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9.0

†††

「・・・・・・いいよ。わかった、友達になろう」

渡は心なしかちょっと暗めの声で言った。

「本当?」

静は弾んだ声を出す。こいつのこんな声を聞くのも初めてだな、と渡は思う。

「ああ」

静はにこにこと耳元で笑う。暗いし、そもそも背負ってるので顔も見えないのだが、気配で静が本当に楽しそうに


しているのがわかって、渡は辛くなった。


「なあ、実はバイト先でさ、友達ができたんだよ」

いきなり渡は話し出す。静は不思議そうな顔をした。

「へえ、ひょっとして矢部君?」

そんなはずはない、とは思いながらも少し期待している声。

「残念。クチナシって奴」

「なあんだ」

静はわざとらしく残念がって体を反らす。同時に静を背負っている渡は体勢が苦しくなる。

「やめろって・・・・・・。でな、そいつそのときは気づかなかったんだけど同じアパートに住んでるんだよ」

「え、本当に?」

「ああ。ホントに。今度ポスト見てみろよ」

びっくりだろ、と渡が笑う。

「だからさ」

静が持つ懐中電灯のぷらぷらした明かりが照らす地面を見つめ、歩きながら渡は言う。

「・・・・・・何かあったらあいつにも頼るといいよ」


†††


二時間後、渡と静は無事に山を抜け人里へ・・・・・・、まあ、自分達の住む街へ戻ることができた。街が見えたあたり


で静が歩いてみる、と言い出したが、結局渡が背負ったままアパートまで帰ってきた。

帰宅したとき二人はもう疲れ果ててそれぞれの寝床へと倒れ込んだ。夕食は何も食べなかった。


午前二時頃に一度渡の目は覚めた。そうしてそのまましばらくの間じっとカーテンで静の側と仕切られた狭い天井


を見つめていた。


†††


翌日。

渡が起きたのが遅かったというわけでは決してない。ただ、その日に限って静の起きる時間、出ていく時間が早か


ったのだ。

静のテンションはなぜだか妙に上がっていた。

「おはよう!」

「どうして起こさなかったんだ?」

朝食は俺の担当だろ、と寝起きの声で渡が言うと、

「いいじゃないの」

というなんとも適当な答えが返ってきた。

「あんたの分もあるわよ」

「・・・・・・今日は雨だな」

なんとでも言うがいいわ、と叫ぶ静の声は普段よりちょっと楽しそうだった。


†††


「見送りなんて珍しいわね」

「いきなり朝飯を作ったお前に言われたくない」

ちぇっ、と静は一瞬顔をゆがめたが、すぐに元に戻して

「行ってきます」

と言った。

「気をつけてな」

がちゃり、と閉まるドアに静の姿が遮られるまで渡は静を見ていた。目に焼き付けるように。


†††


今日の静は本当に上機嫌だった。普段なら全部睡眠学習している講義もなんと、半分しか寝ずにすんだ。すれちが


う掃除のおっちゃんとも会釈をしたし、何と言ってもきわめつきは、

「ねえ、ご飯一緒にどう?」

「ん?いいよ」


偶然出会った矢部に声をかけたことである。


†††


「あのゼミ難しくない?」

「そう?僕は楽しいけど」

矢部がスプーンでカレーを口に運びながら言う。

「楽しいっていうか、面白いとは思うんだけど」

静は味噌汁をすする。

「・・・・・・混んできたね。ややこしい?」

矢部はイスに置いていた鞄を足下に下ろした。

「うーん、そうね。ちょっと難しいわ」

「どのあたりが?」

静は矢部の目をちら、と見た。少年のようなきらっきらした瞳だった。

静はその目にどきり、としつつも答える。

「未来は決まっている、とかなんとか」

「最初の部分じゃん・・・・・・」

矢部がはは、と笑う。

「笑わないでよ」

「ごめんごめん。じゃ、バタフライエフェクトって覚えてる?」


†††


「ただいまー」

がちゃり、とドアが開く。出迎えはない。

「ただいまー」

静はしつこくただいま、を繰り返した。この喜びをあんたにもわかってほしいのよ、という感じだ。あふれるよう


な幸せオーラである。

静はキッチンをのぞく、程の広さも奥行きもないのだが、まあ見た。

しかし、渡はいなかった。いつもならこの時間だと夕食を作っているのに。

リビングか、と静はドアを開ける。

「ただいま!」

と渡に元気よく言う。しかし、渡は青ざめた表情で静の顔を眺めているだけだ。手になにやら紙を持っているよう


だ。

「どうしたのよ?」

静が鞄をベッドに置き、腰掛けながら尋ねると、



「・・・・・・あんた、誰だ?」

渡は一言、静に向かってそう言ったのである。


†††

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