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この回想の引き金は静の「どうして家出したの?」という言葉だった。

★付箋文★

以下は一年前の渡の回想である。つまり、渡がタイムスリップする一年前、「現在」の三百年後にあたる。このときも「現在」と同じ六月の頭だった。

「なー、トキ、「物理的に閉じた空間」の作り方今度教えてくれよ」

「あー、あれか。難しいからな。いいぜ」

トキと呼ばれた少年は渡だった。

だが「現在」の三百年後にあたるこの時代の彼の友人に彼を「時瀬渡」と認識している者はいない。なぜなら「時瀬渡」の「渡」は本名ではないからだ。「渡」は「現在」で馴染めるように、と変更された名前なのだ。彼のことをこの時代ではトキと呼ぶとしよう。時瀬だからトキである。

また言葉も「現在」とは違う。間違いなく日本語なのだが最早イントネーションが変わってしまっているので、この会話を静が聞いたとしてもすんなりと理解するのは難しいだろう。

渡は魔法で「現在」の日本語に対応しているのだ。それゆえに渡は静と普通に会話できるのだ。


トキは今、学校にいた。学校と言っても教えるのは科学ばかりではなく、魔法も教えていた。もっとも、魔法を教える学校は日本ではそう多くはなくその数は片手で数えられるほどであった。

つまりはエリート学校である。この時代では魔法は当たり前の者ではあったが使える者はほとんどいなかった。非常に限定された物だったのである。

彼がこの学校に入学できたのは彼の才能は言うまでもなく、彼の父の影響もあったためである。別に父が裏で何かしたということではなく、父の存在がトキの能力に影響を与えた、ということである。

彼の父は魔法を研究する学者であった。そしてトキは父を深く尊敬していた。

しかし、一方で自分では魔法を使えず、使える者も少ないため実験も思うように進められない父も見てきたのだった。

だから、トキは尊敬する父親に自分の魔法で研究を進めてもらうために国内で最難関である道を選んだのだった。

結論から言えば、トキはその学校の中で抜群に出来がよかった。実技でも理論でも敵う相手はいなかった。そもそも学校に通うレベルではなく最早研究するレベルであり、実際に研究を始めていた。

彼の研究は主に「絶対性」に関することであった。その魔法さえ使うことができれば他の魔法の効果を出すこともできる、そういう魔法を産みだそうとしていた。

この命題は魔法が発見されてから十年ほどで考えられ始めた。魔法は種類も多く、覚え辛い。しかも少しでも式を間違えれば予想できない効果が出てしまう。

故に昔から多くの研究者達が挑戦しては敗れ去ってきたのだ。

トキはこの問題を真剣に解こうとしてはいたが、別に本気で解けるとは思ってはいなかった。ただ、退屈とも言える授業授業の毎日に張り合いが欲しかったのだ。

とはいえ、研究はゆるゆると続き、始めてからすでに数年が経過していた。

授業など二の次。そもそも聞かなくても全部理解していたし、実践できた。

そんな彼を妬む者も当然いたが彼とつきあいがある者は大抵その毒気の無さに面食らった。授業を真面目に受けてはいないが、そんな素振りは見せないように気は使っていた。

学校での用事が全て終わると交通機関と家に帰る。魔法でぱっと帰ったりはしない。魔法はそんなにほいほい使っていいものではないのだ。交通機関の性能も「現在」とは段違いなのだ。使わなくても三十分あれば帰宅できた。


