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15、和解

 宿場には、移動手段である馬を休ませるための小屋が設置してある。

 獣の匂いのするうす暗い建物の奥に、オリオールさんの愛馬も繋がれていた。馬に乗らない俺にとっては、馬の違いなんて見分けつかないけど、それなりにいい馬らしい。

「ところで、俺は君のことをなんて呼べばいいのだ?」

 出発の準備をしながら、オリオールさんが少し戸惑った様子で聞いてきた。

 あ、そっか。決めておくのを忘れてた。

「すみません。できればレミアでお願いします」

「そうか。確かにあまり人に話せるものではないな」

「……はい」

 周りに人がいないときくらいライアとして振る舞いたいが、どこに人の目があるか分からない。それに、今の現実を自分自身に理解させるためにも、レミアの方がいいと思う。下手したら、オリオールさんに迷惑をかけかねないし。

「安心しろ。まだ一般に公示していなかったから、ギルドの者であの任務の詳細を知っているのは俺くらいだ。……まぁリーニャも知っているが、むやみやたらに言い触らしたりはしないだろう。ラ……レミアがエルフとして接していれば、その正体を変に疑う者はいないだろう」

 そう言いつつ、オリオールさんが苦笑いして付け加える。

「もっとも、カフーあたりは可愛い小エルフちゃんが来たとか騒いでいるがな」

「はは……」

 ライアだとばれなくても、あの堅物なオリオールさんの隣に、エルフの小娘が一緒についていたら、注目させてしまうのは仕方ないだろう。

 オリオールさんに迷惑をかけないためにも、さっさと任務を終わらせないといけないな。



 さて、情けないことに、俺は馬に乗れない。

 ということで、オリオールさんの馬に、二人で乗ることになった。

 俺が馬の前に乗っかり、その後ろにオリオールさんが座って、手綱を持つ。レミアの身体は小さいし軽いから、馬の負担にはそれほどならないだろう。

 問題なのはその体勢だ。

 後ろに座ったオリオールさんが手綱を持つということは、俺を後ろから抱きかかえるような格好になるわけで。オリオールさんの太い腕や厚い胸板が間近に感じられて、意識しないようにしてもどこかドキドキしてしまう。

 俺は男なのに――いや、でもまぁ、男は女以上に強い男に憧れるというか、こう逞しい身体を前にしたら男でも……って、別に俺はソッチ系の趣味はないってのっ!

 そう混乱している俺の背中に、オリオールさんの低い声が伝わる。

「なんていうか……少し緊張するな」

 街道を馬で駆けながらオリオールさんもどこか落ち着かない様子だ。密着しているせいで声が背中に伝わって来るものだから、少し驚いてしまう。

「それはこれからのゴブリンとの交渉のことですか? それとも二人乗りしているからですか?」

「いや、ラ……いや、レミアと肌を密着しているからというか……」

「え?」

 確かにそうだけれど、オリオールさんと俺は親子のような年の差(レミアの見た目とライアの実年齢。レミアの本年齢は除く)だから、少し違和感。

「もしかして……オリオールさん、そういう趣味があったんですか?」

「ち、違うぞ。別に幼女趣味というわけではない! 単に、可愛いものが好きなだけだっ」

「えっと、そう力説されても……」

 なんて反応していいのか……。ま、まぁ、他人の好みにとやかく言うつもりはないけれど。

「そもそもお主だって、このような状況では動揺するだろう」

「そりゃ、まぁ……」

 男として、可愛い女の子を抱きかかえるようにしていたら、確かにそう思うかもしれないか。レミアの身体つきも幼いとはいえ、一応出るところは出ていて、それなりに成熟しているし。

 カフーもそうだけど、人前(特に男)に出るときは、もう少し今の身体を意識しなくちゃいけないかな。

 めんどいけど。



 とまぁそんなやりとりをしつつも、馬は順調に街道を進み、目的の位置までたどり着く。ここからは最短距離を通るように街道を逸れて荒野に入る。荒野を走ることしばらくして、見覚えのある岩石地帯にたどり着いた。

 おおー、早い早い。場所が特定できたのと馬を使っているからとはいえ、あれだけ苦労して向かった場所に、こんなに早く簡単にたどり着けるとは思わなかった。


「準備はいいか?」

「はい」

 ここからは馬を置いて、徒歩でゴブリンの巣まで向かう。

 馬に乗せていた俺のハンドアックスは、俺の背中に紐でくくり付けるようにして、持っていく。

 オリオールさんは腰に大剣を下げている。代名詞のバスターソードではない。「もう年だからな」と笑うけれど、その大剣もふつうに扱う代物でもない気がする。

 目的地の場所を知っている俺が先頭になって、岩場を歩く。馬に乗っているだけでも多少疲労したけれど、以前ここに来た時に比べればずっと休ませてもらっているので、体力は残っている。

