序
今のところ3話予定。
始まりは、私こと陽ノ宮 奏の母の一言だった。
「奏ちゃん、小詠ちゃん……お母さん、再婚しようと思うの」
「「…………は?」」
結論としては、包丁持って料理中だった為ざっくりいった。そして妹こと小詠は落としたコップが足の小指を直撃、悶絶した。
とりあえず止血しつつ、コップが割れていないことを確認し、私はこの天然入った母から事情を聞くことにする。
「……事情を説明してくれると嬉しいというか、どうしてそうなった」
「お、お姉ちゃん、何故わたしではなくコップの心配を……」
何かうめき声が聞こえたが、それどころないのでスルー。なに? 誰が鬼畜だ。
母さんは頬に手をあてて少し考えるそぶりをして、感慨深そうに呟いた。
「そうね……分かりやすく言うと――私もまだ若かったわ」
「あー、まあ最近は婚期も遅くなりがちだから、30代前半の母さんはまだ若い内に入るだろうけど。
――で、ど う し て そ う な っ た ?」
「あらあら、お顔が恐いわよ?」
「誰のせいだ、誰の」
ちと汚れたシンクを布巾で拭き取り、さっと洗って置いておく。
晩御飯の調理は後回し。このままだと鉄分豊富な赤色の夕飯になりかねない。
「いや、お姉ちゃん。それ以前になんで"ざっくり"いって平然としてるの……」
「気合」
「なんという脳筋理論」
「………………」
「すいませんごめんなさい謝りますからアイアンクローはあぁいだだだだだだだだだだ」
それは兎に角。
今はどう考えても人生の一大事なので、愚昧の頭を割るより母に尋問――もとい事情を確認せねばなるまい。
とはいえ。
まあ、あれだ。
少々恥ずかしくはあるが、これだけは言っておかなければならないだろう。
「先に言っておくが――。別に私は反対ってわけじゃない。正直母さんには苦労をかけたから、幸せになれるならなってほしいしな」
「奏ちゃん……」
「お姉ちゃん……」
小詠が生まれた後、直ぐに亡くなったという父。それから今に至るまで、頼る親族もなく、本当に一人で私達を育てて生活するのは、それこそ大変の一言ではすまなかっただろう。
若干天然入り過ぎでアレな母ではあるが、十分に感謝はしている。
しかし、だからこそ。
「だから――しっかりと相手の見極めはさせてもらう」
私の真剣さが伝わったのか、珍しく真面目に話しを聞く母に、私の決意を告げる。
「それでもし、相手が母さんに相応しくないヤツだったら――」
「相応しくなかったら……?」
うん、と頷き、気合を入れる。
「そうだな、まずは母さんの記憶をここ一年分消去するか」
「へえ、消去……っておおお姉ちゃん⁉」
「あらあら、まあまあ」
「物理的か精神的か、どっちがいい?」
「何その嫌な選択肢!」
「う〜ん、痛いのはいやねえ」
「お母さん、そこはそういう問題じゃないよ⁉」
うむ、確かに私も母さんに金物とか薬物とか、物理的な方法はやりたくなかった。
ならここは、
「よし、なら友人直伝のヤマダ君式記憶消去術の出番か。ここに実験台もいることだし、ぬかりはない」
「いつの間にか実験台にされてるというか、ヤマダ君って誰⁉」
「私の隣の席の生に……げふんげふん、クラスメイトだ」
「まさかの考案者じゃなくて第一犠牲者⁉」
もちろん、母さんの記憶を消して終わりではない。天然な母さんを誑かしたクソ野郎は極刑に値する。
「マスターにも連絡をしとかないとな……」
「ま、マスター? マスターア○ア?」
「そんな東方不敗な知り合いがいてたまるか。憧れるけど」
「憧れるんだ……」
妹が何か言いたそうな表情をしていたが気にしない。今更この私に女らしさを求められても困る。
「それで結局、そのマスターさんはどこのどなた?」
「お姉ちゃんは珈琲大好きだから、喫茶店のマスターさん?
