再会、そして気絶
「いらっしゃいませ。赤のギルドにようこそ」
「ひっ、ひぃぃぃぃっ」
冒険者か依頼者か不明だが、相談に来たはずの客が、用件を述べる前に逃げ出してしまった。
受付に座るチャンネが呆れたような表情を浮かべて、同じく隣に座って相談者の応対をした同僚に声をかける。
「ちょっと、リーニャ。顔、怖いって」
「あらそう? あたしは普通よ?」
「……その顔で言われても、説得力ないって」
チャンネはため息をつく。
先日のことだ。リーニャの幼馴染でギルドの同僚であるライアが、プーシの町の近くで行商人と会っていたことが分かった。
それを聞いたリーニャは、行方不明だったライアが無事であったことにほっとする一方で、何で今まで連絡よこさなかったかという怒りも覚えていた。
ライアが発見されたという場所と時間を考えれば、もうとっくにギルドに顔を見せてもいい頃だというのに、ライアはいっこうに姿を見せない。
そんなわけで。
リーニャの中では、無事を喜ぶ気持ちが消え、怒りの針だけがマックスに振り切った状態であった。
「あ、そうそう。そろそろオリオールさんが帰ってくるみたいよ」
「……そう」
チャンネが話題を変えるが、リーニャはあまり乗り気でない。
事件を解決させ、無事戻ってくるのは喜ぶべきことだけど、口うるさい上司が帰ってくると考えると、全面的に喜べない二人であった。
なんてことを話していると、入り口が賑やかになって、見覚えのあるギルドの面々がそろぞろと入ってきた。
「お帰りなさい」
チャンネが笑顔で迎えるので、リーニャも仕方なく同じ笑顔を向ける。
リーニャとしては、むさ苦しい男たちに大人気の笑顔を見せているつもりなのだが、彼らはひきつった顔をしてリーニャから少し離れていった。
チャンネが言うように顔がひきつっているのだろうか。
なんてことを考えていたリーニャは、オリオールの姿を見つけて、声を掛けた。
「お帰りなさいませ、オリオールさん。ところでお兄ちゃんは……」
通信魔法によって知った情報によれば、リーニャの兄であるクロードもゴブリン討伐隊に参加したっていう話だ。
だがぞろそろと帰ってきた面々の中に、兄の姿はない。
「ああ。クロードなら少し遅れてこっちに向かうそうだぞ」
「そうですか。で、ライアは……」
「あ、ああ。それか! うむ。どうやらそれは、クロードが詳しく知っているはずだぞ。うん」
オリオールは面倒事をすべて部下のクロードに丸投げした。
「本当ですかっ?」
「ああ。しばらくしたらこっちに着くだろうから、そのとき詳しく聞けばいい」
「はいっ。ありがとうございます」
きびきびとした様子で、受付に戻っていくリーニャ。
その後ろ姿を見ながら、オリオールはそっとクロードに懺悔した。
☆☆☆
「くしゅんっ」
「ん、風邪か?」
クロードが盛大にくしゃみするのを見て、尋ねる。
「いや。きっとプーシの町にいる可愛い子ちゃんたちが、僕の噂をしているんだよ」
「言ってろ」
ばかばかしくなって、俺は会話を打ち切った。
宿で用意してもらった軽食で昼食を済ませ、再び街道を歩き始める。
今日も天気は快晴。何も遮るもののない道に、容赦ない夏の日差しが浴びせられる。うう。暑い……ていうか、熱い。
そういえば、エルフの肌は日焼けしないのだろうか。
いっそのこと、真っ黒にこんがり焼いてやるか。仕返しに。
なんてことを考えているうちに、周りを歩く人の数も多くなってきた。そろそろプーシの町も近くなっている証拠だ。
まだまだ遠いが、視界の先に大きな建造物がちらほらと見えるようになってきた。
「さてと。そろそろ着くけれど、レミアはどうする? 僕は赤のギルドに戻るつもりだけど」
クロードが振り返って、俺に尋ねてきた。
「そうだな。俺は、一度寮に戻ってから考える」
「えーっ。そうなんですかぁ」
ミザリアが不満げな声を上げた。
責任感が強そうな彼女からすれば、一刻も早くリーニャのところに俺を連れていきたいんだろうけど、この状態の俺を連れてきてどうするつもりなのか。そもそもあのリーニャがすんなり信じるとは思えないし。
「でも、レミアの状態で、どうやってギルドの男子寮に戻るつもり?」
「……うっ」
クロードの指摘に、俺は言葉を失った。
「それはその、こっそりと……」
