11、ミザリア
ヒュー。
現れた女性を見て、クロードが軽く口笛を吹いた。
それもそのはず。その女性はやや丸顔で人懐っこい表情のなかなかの美人だったのだ。しかも背が高く服の上からも感じられる見事なプロポーションの持ち主である。
「さっきの矢は、君がやったのかい?」
クロードが早速女性に声をかける。
「はい。もしかして、余計なことをしてしまったでしょうか」
女性はこくりとうなずいて答えた。
「……いや。あの状態では呪文を詠唱する間がなかったし、隙を作ってくれて感謝している」
「本当ですか。それならよかったです」
俺の言葉に女性はほっとした様子を見せた。そして、何かに気づいたかのように、軽く屈んで俺の顔を覗き込んできた。
「ん、何だ?」
彼女とは初対面のはずだが……と疑問に思って、俺はある可能性に気づいた。
こんなところにいて、ボウガンを操るくらいだ。彼女は冒険者としてギルドに登録していてもおかしくない。そして今の俺はレミアというギルドに手配されたエルフだ。
もし彼女が、俺の捕獲の任務を請け負っていたら……
警戒する俺に、彼女はすっと手を伸ばしてきた。
敵意を感じさせない自然な動作だったせいで、俺はとっさに身体を反応できないまま――ぽんと手のひらを頭の上に乗っけられてしまった。
「いいですか? そういう話し方はね、大きな武器を持った騎士のような大人のお姉さんが使うと似合うんですよ。けれど、君のような子が使うと、無理しているっぽさが全開で、逆に可愛く見えちゃいますよー」
「なっ」
思わず絶句してしまう。
横を見ると、クロードも吹き出して笑っていた。
「――って、お前も思っていたのかっ」
「あぁ。まだ前の君を知っているから耐えられたけれど、客観的に見たらギャップ萌えだろうなーって思っていたよ」
「もっ、萌えって!」
泣きたい気持ちを抑えて、俺は女性を見上げ、毅然とした口調を言い返す。
「どうやら年下扱いされているようですが、私はエルフです。こう見えて四十年、生きていますから」
婆さんから知らされた年齢に少し加算してやった。
本物のレミアが年齢を気にしているか分からないが、別にかまわないだろう。
「あら、それでは、私とおんなじくらいなのですね」
「えっ?」
俺とクロードがそろって声をあげた。
目の前の女性は二十歳前後に見えるというのに。
驚く俺たちを見て、女性は満足げに笑って付け加えた。
「嘘です」
「おいっ」
なんていうか、つかみ所のない女性だ。
「ははは。面白いね。僕はクロード。プーシの町の神殿に勤めながら、ギルドにも所属して、こうやって外を回っているんだ」
「そうですか。私の名前は、ミザリアと言います。気ままに各地をまわっているフリーの冒険者です」
「へぇ。いい名前だね。で、こっちは相棒でエルフのレミア。理由あって一緒にプーシの町に向かっている途中なんだ」
俺がぶすっと黙ったままだったので、クロードが代わりに紹介してくれた。
「……どうも」
軽く頭を下げる。ぼろを出さないためには無口キャラを装うことにする。
「あら? プーシに向かっている割にはずいぶん街道から外れたところにいますが……道に迷われたのですか」
「いや、そうじゃなくて、えーと……」
クロードが俺を見た。仕事のことを話していいだろうか、という視線だ。ていうか、せっかく無口キャラを演じようとしていたのに……ま、いっか。面倒だし。
「別に話しても問題ないだろう。守秘義務があるような任務じゃないし、ゴブリンの件はむしろ知らせた方が、彼女にとっても安全だろう」
まぁ彼女なら自分の身は自分で守れるだろうけど。
俺の言葉にクロードはうなずいて、彼女に事情を説明した。
「はぁ、なるほど。それでたくさんのゴブリンがいたわけですね」
彼女はおっとりと説明を聞きながら、ゴブリンの死体から、刺さった矢を引き抜いて矢筒に納める。物怖じしない慣れた動作だった。
「ということは、ミザリアさんは別の目的で来た……んですか?」
街道を大きく外れた位置にいるのは、彼女も同じだ。案外同じ目的で来たのかもしれないとも考えていたが、違ったようだ。
「ミザリア、でいいですよ。それに口調も無理しなくても大丈夫ですよ。年上なのですから」
俺が慣れない口調で尋ねると、彼女に小さく笑われてしまった。年上なのだから、と言いつつ、小さい子供をあやしているような感じだ。
ううっ。なんか調子が狂うというかやりづらい。
「私の方は、人を探しておりまして」
「こんなところに?」
俺が怪訝げな表情を見せると、ミザリアは軽く頬に手を当てて苦笑しながら続ける。
「そうなのですよねぇ。ですが依頼主さんの説明ですと、この先の辺りで反応があったようでして……」
「反応って、探知魔法?」
クロードが尋ねる。
「はい。私はさっぱりですが、ここからもう少し先の辺りだそうです。もしかすると、そちらのゴブリン事件と関連があるかもしれませんね」
ミザリアの示す先は、ゴブリンの残党が逃げて行った方向と同じだった。探し人が誰だか知らないが、彼女の言う通り何か関連性があるかもしれない。
「ねぇ、それじゃさ、一緒に行動しようか」
クロードが目を輝かせながら提案する。――って、おい。こんなときにナンパかよ。
まぁ一緒に行動するのは悪い話ではないが、男二人のパーティにホイホイと付いてくるものだろうか……と思ったのだが、ミザリアはなぜか俺を見て、にこりと微笑んで言った。
「そうですね。目的地が同じなら、ご一緒の方が安全ですし。それにこんなに可愛らしいお嬢さんと一緒なら大歓迎です」
「……え?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。が、その意味を理解して思わず脱力してしまう。
そうだ。俺、今はレミアなんだっけ。
だいぶ慣れてきたけれど、まだたまに素で自分を男だと思ってしまう。
そんな俺の内心を全て見通しているかのように、クロードが面白そうに笑っていた。
こうして、俺たち二人組のパーティに、ミザリアが加わることになった。
少し短めですが、切りの良さと次の更新がいつになるか分からないので投稿しました。ペース遅くて申し訳ないです。




