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金欠宿無し?

「やぁ。お待たせー」

「ただいま戻りました」

 しばらく経ってから、クロードとミザリアが戻ってきた。

 リーニャに調べものしてもらっている間、クロードとミザリアには町でライアの足取りを探ってもらっていた。

 クロードはともかく、本来なら俺たちには関係ないミザリアには悪いかなと思ったんだけど、乗り掛かった船ですから、と快く承諾してくれた。クロードとしても、ミザリアと二人きりで街を歩けるのだから、むしろ喜んでいたくらいだ。

「お帰り。悪いな。で、なんか収穫あったか?」

 俺がさっそく尋ねると、クロードは意地悪い笑みを浮かべて、逆に聞いてきた。

「良い話と悪い話があるけど、どっちから聞きたい?」

「……じゃあ、良い話から」

「ライアの足取りが分かったよ」

「マジでっ」

 俺は思わず立ち上がって身を乗り出す。

「うん。金問屋のハクさんのところでね」

 金問屋というのはお金を預けたり借りたりするところだ。各地にネットワークがあり、登録して専用のカードを貰えば、どこの金問屋からでも、預けている金を引き出すことができる。

 大量の現金を持ち歩いたり保管したりしなくて便利なので、もちろん俺も登録している。今までギルドで稼いできた金がそこそこ貯まっているはずだ。

「町で聞き込みするついでに、ゴブリンの一件の報酬金を預けに行ったんだ。で、手続きの間、ハクさんと世間話していたら、一昨日ライアが来たって言うんだよ。何でも、西の旧都に向かうために手持ちがいるからって、預金を全部おろしたんだって。一昨日の話だから、たぶんもう出発していると思うけど」

「西か……」

 ここプーシの町は、東西に伸びる大きな街道に沿ってできている。ちなみに、俺たちが樹海から通って来たのはそれとは別の北の街道である。

 その大きな街道を西にずっと進めば、その先に旧都がある。数十日もかかる道のりだけど、街道沿いに進めば一直線だから、早め早めに動いていれば、そのうち追いつける可能性は高い。

 クロードの含みのある笑顔を見て、あまり期待はしていなかったけれど、かなり大きな情報だ。

 だがそれだけに、悪い方の話も気になってしまう。

「で、悪い話は?」

 警戒しながら聞く俺に、クロードは肩をすくめて答えた。

「さっき言ったとおりだよ。ハクさんのところで『ライア』がお金を全部おろしたって。つまり、今のライアの貯金は、ゼロ」

「…………。は?」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「ちょ、ちょっと待て。それ、おかしいだろ」

「お金をおろしたのは、肉体的には本物のライアだよ。専用のカードもちゃんと持っていたって言うし。詳しい事情を知らない人なら、誰だって普通にお金を渡すよ」

「いや……でも……その」

「そもそも逆にレミアが行っても、ライアと何の関係もないエルフに、ライアの金を引き出せる訳ないよね。事細かに事情を話さないかぎり……」

「そ、それは……そうだが……っ」

 確かにクロードの言う通り、このレミアの身体では、事情を話さない限り預けた金を引き出すのは難しいかもしれない。だが引き出せなくても金問屋に預けている金はそのままのわけで、身体を取り戻せば無事引き出せるはずだった。

「今まで地道にためて来た金を奪われたんだ。さすがに文句の一つくらいは言っていいだろ」

「まぁ、心中は察するよ」

「金問屋で対応した人の話によると、ライアさんの傍に、ローブを身にまとった細身の人物が付き添っていたそうです。その方が色々とこの世界のことを、元エルフのライアさんに教えているのかもしれません」

 ミザリアの言葉に、俺は小さく唸る。

 樹海で出会ったときも、ゴブリンの長に話を聞いたときも、行商人のときも、ミザリアの言うような人物の姿も情報もなかった。たまたまプーシで出会っただけなのか、それともレミアに入れ知恵している黒幕的な存在なのか、いずれにしろ迷惑な奴だ。

「つまり、今のライアは無一文、ってことね」

 リーニャがあっさりと言い放った。くそー。他人事のように。

「さすがに無一文ってことはない。多少の手持ちくらいならある」

 口をとがらして反論するが、リーニャの言う状況とさほど変わらないのは事実である。

 西の旧都まで向かうには当然先立つ物が必要だ。食費・宿泊費、その他経費……。ゴブリン退治の件でもらった礼金があるので当面は困らないが、それだけだと心許ない。何かあったら、リーニャの言うとおり無一文で路頭に迷うおそれもある。

 クロードたちに金を借りるとしても、当然限界がある。

 ギルドから金を借りる制度もあるが、今の俺はギルドでそれなりに名の知れたライアではなく、部外者のエルフの少女だ。常識的に、まとまった額の金を貸してくれるとは思えない。

 オリオールさんに相談すれば、多少融通を利かせてくれるかもしれないが、さすがに自由にギルドの金を動かせるわけではない。オリオールさんに迷惑が掛かりかねないし、何より、ギルドに借りた金は、利子を付けて返さないといけない。