★付箋文★

「おかえり」帰宅すると家のどこかから父の声がした。

「ああ、ただいま」トキも返事をする。

荷物を自分の部屋に奥とトキは

「今からご飯の準備するから」と家のどこかにいる父に言った。んー、とか、あー、とかいう返事が聞こえた。

料理は別に「現在」の日本と変わりない。ただ機材は大きく様変わりして、はるかに使いやすくなっていた。


「できたぞー」

何十分かしてやはり書斎にいるのであろう父に向けて叫ぶ。どたどたと駆け降りてくる足音がする。父だ。父が階段を歩いて降りたためしがない。

父が席に着く。テーブルにはすでに夕食の品が並んでいた。「現在」とそうかわりばえのしない料理ばかりだ。この親子は古風なのだ。

「いただきます」

二人そろって言って食事を始める。会話は特にしない。テレビをつけているわけでもない。ただ静かに食事をとるのがこの家のスタイルだった。

母親はいない。仕事ばかりで愛想のない夫に嫌気がさした母親は離婚を提案した。母親はトキを連れていこうとしたが、トキは父親と住むことを選んだ。

「うまいな」父がぼそりと言う。

「いつもどおりだろ?」

「まあな」

その後は会話が無くなり、そのまま

「ごちそうさま」

食事の時間、この親子の数少ない団欒の時は終わった。父は書斎へ研究に戻り、トキも勉強といいつつ研究に自室へと籠もった。

とはいえ、数時間すれば夜食の時間なのだが。


★付箋文★

「さて!」

回想終わり、とばかりに渡は勢いよくソファから起きあがり、

「掃除するかあ!」と叫んだ。


★付箋文★

家事は全て済んだ。掃除は終えたし、洗濯もハプニングがあったもののやり遂げた。昼食もすませ、夕食までは時間がある。バイトもめぼしい物はチェックした。ならば・・・・・・

「散歩に行くか!」

散歩である。

町の真ん中なので緑は確かに少なかったがそれでも公園なんかには多少は残っている。そんな所をぶらぶら、雲を見ながら歩き回った。魔法使いだから自然の力を感じている、ワケではない。魔法はそんな代物ではない。

散歩だとか自然だとかは完全に彼の趣味だった。自然大好き、絶対保護!というわけでもなくただあの緑の変な形のうねうねを見ているのが好きだったのだ。雲も似たような意味で好きだった。渡以外の魔法使いでこんな風に散歩をする奴はあまりいなかった。この時代と同じである。

別に何時間でも散歩したままで過ごせるのだがそれ以外にも俗世がらみでやりたいこともいっぱいあったので彼は一時間そこそこで散歩を切り上げ、町中へと繰り出した。電化製品を見に行ったのである。


★付箋文★

そのころ静は面白くもない講義を睡魔と格闘しながらも聞いていた。ノートはとっていたがいかんせん睡魔のせいで非常に筆圧が低いわけのわからない字が書き連ねてあるだけであった。

ようやく講義が終わり、出席の紙を提出して図書館へ向かう。次のコマは空きでその次のコマにゼミがあるのだ。

「ゼミの準備をしないと」

ゼミの課題は「近年の人口増加に関してのなんたらかんたら」だった。最後の仕上げをしなければいけない。昨日の夜はとんでもないことがあってほとんどできなかったが、絶対に仕上げないとまずい。今日は発表なのだ。

確かに発表で半端な出来の物を引っ提げていくとそれは単位に響くだろうが、静の場合はそれだけではなかった。

片思いの「彼」がそのゼミにいるのだ。いや、そのゼミに彼がいるのだ。

★付箋文★

その「彼」はクラスこそ違ったが静と同じ高校の同級生だった。高校の時は別に気にもならない存在だった。彼が同じ大学に通っていることさえ知らなかった。それがまあ、ゼミをとってみると同じ高校の人間が居たのだ。静はとりあえず声をかけた。

「どうも」

「え?ああ、どうも」

彼の反応はほとんど無かった。

「あの・・・・・・、私、わかります?」

「へ?どこかであったことありましたっけ?」

静はちょっと面白くなかった。自分はこいつのことを覚えているが、こいつはあたしのことを忘れている・・・・・・。

「同じ高校よ」

「あー、うん、クラスは違うよね・・・・・・?」

完全に知らなかったらしい。というか同じクラスの人間忘れてるのか。

「違うけど、見覚えくらいないの?」

「無いね」即答だった。

「・・・・・・。じゃあ、よろしく。このゼミがんばりましょう」

「ああ、お互いにね」

そう言って静は違う席に着いた。

その後家に帰ってからアルバムを確認したところ「彼」の名前は矢部優やべ・まさるであった。


そしてかれこれ三週間。静は矢部を気にかけるうちに気が付いたときには好きになっていたのだった。


★付箋文★

「わははははははははははは!」

渡は静を指さして爆笑していた。静はただ赤面して黙っている。

「だはははははははははははは!なにそれ、なにそれ~?ははははははは、ぶはっ」

「殴るよ!」

「殴ってから言うなよ!」

静はその日の晩、つまり渡が来た二日目に、自分の恋について渡に相談したのだった。そう言うわけで静がどのように恋に落ちたかを少し照れながら打ち明けたのところ、渡がついにこらえきれず笑いだしたのだ。

