受け持つ立場を悪用して、依頼主に迷惑をかけたらギルドの責任問題にも繋がるからだ。
このレミアとして登録することもできなくないけど、時間もかかるし、身辺調査もされるので、あまりやりたくない。
「……仕方ない。ギルド以外で稼ぐしかないか」
いわゆるバイトの類なら、街にいくらでも転がっている。
ギルドの仲介料がない分、手取りが増える可能性もある。
この姿で街に出るのは正直、気が進まなかったけれど、仕方なく赤のギルドを背にした。
どうせ好奇の目で晒されるのは、ギルドの中でも外でも同じなのだ。
プーシの南は海に面していて港になっている。その周辺は、街道沿いにある赤のギルド周辺とはまた違った、港町らしい繁華街にもなっている。ギルドから離れているため、こっちにはこっちの仕事が転がっていることもあるのだ。
左右を見ながら適当に歩いていると、さっそく求人募集の看板を見つけた。
「なになに……倉庫業か……」
船着き場の倉庫の整理。力仕事だ。ライアのときならトレーニングにもなるので迷わず応募するのだが、今のレミアの身体を考えると、難しそうだ。
「うーん……他に何かいい仕事が転がってないかな……」
似たような仕事が多いが、他にも求人募集はある。
そんなことをつぶやきながら、看板を眺めていると、誰かが声を掛けてきた。
「ねぇねぇ。そこの君」
「へっ。お……わたし、ですか?」
「うん、そうそう」
声を掛けてきた男が笑顔を見せる。何ていうか、軟派な男だ。
がっしりとした肉体をしていたライアのときは、こういう軟派な男には声を掛けられなかったので、少し戸惑ってしまう。
「さっきからじっと求人募集の看板を見ているけど、もしかして、仕事を探しているなのかな?」
「……えぇ。まぁ」
うなずく。
「だったら、うちで働いてみない? 君なら、一晩で二万いけるよ」
「マジでっ……ですか?」
一日二万って。破格だ。
たとえばさっきの倉庫業だが、一日中の仕分けの仕事をして、日給は五千程度である。雲泥の差だ。
いや、待てよ。確かに破格過ぎる。もしかすると、単純な肉体労働とは違う、専門的な技術や知識が必要とされているのかもしれない。
「……あの、何か技術や経験が必要でしょうか?」
「いやいや。ただの接客業だよ。君なら問題ないって」
「接客業……?」
そう言われてぱっと思いついたのは、ギルドの受付に座って、暇なときにお菓子をぱくついているリーニャの姿だった。
あれで金をもらえるのだ。なるほど。簡単そうだ。
「君が良かったら、今日からでもウチに来てほしいくらいだよ」
「今日から……」
急な話に、ちょっと戸惑う。
けれど、俺の目的は金を稼ぐことではなく、ライアの身体をしたレミアを追うことだ。旅に金は必要だが、のんびりしすぎていたら、どんどん遠くに離れていってしまう。
少ない日数である程度の金を稼げるのなら、かなり魅力的な提案だ。
俺は少し考えてから、ぺこりと頭を下げた。
「それじゃ……よろしくお願いします」
いったんギルドに戻った俺は、昼食を食べ適当に時間をつぶしてから、男に指定された場所に向かった。
いわゆる裏路地という場所で、まだ日の昇っている時間帯では、表通りに比べて人の数はちらほらとしか見えない。
「ここか……」
目立たない看板に不釣り合いな重厚な扉。
って、もしかして、いかがわしい店とかじゃないよな?
俺はちらりと視線を自らの身体に向けた。当然自分の顔は見えないけど、服装も体つきも、どこからどう見ても華奢な女の子のそれだ。
いやいや。普通そういう店って言うのは、身体の凹凸がメリハリとした大人の女性が働くものだよな。子供っぽいレミアな俺が声を掛けられたということは、そういう店じゃないってことだ。それに行くって約束してしまった以上、すっぽかすのは気が引けるし。
「ま、案ずるよりなんとやら……だよな」
俺は小さく自分に言い聞かせるようにつぶやいて、重い扉を開けた。
「まぁ早い話が、お客さんをお酒と楽しい会話で満足させるのが仕事よ」
どことなくすさんだ雰囲気を漂わせた三十代くらいの女性が、俺に簡単な仕事の説明をしてくれた。俺をスカウトした男はスカウト専門でこの店の従業員ではないようで、いま向かい合っている女性が責任者の店長のようだ。
「……つまり、キャバクラみたいなものですか?」
「あら、意外。そういう言葉知っているのね? あ、エルフなんだからあたしより案外年上なのかしら? だったら納得ね」
「は、はぁ……」
開店前の店内は最小限の照明しか点けられておらず薄暗い。ぱっと周りを見た限りでは、さびれている感じはないが、こういう店には、ライアだったとき、お偉いさんに付き合って一度だけしか入ったことないから、売れている店なのかそうでないのかは分からない。
「ちょっと子供っぽいけれどそういう子が好きなお客さんもいるし。そもそもあんたみたいな可愛らしいエルフなんてこの辺りじゃなかなか見かけないからね。 とりあえずあんたなら人気出るんじゃないの?」
「……えっと、ただ接客するだけで、変なサービスとかないですよね?」
「えぇ。その辺はしっかりしているわよ。もっともお持ち帰りされた子がお客さんとどんな関係になっていようが、あたしには分からないけど――表向きはね」
えっと。帰ろうかな……
店長の話を聞きながら、俺は早くも及び腰になっていた。男のときだってこういう店は苦手だったのに、女になって逆にもてなす側になるなんて、考えるだけで虫唾が走る。
店長も俺が引き気味なのは悟っているようで、ダメでもともとみたいな感じで言った。
「まぁせっかくここまで来たんだし、一晩だけでも見てったら? あたしらだってイメージってもんがあるから、変なことはさせないし、ちゃんとお金払うわよ。事情は知らないけど、お金、必要なんでしょ」
「うっ」
それを言われるときつい。
まぁ、変なことはないっていうし、いざとなっても変態エロ親父程度なら、レミアの身体でも十分対処できるだろう。
結局俺は、一日だけという条件付きで、その仕事を受けることにした。
すごく久しぶりの更新になってしまいました。
次もまた間が空くとは思いますが、とりあえず作者として忘れたわけじゃないという意味を込めて更新してみました。




