ハトになる
突然の夕立に襲われ、慌てて僕らは庇の下に入った。
賑わう商店街の中にある商業ビルだ。多くの人はこの雨を予想していたらしく、次々と傘の花を咲かせた。その度に傘が跳ね返した雨水が空中で散りながらぶつかり合い、地面に落ちる。
そんな情景を目にしながら、僕は隣に立つ彼女の少し濡れてしまった前髪を見た。雫が髪の先端から滴る。
惚れていた。
何もかもが美しいと思った。彼女がまとうすべてのものが、彼女を引き立てるために存在しているように思えた。
そこで不意に彼女が僕の方を見た。
目が合う。一瞬。目を逸らす、僕。
ああ、馬鹿だな僕は、と思う。
想いを伝えたいと思うほどそれを隠し、悟られないように接する。
彼女はどう思っただろうか。
はじめて彼女と二人きりになれた気がした。
雨が分かつ水の世界とそうでない庇の下に、二人だけの時間がある気がした。
経験のない僕は友人から聞いた通りのことを間違えないように、とただそれだけを必死に遂行した。全然うまくなんてできなかった。
しかもこの雨だ。
偶然にしろ、神様が「お前にはまだ早い」と浮き足立った僕を諌めているように感じた。
雨はすぐに弱足になってきた。傘をささずに表に出る人もいる。
どのくらいの振り具合だろうかと、庇から手を伸ばした、そのとき。
僕はハトになった。
そんな感じがした。
羽は雨を弾き、体を震わすと全身の産毛が逆立ち、僕はグレーのマリのようになった。
また彼女を見る。
彼女はもう僕を見ておらず、ただ空を見上げていた。
ああ、僕はそこに行くよ。
君が知らない高いところへ。
できれば一緒に行きたいけど。
夕立はムッとした空気だけ残して去ってしまった。
彼女と僕の時間も終わる。
僕が飛び立つが先か、
彼女が庇の下から歩き出すが先か。
夢のような時間は終わった。
でも僕はまた、ここにくる。
ハトであった僕は、ハトでないときを彼女と過ごすために。
そしてまた、ハトになる。
雨をテーマに書きました。