 もともと小柄で身軽なエルフの身体なので、こういう道を歩くには、巨体のオリオールさんより楽なのかもしれない。

 問題があるとすれば、似たような岩ばかりが転がっているこの場所から、一度行ったきりの巣に向かわなくてはいけないことで……

「この辺りか?」

「えーと、たぶんもう少し……だったと思います……?」

「――なぜそこで疑問形になる?」

 うっ。

 オリオールさんのツッコミに、思わず視線を逸らす。

 とそのとき、不意になにやらざわめきが、奥の岩場から聞こえた。

「……どうした?」

 オリオールさんが怪訝そうな表情をする。

 そっか。エルフの耳のおかげで、先に聞き取れたのか。

「こっちです。ただ……妙な騒ぎが起こっているみたいですが」

「騒ぎ?」

 そんなことを言いながら、奥に向かって歩いていると、ひゅん、と風を切るような音とともに、1本の矢が、俺たちめがけて飛んできた。

「おっと」

 俺とオリオールさんは難なくそれをかわす。ぼろぼろの矢が突き刺さることなく、岩に弾かれて転がる。

「……これはゴブリンの矢か? まだ期限内のはずだが、どうして俺らを襲うのか?」

「……いえ。違います。狙ったのは俺たちというより、あれです――」

 俺は上空を指さした。

 ごちゃごちゃした岩場とは対照的な広い空に、大きな何かが飛んでいた。

「グリフォンか……」

 オリオールさんが少し緊張感のこもった声でつぶやく。

 グリフォン。平たく言えば、巨大な鳥だ。性格は獰猛で肉食。空から獲物めがけて飛んできて、そのまま上空にかっさらっていく。狙われるのは獣が多いが、それはグリフォンの生活区域と重なっているからであって、そこに人間がいれば、獣と関係なく、人も襲われる。

 そしてやっかいなことに、一度ねらった獲物は、何度でも捕食するまで追い続けるという、しつこさの持ち主である。

 どうやらそのグリフォンに、ゴブリンの連中が目を付けられたらしい。

 空から襲い掛かるグリフォンに、ゴブリンが群れをなして対抗している。誰かが連れ去られるか、逆にグリフォンに手負いを負わせるかしないかぎり、戦いは終わらないだろう。

「やっかいだな。さて、どうする?」

 このまま見ていてもいいけれど、群れの誰かがやられてしまったら、後の交渉に響く恐れがある。それにゴブリンとはいえ、一度意思疎通してしまった相手が無残にやられるところは、あまり見たくない。

「俺が、何とかします」

 実力は俺よりずっと上であるオリオールさんでも、空を飛ぶ相手には分が悪い。ここは飛び道具がある俺の方が有利だ。

 俺は上空を見上げ、空を飛び回るグリフォンに狙いを定めて魔法を放つ。

「グリエルっ」

 飛び回るグリフォンに変化は見られない。くそっ。外れたか。風の衝撃波は目に見えるものじゃないから、当たったかどうかは、いまいち分からない。

「えーいっ。も一発っ!」

 再び空に向けて、「グリエル」を放つが、相変わらず手ごたえが感じられない。

 それを繰り返している俺に、遠慮しがちにオリオールさんが声をかける。

「……うーむ。言い難いのだが、その魔法はそもそも上空まで届いているのか?」

「さ、さぁ……どうでしょう……?」

 オリオールさんのツッコミに、俺は軽く汗をぬぐう。

 レミアになってだいぶ経つけど、まだ魔法に慣れていないせいもあって、距離感やタイミングの取り方が、いまいち完璧ではない。

 ゴブリンたちに騒ぎが起きる。

 俺の魔法を無視するように、グリフォンが再び急降下してゴブリンの群れに襲い掛かったのだ。幸い、狙いが外れて、グリフォンは何も得ずに再び宙に舞う。ゴブリンたちが弓矢を放つが、届いている様子はない。

 うーん。なんか蚊帳の外だ。

 そう思わずゴブリンたちを眺めている時だった。

「ライアっ!」

 オリオールさんの声。次の瞬間、背中に強烈な衝撃を受けて、俺は吹き飛ばされた。

「ぐぅっ」

 地面に叩きつけられる。

 そのすぐ横を、巨大な怪鳥が通り過ぎ去っていく。

「ライ……ではなく、レミア。大丈夫か」

 オリオールさんが駆け寄って来る。

「だ、大丈夫です……吹き飛ばされただけで……」

 グリフォンが狙いを変えて、俺に襲い掛かってきたのだ。幸い、背負っていたハンドアックスがグリフォンの巨大な爪から守ってくれたようだ。

「今のでタイミングは分かった。もう一度急降下で襲い掛かってきたら、俺の剣で、たたっ切ってやる」

「なら、俺がおとりになります」

 俺はそう宣言すると、ゴブリンの群れの中を抜けるように駆ける。突然現れた俺に戸惑う様子のゴブリンたちを尻目に、身軽さを生かして、小高くて、ちょっと広めの岩の上に登る。

