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その後三十分かけて静が知った情報をまとめよう。

その一、彼女の部屋への侵入者の名前は時瀬渡といって未来から来た魔法使い。

その二、こいつは時間遡行魔法とかいうものを使ったらしく、その出口が静の部屋だった。

その三、そのため静の部屋は非常に不安定になっており時瀬はその調整をしなければならない、とのこと。

その四、こいつがこの時代に来た理由は「家出」だそうだ。


「はああああああああぁぁぁぁぁぁ???!!!」

初夏の夜に静の絶叫が響きわたる。

「落ち着いて落ち着いて」

「落ち着けるかあああぁぁぁぁ!!!」

静がその辺に置いてあったハリセンで思いっ切り渡をどつく。ハリセンでも全力だと少し痛いことを渡は知った。

「家出!家出であたしの家に居座ろうってのか?!ああ?!」

ハリセンを持って目を血走らせて仁王立ちする静の姿は実に迫力があった。

「はい。お恥ずかしながら」

「くうううううう」

声にならない叫び声をあげて静は頭を抱える。

しかしやがて諦めたように腕をだらりと垂らし、目は虚ろになった。

「わかった。家出はいいわ。じゃあ、何か見返りはあるんでしょうね」

「え?」

「え、じゃないわよ。あんた無条件であたしのの家に居座るっての?」

「それもそうだな。何がいい?」

「え?そうね・・・・・・。あんた、魔法使いなのよね」

「そうだよ」

「じゃあ、あたしのために魔法を使うってのはどうよ?」

「あー・・・・・・。そうか。そうなるか、なるよな」

渡は頭をがりがりと掻いた。

「それは・・・・・・やめてほしいな」

「なんでよ」と睨みつける静。渡は冷や汗をかき、ごくりと唾を飲む。ハリセンの恐怖が脳裏によみがえっているのだろうか

「「影響」が出てこの部屋の不安定度がなかなか下がらなくなる」

「・・・・・・つまり?」

「あまり、使ってはあげられない。というか、使いたくない。君も俺に長居されるのは嫌だろ?」

「全く使えないの?」

「いや、使えるけど制限しないと」

「使えはするのね?」

「ああ」

「頻度は?」

「一ヶ月に一度か・・・・・・。もっと少ないかもしれない」

「多くはならないのね?」

「多くなることはない」と渡は断言した。

静は目を閉じてしばらく悩んでいたが、この男を追いやることができない状況下において答えは一つしかなかった。

静はため息をついた。

「わかったわ。一ヶ月に一度ね」

「交渉成立?」

「ええ」

渡は手を差し出した。静は黙って握手に応じた。

が、静はそのまま渡の手をぎりぎりと握りしめた。握りつぶしてやるわ!と言わんばかりの握力だった。

思わぬ攻撃に悶絶する渡に

「もちろん、他にも色々やってもらうからね!わかった!?」

「分かりました分かりました!痛い痛い痛い~!放して放して!」

「とりあえず掃除洗濯炊飯。つまり家事全般。あとバイトして金も稼いで」

「わかった!わかりました!だから手を放して!」

「あとはそうね・・・・・・」

「まだあるのか!手を握りつぶしながら考えるのはやめてくれ!」

渡の手はようやく解放された。うっわ、手がちゃんと動かねーよ、と渡がぼそぼそ言っているが静は全く気にも留めない。

「あ!」

何か思いついたようだ。どうせロクでもないことなんだろうと、渡は眉にシワをよせて見ている。

しかし、静は少し考える素振りをして、

「いや、やっぱりいいわ」

と言った。耳の辺りが真っ赤になっていた。

「なんだ?片思いの相手でもいるのか?」

それを聞いて静は目をがっと見開き、

「ち、違うわよ」

「図星かよ・・・・・・」

「~~~!!!違うっつってんでしょうが!」

静は声にならない叫び声を上げた後、ハリセンをお見舞いしながら二の句を継いだ。もっとも渡には聞こえなかったのだが。


★付箋文★