「あんた、あたしが真剣に話してるってのに・・・・・・」

「いや、だってお前面白いもん」

「ああ?」

「ハリセン振りあげないでくれるか?ハリセンでもすごく怖ええ」

「じゃあ、笑うんじゃないわよ」

「わかった、わかった」

静はベッドに腰掛け、渡は床にあぐらをかいて座っていたがちょっと天井を見上げた。

「いーよ、手伝ってやるよ」

「本当?」

「うわ、びっくりした」

渡は静がやたらと高い声を出したことに素直なリアクションをした。

静は少し顔を赤くした。恥ずかしいらしい。

渡は頭をかりかりした。

「でもそんなには期待しないでくれよ。魔法はあまり使えないからな」

「わかってるわよ」

そういう訳で渡が静の片思いをサポートすることが正式に(?)決まった。


★付箋文★

もう二人とも布団の中に入り、部屋を仕切るカーテンも引いた後で静がなにやらごそごそする音が聞こえた。何の音かと思って渡が注意して聞いているとどうやら木刀のようだった。

「・・・・・・なあ、木刀一体何本あるんだ?」

「ひい、ふう、みい、・・・・・・」静は指折り数える。

「どんだけあんだよ・・・・・・」

「五本」

「多すぎだろ!?」

「男と同居してるのよ、これくらいしないと」

「俺をどつくためのなのか!?」

「そうよ、変なことしたら殺すわよ」

「はあ、まあ、殺されんようにするよ」

「そうよ。その方が身のためね」

「はいはい。じゃあ、おやすみ」

「ん、おやすみ」



★付箋文★

そんな感じで数日が過ぎていった。そのうちに渡はバイトを始めた。なんとかという何でも屋で雇ってもらったようだ。時給はそれほど高くはなかったが入れる時間が長かったので一月ではかなり稼げる予定だった。


そして渡がやって来てから一週間ほど経った日に静は渡を大学へ連れていった。

静は渡に片思いの相手であ矢部を見せるため、確認させるためであった。

「これが大学か。中々なもんだな」

「なんで上から目線なのよ」

「だって俺未来人だし」

「そんな理屈があたしに通じるとでも?」

「別にお前を評価してねえよ」

「評価に値しないですって!?」

「違うよ!聞けよ、人の話!」

「ところでさあ」

ふと静は話を区切った。本当にマイペースだな、と渡は思う。

「なんで言葉通じるの?あんた未来から来たんでしょ」

「言ってなかったっけ?魔法で色々してるんだよ」

「色々って?」

「説明しても構わんけどわからんと思うぜ?」

「じゃあ、いいわ」

ある教室の前まで来て静は渡に向き合って言った。

「九十分したら授業が終わるから。そうしたらまたこの教室に来て」

「わかった」

静は教室に入り、渡は大学の外にあった古本屋へと向かっていった。


★付箋文★

八十分くらいの時には渡はすでに教室の外で待機して、先ほど購入した物理の本をぱらぱらと読んでいた。そうして九十分と少し経ったあたりで学生がぽおぽろと教室から出てきた。その中に静の姿はまだ無い。

渡に矢部の姿を確認させる手順は、まず例のゼミの授業を静が受ける。渡は教室の外に控えておく。

授業が終わると矢部が出てくるはずなのでその時に静が後ろから(この人よ)と指さして渡に示す手はずになっていた。

しかしなかなか静が出てこない。まさか見逃してしまったか、と渡が心配し始めた時に一人の学生が出てきて、続いて静が出てきた。先の学生を指さしている。

ほう、と渡は思った。静が片思いするのも無理はない。

その学生はよく整った顔立ちをしていた。鼻は低すぎず高すぎずちょうどよく、髭はきちんと剃っており、目は真っ直ぐで意志の強さが現れるよう、髪は短髪で、当然染めてもいない。