「無理むり。今だって、レミアは目立っているのに」
「へ、俺が目立ってる?」
「……まさか。自覚がなかったのかい」
クロードがあきれた口調で言う。
確かに町に近づいてから周りの人の視線が集まっているのは気づいていた。けれど女性の視線は見た目美声年のクロードに、男の視線はミザリアに向いているとばかり……
「何だかんだいっても、エルフは珍しいですからね。しかもこんなに美少女だったら、目立つに決まっています!」
ミザリアがなぜか断言した。
うげぇ……
俺がそこらの村娘風の服装を受け入れたのも、目立たないようにするためだったのに。二人の反応からして、効果はなさそうだ。何ていうか、ショックがでかい。
とはいえ、こんなところでショックで立ち止まっていたら余計目立ってしまうわけで。
俺はなるべく他の人の視線から避けるようにクロードやミザリアの背に隠れながら、街道を進む。
そして間もなくして、プーシの町の入り口が見えてきた。
この辺りは魔物の脅威があまりないため、町は木の柵で囲ってある程度だ。一般的な石造りの建物も多いが、プーシ周辺は石より木の方が調達しやすく安いため、木造の建造物も数多く見られる。
入り口には一応門らしきものがあり門番もいるが、検問しているわけでもなく、普通に通り抜けられる。
ちなみにその門番たちも、赤のギルドの仲介で雇われた人間たちだ。とはいえ、ギルド関係者であっても、すべてが俺たちと顔見知りって訳でないので、何食わぬ顔で、クロードの影に隠れながら一緒に通り抜ける。
「ふぅ。帰ってきた。やっぱり町の中はいいなぁ」
「本当に賑やかですよねぇ」
入り口の広い道には街道を通って遠方からやってきた商人たちによって、数々の露天が開かれている。威勢の良い声が行きかっていて、非常に活気がある。町の外ではあまり見られない小さな子供や老人たちが、普通に行き来している。
ま、確かに平和的な風景だよな。
この光景を守るために戦っている、なんて格好良いことを言うつもりはないが、俺たちの仕事が少しでも町の平和に役立っているのなら、嬉しい限りだ。
「お兄ちゃん!」
なんて感じで歩いていたら、人混みから聞き慣れた声が聞こえてきた。
今のは町の子供が年上の男性に声をかけた不特定多数的な「お兄ちゃん」ではなく……俺の隣にいるクロード限定のものだった。
それを理解して、俺たちは固まってしまった。
「来ちゃった」
人混みから姿を現したのは一人の少女。
カーキ色のブレザーに赤いチェックのスカートという、赤のギルドの女性事務員の制服姿。
クロードそっくりなさらさらとした金髪。
白い肌に愛くるしい表情。
黙ってさえいれば美少女の、リーニャだ。
「こんなところまで来て、ギルドの仕事はどうしたんだ?」
クロードが聞く。
「いいじゃない。休憩中よ。可愛い妹が迎えに来たんだから嬉しいでしょ。で、オリオールさんから聞いたんだけど、ライアのこと」
「……はぁ。帰って早々ライアのことって……可愛いお兄ちゃんに向かって、せめて『おかえりなさい』もないのか……」
クロードが嘆息する。
「はいはい。お帰りなさい……って、あれ? ミザリアさん、なんでお兄ちゃんと一緒に?」
リーニャは、今更ながらにクロードに連れが入ることに気づいたようだ。
「えっと……たまたま知り合いまして……」
ミザリアもいきなりリーニャがくるとは思っていなかったのか、しどろもどろの様子。
それを不審に思ったのか、リーニャが首をひねりながら、こっちをのぞき込んでくる。そして、思いっきり彼女と目が合ってしまった。
「え? エルフ? きゃー、可愛いーーっ」
「えっ、えぇっ?」
いきなり手を取られ、俺は目を白黒させる。
そんな俺の様子を気にすることもなく、リーニャは握った俺の手を取ってぶんぶん振り回す。
そういえば、リーニャの手を握ったのって、いつ以来だっけ。
リーニャの手は温かかった。幼い頃は同じくらいだったのに、気づいたら小さく華奢になっていた手。それが今は、昔のように同じくらいの大きさになっていた。
そういえば、リーニャと手を握ったのっていつ以来だっけ。
状況に着いていけず、なぜか昔のことが頭に浮かぶ。
ていうかリーニャも、婆さんが作成したという似顔絵付きの依頼書を見たとオリオールさんから聞いているけれど、すっかり忘れているのか?