翌日。静は目を覚まし、窓のカーテンを開け、外の景色を眺めた。

「今日もいい天気!」

と元気一杯に宣言し、ふと部屋の一角に目をやってしまった。

そこには大きな布がぶら下がっていた。その布の向こう側には「同居人」が居る。

その布は壁の突起と突起に結びつけられていて部屋を二つに分断している。そうして分けられた二畳「部屋」は渡の物である。それだけは渡の所持が許可されたのだ。

「夢じゃないか・・・・・・。やっぱりね」

先ほどの静の元気も少し無くなった気がする。

するとその隔絶カーテンがばっとめくれあがった。犯人は当然渡だ。

「おはよう!」

と言いつつしゅっと手を挙げる。

「・・・・・・おはよう」

と静もややげんなりと手を挙げ返す。

渡は朝に強いタイプらしくさっさと起きあがって

「家事は俺の担当だったな」

と言ってキッチンに消えていった。

がば、と冷蔵庫を開ける音がした。そしてすぐにばたん、と冷蔵庫の閉まる音。

「おい」

にゅっと渡の首だけが静の居る部屋に入ってきた。静は何をするでもなくぬいぐるみを抱えてぼーっとしていた。

「何よ」と静。心当たりがあるようで本人も少し決まりが悪そうだ。

「冷蔵庫の中まともな物がねーじゃねえか」

「しょうがないでしょ。サークルで忙しいのよ」

静が口をとがらせて言い返す。それに取り合わずに渡はやれやれと首を振って再びキッチンに引っ込んでいった。


しばらくして出てきたのはスクランブルエッグだった。

「あたしの方が美味しいわね」

「事実だとしてもそんなこと言うな」

「はいはい」

静はスプーンで卵をかき集めながら渡に尋ねる。

「あんた、この後どうするわけ?」

「この後?」

「あたしが大学に行った後」

「ああ」

と渡は納得した音を出し、

「まー、とりあえず家事はしといてやるよ。暇だし。ところで」

と渡は静の机の上のノートパソコンを指さす。

「あれ使っていいか?」

「いいけど、何に使うの?」

「ん、昨日お前に言われたからじゃないけど、バイトの情報を見たいんだよ」

渡は皿を持ち上げて卵をかき込んだ。この状況に神経の細い女の子なら気が狂うかもしれないが、心配は要らない。静の神経は太かった。伊達に男ばかりの空手サークルに入っていない。

「バイトしてその金、何に使うの?」

「んー、別に決めてないけど部屋代、とかパソコン買ったり、とか」

「まあ、部屋代はともかく食費はどうにかしないとね」

「他にも色々金がかかるだろ。同居人が増えると」

「出てってくれるのが一番なんだけどね」

「無理だって」

「ちっ」

静は行儀悪く舌打ちをしたが、普段からこんな態度を他人に見せたりはしない。渡にだけだ。

「ねえ、あんた」

「ん」

「どうして家出したの?」

「ちょっとしたケンカだよ」

「ふーん」

しかし、質問したときに渡の手がほんの一瞬止まったのを静は見逃さなかった。

二人で食事を終えて食器を片づけた。といっても洗いはしない。渡が居るからだ。この男がいれば家事の負担はぐっと減るだろう・・・・・・。

「あんた、家事できんの?」

「できるよ、失敬な」

「そう、よかった。家事全部やっといてね」

「わかってるよ。・・・・・・なんかむかつくな」

「何か言った?」

「何も言ってねえよ」

そういうわけで静は家事をせずとも、何の気兼ねもなく大学に行けるようになった。

しかし、彼女が洗濯物の中に自分の下着が当然入っているということを間抜けにもこのとき忘れていて、午後の講義中に思い出し、さすがに羞恥心で顔が真っ赤になったことはちゃんと書いておこう。


静が出ていって、渡はすとんとソファに腰掛ける。彼にはちょっと柔らかすぎた。もう少し固い方が好みだった。

そうして彼はぼんやりと雲をみるように一年前のことを思い出し始めた。


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