13、夜営
イヤな予感ほど的中するものである。
今日一日、俺はそれを痛いほど思い知らされた。
リーニャが依頼主なら、探し人は十中八九、俺で間違いないだろう。まったく、何て言う偶然だ。
ミザリアは驚いた様子を見せつつも、黙って俺たちの答えを待っている。誤魔化すのは難しそうだ。
「……えっと、どうしようか?」
「……リーニャのことは話すしかないだろ。ただし俺のことは黙っていろよ」
「……うん。わかった」
そんな感じでうなずき合うと、クロードが軽く頭に手を当てながら、ミザリアに向けて言った。
「えっと、リーニャは僕の妹なんだ」
「あら。言われてみると確かにどことなく面影がありますね。お兄さんがいるともおっしゃっていましたし」
さらりとした金髪に透き通った青い瞳。クロードが美男子のように、リーニャも顔立ちの整った美少女だ。――見た目だけは。
ミザリアはクロードとの意外な関係を知って、にっこりと微笑む。けどすぐにその顔をしかめた。
「確かリーニャさんは、クロードさんもライアさん――あ、私が探している方ですが――を探しに行ったとおっしゃっていましたが。ライアさんの件は、当然ご存じですよね?」
「う、うん。まぁ……」
ミザリアの視線が俺に向けられる。
「ゴブリン対策もとても大切なことであることは分かりますが、行方不明であるご友人を放っておいて、可愛い女の子とご一緒ですか。ふぅん」
そのどことなくとげが感じられる口調に、クロードがあわてた様子で叫んだ。
「ち、違うんだ。レミアはそうじゃなくて……」
「なにが違うのですか?」
おっとりにっこりと首を傾げるミザリア。見た目も口調も穏やかなんだけれど、なんていうか、怖いオーラが発せられている。
「そう、彼が、この彼女がライアなんだっ。だから、ライアを放っておいている訳じゃないんだ!」
「……はい?」
ミザリアが大きな瞳をさらに大きくして、こくりと小首を傾げた。
「って、おい。こらっ」
いきなりなんてことを言い出しやがるんだ。
だがクロードの叫びは、しっかりとミザリアの耳に入ってしまった。
「いったい、何のご冗談でしょう?」
ミザリアの言葉に、俺はほっとする。まぁ普通はそうなるわな。
けれどミザリアは、すぐに何かに気づいたかのように、再び俺の顔をのぞき込んできた。
「……そういえば、ライアさんの任務って、確か樹海の女エルフの保護、と聞きました。もしかして、レミアさんと何か関係があるのですか?」
「え、えーと」
俺は答えに窮しながら必死に考えを巡らせる。
考えろ。上手くごまかす方法を。
だがそんな俺の頭に、ぽんとクロードの手が乗せられた。
「ごめん。レミア……じゃなくてライア。僕の恋路の為に犠牲になってくれ」
「なにが恋路だ、おいっ」
「はは、まぁそれは三分の一くらい冗談だけど正直リーニャも関わっている状態で、誤魔化し続けられる自信はないし。だったらミザリアも引き込んじゃった方がいいんじゃないかな」
「うっ。それは……」
確かにクロードの言うことは一理ある。
ミザリアもおっとりして見えるが意外と鋭そうだし、下手に疑われるくらいなら、いっそのこと話してしまったほうがいいかもしれない。
「……はぁ」
仕方ない。俺は大きくため息をつくと、あえて声を低くして男っぽく口にした。
「信じてもらえるか分からないけど、クロードの言うとおり、俺が『ライア』だ。本物の「レミア」によって、身体を無理矢理取り替えられたんだよ」
けれど俺の耳に入る声色は可愛らしいもので、慣れてきても力が抜けてしまう。
「まさか、そんなことが本当にあるわけが……」
「ま、俺自身、信じたくないんだけどな」
クロードにも似たようなことを言ったっけ、と思い出しつつ、俺はゆっくりと、これまでの顛末をミザリアに説明した。半ば、自分に言い聞かせるかのように。