「……えーと。俺はどうすればいいんだ……?」
このままでは抱きつかれかねない。俺はこっそりと、隣にいるクロードに聞く。
「どうする……って」
クロードが困惑した様子で、興奮気味のリーニャに言う。
「ねぇ。実はここにいるエルフの少女がライアだ、と言ったら、信じる?」
「はぁ? あの暑苦しい筋肉馬鹿が、こんな可愛い子のわけないじゃない」
あっさりと断言した。ていうか、俺って暑苦しかったのか……
「というわけで、レミライア。君の方から信じることをいってあげてよ」
あっさりとクロードが諦めて俺に振ってきた。てゆーか、変な名前を勝手に作るな。
えーと。信じることっていってもなぁ……。うーん。さっきふと昔のことを思い出したけど、昔話でもしてやるか。
「そうだなぁ。あれはミネ姉さんの9歳の誕生日のときだったな……」
「……へ? いきなりどうしたの? ミネ姉さんって……」
俺が唐突に語り始めると、リーニャがきょとんとした顔を見せた。
構わず話を続ける。
「誕生日会はその日の夜に開かれるはずだった。だが昼過ぎ。何を血迷ったのか、俺とリーニャは……」
「ぎゃーっ。そ、それは止めて、言わないでっ! 墓場まで持って行くって決めたんだから! それがミネ姉にばれたら、あたしだけ墓場行きになっちゃうじゃないっ」
リーニャが急に暴れて頭を抱える。
「え? なになに、おもしろい話?」
クロードが首を突っ込んでくる。
「……知ったらお前も共犯だぞ」
「そ、そうよ。お兄ちゃんは知らなくていいの! ……え? そう言えば、どうしてあのことをあなたが知って……? あのことは、あたしとライアだけの秘密だったはずなのに」
「だからさっきクロードが言ったように。俺がライアなんだよ」
最近は少しずつ女らしく話す癖が付いてきてしまったが、今はあえて昔のライアっぽく語る。
「……え、で、でも……」
「この顔に見覚えないか? リーニャも知ってるだろ。ギルドの任務にあった保護対象のエルフの娘だ。ちょっと油断してしまった隙に、身体を入れ替えられてしまったんだ」
俺の言葉に、リーニャは興奮も狂乱もやめ、きょとんとする。
そして無表情のまま、俺に向けて手を伸ばしてきたかと思うと、急に胸をむんずと鷲掴みにされた。
「え、えぇっ」
「……よし。少しだけど勝った……」
「って、いきなり何するんだよ、おい」
俺はリーニャの手を振り払い、胸を腕で隠すようにしながら一歩引く。
「いや。ライアだったら、別に触っても良いかなぁ……って」
どこかとぼけた感じのまま、リーニャが言う。
そしてそのままの状態で、しばらく固まって――叫んだ。
「って、ライアが女の子って、どういうことなのよーっ!」
時間差でひとしきり叫んで、リーニャは、ぱたりと気を失った。
「リ、リーニャさんっ」
ミザリアが慌ててその小さな身体を受け止める。
無事伝わったのかどうかは知らんが……何か、すごく疲れた。