「お金の問題もあるけれど、ギルドの男子寮にも戻れないから、泊まる場所もない状態だよね」

「うぐ……っ」

 クロードの追撃を受けて、俺はうめき声をあげる。

 仕事中の荒野ならともかく、町まで来て野宿はしたくない。まして今はこの身体である。あまり考えたくないが、身の危険も頭に入れておかないといけないだろう。

 かといって、宿に泊まり続けたら、出費はどんどんかさんでいってしまう。

「どうする? 家に来る?」

「……いや。それはやめておく」

 リーニャが言ってくれたが、俺は少し考えて断った。

 クロードとリーニャは両親と一緒にこの町で暮らしている。ちなみにミネ姉は別の町で一人暮らしだ。かなり裕福な家庭なので、ひょっこりエルフの少女が一人寝泊まりしても家計的には問題ないだろう。

 けれど。

「おばさんがいるし……」

「ま、僕もその方が賢明だと思うよ」

 クロードがうなずく。

 おばさんは早くに親を失って身寄りのなかった俺を、クロードたちと同様に実の息子のように育ててくれた。勘が鋭い人なので、黙っていても正体がばれてしまうおそれがある。そうなったら最後、次の日にはプーシ全体に俺のことが広がってかねない。

 おばさんは、社交的でお喋りなのだ。いい人なんだけど。

「もし宜しかったら、私がこの町で寝泊まりしている宿にいらしてはどうですか? 相部屋でしたら、多少料金はお安くなると思いますが」

「あ、相部屋っ?」

 なぜかリーニャが声を上げる。

「いや、それじゃミザリアに迷惑が掛かるだろ。それに相部屋料金で安くなると言っても、金が掛かることには変わりないし」

 こんなことを言うと、まるでミザリアに部屋代も払え、と要求しているようにも取られかねないが、もちろん、そんなつもりは全くない。

 たとえ気心の知れた間柄でも、金の貸し借りについてはしっかり一線を引くつもりだ。

 ミザリアも俺と同じ考えのようで、俺の回答に「残念です」とがっかりした様子は見せたけれど、宿代も払うとは言わなかった。そういうしっかりしたところは、嫌いじゃない。

 とはいえ、クロードたちの所、ミザリアの所も駄目となると……

 俺の正体を知っている知人は、あと一人だけだ。

 同じことをクロードも考えたようで、話を持ちかけてきた。

「だったら、オリオールさんに相談してみたら? 奥さんと二人暮らしって聞いているし、そんなに迷惑掛からないんじゃないかな」

「……いや。それはやだ」

「え、何で?」

 俺の反応を見て、リーニャが意外そうな声を上げる。

 俺はそれに答えず、黙って視線を会議室の隅に向けた。

 リーニャたちは、そんな俺の視線の動きを追うようにして、それに気づいたようだ。

「……ねぇ。これって」

「あぁ。服だな」

 俺はどこか他人事のようにうなずいた。

 袋に入って積まれているのは、色とりどりの可愛らしい服の数々だった。全て、オリオールさんの奥様からプレゼントされたものだ。

「奥さんがこういう可愛らしいものが大好きみたいで、二人には子供はいないんだけど、趣味で服を作っては、近所の子供たちに分け与えているらしい」

「あぁ……なるほど。何となく分かったよ」

 クロードが疲れ気味に言った。

 リーニャたちに調べ物をしてもらっている間、俺はずっと会議室でぼーっとしていたわけではなく、オリオールさん夫妻に向けて、ファッションショーをしていたのだ。

 クロードたちが不在だったのがせめてもの救いというか。

 付き合わされているはずのオリオールさんも満更ではない様子だった。そもそもオリオールさんが奥さんに俺の話をしなければこんなことにならなかったわけで。そういえば本人も、可愛いものが好き、って言っていたし、何ていうか、オリオールさんの家に行ったら、貞操の危機っぽいものを感じる。

 リーニャがため息を付いた。

「……仕方ないわね。ギルドの仮眠室の申請を通しておくわ。幸い、今日は申請が誰もなかったから」

「そうか。助かる」

「いちおう女子仮眠室を使用してもらうことになるけど、他の子に変なことしたら……燃やすからね」

「あらあら、大丈夫ですよ。だってレミアさんは私と一緒に……」

「問題ない! 大丈夫だ! むしろ女たちがいない方が助かるっ」

 ミザリアの言葉を遮るように、俺は声を荒らげる。

「……ふぅん。どうして?」

「何て言うか……女に囲まれるってのは、苦手なんだよ」

「そういえば、小さい頃のライアは女の子みたいに可愛くて、よく年上の女子に遊ばれていたよね」

 クロードが笑いながら言った。

「あぁ……その反動で、筋肉馬鹿になったってわけね……」

「で、結局可愛い女の子に戻ったわけですね」

 ミザリアにオチを付けられ、俺はがっくりとうなだれた。

 ……ま、本当のことだから、反論はできない。


 それぞれの用もあるので、今後のことは、また明日話し合うということで、お開きになった。


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