ミザリアは余計な質問を一切せず、黙って俺の話を聞いていた。混乱からかぼけーとしていて、本当に分かっているのか、と不安になったとき、彼女は控えめに手を挙げた。
「あの、一つ質問をしてよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
「私は、依頼主であるリーニャさんの所に、中が男のレミアさんと、中がエルフのライアさん、どっちを連れていけばいいんでしょうか?」
そんなの、俺が知りたい。
☆☆☆
「まぁまぁ、詳しい話はゆっくりと話すことにして、とりあえず、今日はこのあたりで夜を明かさない?」
「そうですね……」
クロードの提案に、俺とミザリアは素直にうなずいた。
話しているうちに、太陽はすでに地平線の向こうに隠れてしまった。あたりが闇に包まれるのも時間の問題だろう。そのような中、星と月の光を頼りに、あの草原を突っ切るのは危険だ。
俺たちは少し移動して、小高い岩場で野営することにした。見晴らしもよく、近くの岩場から湧き水も出ていたので、ちょうど良い。
さっそく手分けして夕食の準備をする。火をおこし干し肉を炙り、汲んできた水で香草を入れた米を炊く。
「私も頂いてよいのでしょうか?」
必要最小限の乾パンしか持っていなかったミザリアが戸惑い気に言った。
「構わないって、僕たちだって助けられたんだし」
「では有り難く。……ところで、レミアさんはエルフですけれどお肉を食べて大丈夫なのですか」
「知らん。けど食いたいから食う」
そんな俺の答えに、ミザリアは微笑む。
昨日宿で摂った食事でも、肉を食って問題なかったし、まぁ平気だろう。
「そういう所を見ると、やはり、ライアさんなのですね」
「だよねー」
「やかましい」
そんな感じで素早く食事を終えて、後かたづけをする。
「さて、あの長の言うとおりなら、寝込みをゴブリンたちに襲われることはないはずだが、油断はしない方がいいと思う」
「そうですね。交代で見張りをたてた方がいいかと」
「じゃあ、まずは僕がするよ」
「悪いな。助かる」
正直なところ、早く休みたかったのだ。
レミナになってから、体力は大幅に減った。夜の草原を突っ切らないのも危険だという理由だけでなく、単純に体力の限界でもあったからだ。エルフだからか、女だからか、あるいはその両方の影響か。
食事や毛布や薬等、宿場で多少揃えた荷物も、ほとんどクロードに持ってもらっている。申し訳ないくらいだ。以前は体力のある俺の方が荷物持ちだったのに。
そう考えると、慣れない荷物持ちをしているクロードの疲労だって決して少なくないはず。
けれど少しでも体力を取り戻すため、今はお言葉に甘えることにした。
急いで戻らなくてはいけない。日明けとともに行動するためにも、早く寝ないと。
「それでは。おやすみなさい」
ミザリアは荷物から毛布を取り出して身体にかけ、岩を背にして座ったまま眠る体勢に入った。
へぇ。少し感心した。
見た目が美人なだけに、寝る前のケアとか、もっとしっかりしていると思ったのに。誰とは言わないが、リーニャと一度だけ旅したときは、あれがない、これがない、とやかましくて大変だった。
「……どうかしましたか?」
「いや、旅慣れしているんだなって」
「そうですか? 質素なだけですよ」
「ま、俺も似たようなものだけどな」
そう言いながら、俺も毛布にくるまれる。目を閉じると、あっと言う間に睡魔が襲ってくる。
すると、くすっというミザリアの笑い声が耳に入った。
「……どうした?」
「ふふ。レミアさんの事情は分かりましたが、その喋り方は似合わないですね。黙って寝ている顔の方は凄く可愛らしいのに」
「大きなお世話だ」
これ以上つき合いきれないとばかりに、俺はぎゅっと瞳を閉じて……そのまま眠りへと落ちていった。