……あれ? でも"お母さんに相応しくない男性"だったら、その人に連絡するんだよね」
うーん、と首を傾げる母と妹。
ま、喫茶店っていうのはニアピンなんだが。
「喫茶店じゃなくて場末のバーのマスターのことだ。シブい、割といろいろと相談に乗ってくれる人」
「バーって、お酒⁉ お姉ちゃん、お酒飲むの?」
「ふ、嗜む程度だがね」
「カッコつけてなんか言ってる!」
「あらあら、未成年の飲酒はご法度よ? ちゃんとばれないようにしないと」
「お母さんそれは何か違う!」
私の知り合いの大半は、二十歳なんぞとうの昔に過ぎている連中だ。
そんな連中と付き合いがあると、よく酒でテンション上がったヤツに絡まれる。そのままでも十分に喧しいが、酒を進められて飲まないと更に酷いことになる。俺と酒が飲めねえのか! ってお前は会社の上司か何かか。
無論、馬鹿正直に合わせる必要はなく、実際に飲むのはカクテルと称したジュースなのだが。
「はあ……お姉ちゃん、よく夜に外出てるけど、そんなことしてたんだ」
「あまり夜遊び火遊びは気をつけないと、危ないわよ?」
「大丈夫、まだ処女だから」
「確かにそれには安心したけど、なんかやっぱりポイントが違う!」
自分で言うのもなんだが、私はそこそこ美形には入る方だとは思っている。
ニキビだとかそばかすとかはなく、化粧は最低限でも十分な肌。髪は少し癖っ毛のストレートで腰まで伸ばしているが、手入れは怠っていないのでさらさらだ。
背は平均より高めで、『バイト』で体を動かしているので各所引き締まっている。
胸とかは……まあ普通。大きくもなく小さくもなく。中途半端とか言ったヤツは前に出ろ。
少し体に傷が多いが、そんなにエグい類でもないし、むしろチャームポイントと言いたい。
「でも彼氏はいないんだよね。――やっぱり性格?」
「とりあえず小詠は後でシメる。……まあ、まだ整理がついてないからなあ、そのあたり」
「??」
母と妹がまた揃って首を傾げているが、今度は言うつもりはない。
と、話が逸れていたのを思い出したのか、母さんがポンと手を叩いた。
「そうそう、結局、どうしてそのマスターさんに相談するのかしら?」
「あ、それはわたしも思った。実はヒットマンとかそっちの人?」
「いんや、違うよ。正確にはマスターにはオーナーに取り次いでもらうだけなんだけど」
「オーナー? また新しい人が出てきた……」
思い浮かべるのは、常に笑みを浮かべる和装の女性。一見、大和撫子に見える妙齢の彼女だが、考えていることと素性が不明すぎる。
「まあなんというか掴み所がないけど優秀な人で、多種多様な店を経営していてな。
――ゲイバーとか」
「オチが読めたー! 読みたくなかったけど読めたー!」
「大丈夫、ニューハーフバーとかもあるし」
「なにが大丈夫かわからない! というかそっちは客!? 従業員!?」
そのツッコミもどうかと思うが、とりあえず普段のオーナーの言動を考えて答えを返す。
「あの人がよく言ってるのは"お客様のニーズにお応えする。ただし愉快な方向で"かな。本人曰く両刀だから、たぶんその場の気分と野郎の容姿次第」
「ぅわあ……」
「あらあら、面白い方ね。――話が合いそうだわ」
「「ちょっと待て母」」
妙な一波乱があったが、さておき。
「さて、気を取り直して。なんか唐突に再婚とか言われてとちったけど、実は既に式の日程とか決まってたりする?
ちなみに、明日とか言ったら超怒る」
「来週だったら?」
「とりあえず式まで山に篭ってくる」
「なんで⁉」
「壁を殴るか、熊を殴るかの違い」
「その二つにはエベレスト並みの差がない?」
それは兎に角リテイク。
母さんのことだから、付き合い始めたばかりでの再婚宣言ではないだろう。
最悪、既に届けは出した後ということも考えたが、
「それは大丈夫よ。こういったことは、まず貴女達に聞いてからよね」
「さすがにそこまで常識知らずではなかったか」
「よかった。お母さんがそこまですっとぼけてなくて」
「……地味に酷いこと言われてないかしら?」
妹と二人で目を逸らし、お茶を入れて誤魔化してから次の話題へ。
「で、だ。諸々含めて確認したいから、その人に会える?」
「ええ、問題ないと思うわ。平日だと難しいけど、お休みの日なら何時でも良いって言ってたから」
「おおう……お父さんになるかも知れない人と会うのは緊張するね」
「ま、さすがになあ。
なら今夜、飯に誘うか」
「ち ょ っ と 待 て 姉。緊張どこいったの⁉」
「それはお母さんも予想外ね……」
「何を言うか。今日も明日も休みなんだ。なら早い方がいい」
時計を見れば、まだ夕方。
どこに住んでいるかは知らないが、僻地にいない限りは十分間に合うだろう。
「ちなみに明日という選択肢は?」
「私に包丁を何本砥げと言うのか」
「oh……」
「まあ明日でもいいけどね。――ちと夜中に丑の刻ってくるけど」
「お母さん今からその人に来てもらえる⁉」
「あらあら、精神衛生上そうした方がよさそうねえ」
それから母さんが相手に電話で夕飯に誘い、あっさりと顔合わせが実現した。
そんなこんなで作りかけだった夕飯を豪華にして完成させ、ついでに軽い範囲で服装も整える。
気合入り過ぎなのもアレだが、寝間着・部屋着で出迎える訳にはいかないだろう。
……いや、そこの母と愚妹。だから化粧までガチでする必要はないと思うぞ?
――そしていざ。