 上空から見れば、そこそこ目立つはず。だがこれだけでは、おとりとして不十分だ。

 俺は空を見上げながら、魔法を唱える。グリフォンを狙う必要はない。ただ、なるべく大きく広がるイメージで、言葉を紡ぐ。

「魔除けの霧……マクレーヌっ!」

 先ほどの衝撃波と同じで、目には見えない。けれど魔法はしっかりと発動して、その感覚が膨らんでいく。

 何度か使ったことのある魔よけの魔法だ。魔物や獣にとって不快な魔力を放出することによって、彼らが寄ってくるのを防ぐことができる。だが、強力な魔物相手だと追い払うことはできず、逆にその不快感から攻撃されることもあるという。そしてグリフォンは、強力な魔物の部類に入るはず。

 宙を自由に舞っていたグリフォンの目がぎろりとこっちを向いた気がした。

 いや、間違いない。くるくると舞いながら、不快なものを発している俺を狙っている。

 そして……大きく上昇するように迂回したグリフォンが急降下してくる。めがけてくるのは俺。マクレーヌの魔力を大空全体に放つことに全力なのでこちらかは攻撃できない。無防備な状態。

 だが――

「ぬぉぉっ」

 俺とグリフォンの間に突如現れた黒い影。オリオールさんが、風のように襲い掛かって来るグリフォンを一刀両断した。

 見事。

 完全に真っ二つにされたグリフォンのなれの果てが、岩場に叩きつけられる。

 ゴブリン達から何とも言えないどよめきが起こる。

 突然現れた人間が天敵を倒したことを喜んでいいのか戸惑っている様子だ。

「……うむ。どうやらいきなり襲い掛かって来ることはなさそうだが、さてどうするべきか」

 グリフォンを切り落とした大剣をしまうことなく、オリオールさんが注意深くゴブリン達の出方を窺う。

 しばらくすると、戸惑うゴブリンたちの間を縫うように、あまり区別はつかないけれど、何となく貫禄があるゴブリンが現れた。

「あっ」

「レミアよ。あれが」

「はい。お話しした長と思われる者です」

「……エルフよ。我々を助けて恩を着せたつもりか……」

「えっ? ――ってそんなつもりじゃねーよ」

 エルフ呼ばわりして、思わず戸惑ってしまった。

 慣れたつもりだったけれど、オリオールさんと一緒にいたからかな。

「面倒ごとがたまたま起きていたから片付けただけだ」

 悟られぬよう、俺は背中の荷をほどいて斧を渡す。愛着のあるものだと奴らに知られたくなかったので(本物のレミアとの関係を探られても困るし)なるべく適当に扱うように、長に向かって放り投げる。

「ほら。これが約束の品だ。確かに持ってきたぞ」

 長はゆっくりと岩場に転がったハンドアックスを手に取り、呟く。

「……うむ。仲間たちの無念の思い、確かにこもっている……」

「分かるのか?」

「……ああ。マガイ物を持って来たら、ここででお前らを皆殺しにするところだった……」

「は、はは。そんなこと……」

 俺はひそかに胸をなでおろした。危ない危ない。クロードの言うように街で似たような斧を買って差し出そうとしたら、大変なことになっていた。

「その斧の持ち主とお主らの間でどのようなやり取りがあったかは知らぬが、もしよかったら、話してくれないか?」

 オリオールさんが話しかける。

 うまくいけば、ライア(中身はレミア)の情報を聞き出せるかもしれない。

「その人間が我々の仲間を斬った……それだけだ」

「そっちから襲い掛かった、というわけじゃないのか?」

 俺が聞く。長からの返答はなかった。

 ほかにも聞きたいことはたくさんあったが、あまり踏み込んで尋ねて機嫌を損ねるわけにもいかない。人の言葉を解さない下っ端のゴブリンたちは俺たちを明らかに敵意を持った様子で囲んでいる。長の指示次第で、いつでも襲ってくるだろう。

「約束どおり、目的の物は渡した。これでお主たちが無闇に人を襲うことはやめてもらえるか」

「……あぁ。人が我々に手を出さないかぎり、我々から人を襲うことはない」

「そうか」

 オリオールさんがほっとした様子を見せ、構えを解いた。オリオールさんの剣技に加え、俺の魔法が加われば、ゴブリンたちを蹴散らすことも可能だったかもしれないが、無用な戦いは避けるに越したことがない。これ以上、ゴブリンたちと争って、人との関係を悪化させるわけにもいかない。

 それに理由はどうあれ、ライア(レミア)がゴブリンとと争ったのは事実のようだし。

「あのさ」

 俺はゴブリンの長に話しかけた。

「この斧の持ち主の首は持って来れないけれど、必ず見つけ出して償いはさせるから」

「……好きにしろ。どちらにしろ仲間は戻らない。もう我々には関係のないことだ……」

 ぶっきらぼうに言ったけれど、長の表情はどこか緩んだような、そんな気がした。



久しぶりの更新となって申し訳ございません。

ようやく再開のめどが立ったとはいえ、ストックはまったくない状態なので、またしばらく間が空くと思います。

ご了承願います。

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