硬派そうな印象をあたえるのでもてるわけではないだろうが、だからこそ静のようなややこしい女にはどんぴしゃだったのだろう、と渡は感じた。


★付箋文★

「ふー、ただいま」

「あー、おかえり」

静の帰宅の宣言に返事をしたのは渡。夕食と風呂の用意はすでにできていた。

ちなみに風呂や洗濯など、渡の男要素が生活に混じるのを静は最初はかなり抵抗して、

「風呂と洗濯は別よ!」

と叫んでいたが、四日ほど経つと、

「なんか気にならなくなったから一緒でいいわよ」

などとさっぱりと言ったので渡は少し申し訳なさを感じつつも、風呂は銭湯から家に、洗濯はコインランドリーから家の洗濯機に、代わった。

「遅かったな」

「今日はサークル仲間と話し込んじゃってね」

「そうか、なら連絡しろよ。メシが作りにくい」

「わかったわよ。家に電話すればいいのね」

「そうだな。・・・・・・」

そこで渡は少し思案顔になった。

「何よ、どうしたのよ」

「俺も・・・・・・携帯電話を持った方がいいかと、ふと思ってな」

「必要?」

「わからないけど必要になるかも」

「買っとけば?」

「そうだな。じゃあ、また今度頼むよ」

「ああ、そうね。一人じゃ買えないものね」

渡がうなずく。未来から来た彼には当然住所が無い。なので契約は静が行わなくてはならないのだ。

「さて、それはそれとして、よ」

静はテーブルのそばに座り込み、テレビを点ける。渡もその正面に座る。

テレビをかけて、ちゃぶ台大のこのテーブルを囲むのが二人の相談時のスタイルの一つだった。

「どーやって、矢部君を振り向かせるのよ」

「なんか恥ずかしいな。この感じ」

「うるさい。真面目に考えなさいよ」

ふあーっと渡はあくびをした。そしてテーブルの端にあったスナック菓子の一つを開けた。棒状のじゃがいもを揚げたやつだ。

二人でその中身をつつきつつ話し合いを進める。

「なんであんたが矢部君に会う必要があったの?」

「あいつを見ておけばいつでもあいつの居場所がわかるようになるんだよ」

静の菓子をつまむ手が止まった。

「え、なにそれ、魔法?」

「ちょっと違うね」

渡は棒状のスナック菓子をつまんでそれをくるくると回した。

「矢部の魂を見たんだよ。魔法使いならできる」

「へえ・・・・・・。なんか怖いわね」

「そうか。まあ、位置くらいしかわかんないんだけどな」

「ふーん。あたしのも見たの?」

「ああ、見えてる」

静はかなり嫌そうな顔をした。

「ああそう・・・・・・。じゃあ、あたしのピンチには駆けつけてよね」

「そりゃ、無理だね。ピンチかどうかわかんないから」

「役立たずね」

「便利屋じゃないので」

「何でも屋でしょうが」

「バイトなんで」

渡は口をとがらせて菓子を唇と鼻ではさんだ。その格好に思わず静は吹き出した。しかし顔を背けてこらえている。

「あ、あんた、やめ・・・・・・」

「おっ、これ面白い?ツボか?」

「くっ、あははははは」

さらに渡が顔を変化させたので静はたまらず笑い転げた。

「ほれほれ、ほいほい」

渡も調子に乗って変顔を連発する。

収まって再び相談するテンションまで戻ったのは十分ほどしてからだった。


★付箋文★

「じゃあ、頼んだわよ」静が家を出るときに言ってきた。

「ああ、任せとけ」渡は朝食の後かたづけの手を止めて返事する。

今日はバイトもなく、家事もたまっていない。なので午前中に家の用事を全て済ませて、午後には大学に行く予定だった。

講義をただで聞きに行くのではない、矢部とお近づきになるのだ。


「矢部君と友達になってよ」

昨夜、静が唐突に言い出したことだ。

「はあ?俺が?お前じゃなくて?」

「そうそう、あんたが」

「なんで?」

「なんでって・・・・・・。そんなこともわかんないの?」

「・・・・・・お前、あいつと直接話すのが怖いのか」

「そうよ」

「えらくはっきり言ったな」

「そうね。でもそこをぐちぐち言うと怒るわよ」

「言わねえよ。・・・・・・そんなんで大丈夫か?」

「何が?」

「俺があいつと友達になった後だよ。お前も友達になれるのか?」

「うるさいわね、そんなことは友達になってからいいなさいよ」

「へいへい」

その後もなんやかんや騒がしい押収が続いたのだが、割愛するとしよう。



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