滅びの穴
初ファンタジーです。
暖かい目でご覧ください。
我が名は、アルト・バイエルン。
我がバイエルン王国の国王、シュルツ・バイエルンの息子にして、次期後継者である。
世がいうところの、『王子』という地位である。
我はその父上の意思に背くことがないように、生まれて、しばらくして物心がついて、王宮学校に通い、そこをほとんどトップの成績で卒業し、魔力の操作にも慣れてきて、今日に至るまでの約20年間を生きてきたつもりだった。
そんな成績優秀、容姿端麗、王族家系の我を恨んでいるものによる誘拐に巻き込まれてしまった。
夜になり、寝床に入ろうと腰を屈めた時に、背後から襲われたのだ。恐らく姿や気配を消すような魔法を使って侵入したのだろうが、一瞬の出来事だったのですぐに気を失ってしまった。
そして道中、少し意識が回復した時に、犯人たちの会話が聞こえてきた。
「おい。本当にやるのかよ」
「もちろんだよ。こいつさえいなければ俺は国家魔法士になって、今頃は裕福な生活を送れたに違いないんだ」
なんだ。逆恨みか。
我は再び薄れゆく意識の中でそんなことを思っていた。
「でもここってどこに続いてるのかわからないんだろ? もしこれがバレたら・・・」
「バカ野郎! バレないようにするためにここに落とすんだろ!」
最後に聞いたのがこの会話だった。
恐らく、王国の最南端にある『滅びの穴』と呼ばれているところに落とされるのだろう。
そこは噂でしかないのだが、一度穴に落ちると二度と戻ってはこれないと言われている穴だそうだ。
かなり昔に入った魔法士が帰ってこなかったことがあるそうで、それ以来、王国民からは恐れられていて誰も近づかないようになっている穴だ。
私はついに途切れてしまった意識によって、落とされたのかどうかも確認することができぬまま目を開けることになった。
そして次に目を開けると、そこは・・・・・・『ニホン』と呼ばれる、我がいた世界とは似ているようで似ていない世界であった。
我は道端に倒れていたのではなく、道路の脇にある小さな城壁のようなものに背中をあずけて眠っていたらしい。そこを先程から我に色々と説明してくれているこの男が救助してくれたようだ。
「おいっ! お前、聞いてるのか? 俺はお前のためにだな」
「先程から申しているではないか。我の名は、アルト・バイエルンだ。お前などという呼び名ではない。我に対して失礼極まりない」
「だからそんなウインナーの会社みたいな名前を言われても困るんだっつーの!」
「ウインナー? それは有名な人なのか?」
「なんなんだよこいつ。ってゆーかウインナーは人じゃない。食べ物だっ!」
「そう怒鳴るな。そんなに叫ばなくても我の耳には聞こえているぞ。えーと・・・コンナ?」
「こ・ん・の! いとへんに甘いに野原の野で紺野だ。 どこまで聞こえてるんだよ」
「すまない。我の国ではそのような名前が無いので、覚えにくくて」
「そんなに流暢な日本語なのに、漢字を知らないってどういうことだ」
「カンジ? どういうものなのだ?」
「はぁ?」
このコンナという男は、先程から意味のわからない言葉ばかり使う。
ウインナーとかカンジとか、このあたりに住む者が使う言語の一つなのだろうか?
というか、この『ニホン』という国は、全くもって不思議である。
ところどころに細長い城のようなものはあるが、その周りに建てられている小さな家々は、灰色のブロックを積み上げて作られたと見られる小さな塀で囲まれていた。もしかして一つ一つが城としての役割をもっているのだろうか?
「おーい。えーと、アルトだっけ? お前、家はどこだよ」
「家? 我は王子であるぞ。バイエルン城に住んでいるに決まっておるではないか」
「バイエルン城? そんなのあるのか?」
そういってなにやら黒い薄いものを取り出して指を使って操作している。
アレはなんなのだ?
「バイエルン城っと・・・ん? やっぱりバイエルン城なんて無いじゃないか」
「そんなはずは・・・」
「ほれ」
そう言って黒いものを我の前に差し出した。そこには立派な城がいくつも写っていた。
そこに一つ一つ文字が書いてあるのだが、見たこともない文字ばかりで読むことができない。
「これは我が城ではない」
「わかってるよ。だから無いって言ってるんじゃないか。でもドイツにバイエルンって州があって、そこの城ってことならあるけど、そこの城を作ったのはノイスヴァンシュタインって人らしいから、お前とは違うよな」
「そうだ。我がバイエルン王国は代々バイエルンの家系の者が・・・」
「わかったって。さっきも聞いたから。そりよりも、まぁなんだ。そろそろ移動するか。こんなところでそんな格好でいられたら変に目立つし」
「そんな格好?」
確かに周りを見ると、変な服装をした人間が多い。我が今着ている衣服は正装ではないものの、周りの人間と比べると少し違う気もする。
「だいたい、その格好はなんだよ。今どき白タイツに肩パッド入れて歩く王子様はいないぞ?」
「我の国ではこれが普通なのだ。コンナにとやかく言われる筋合いはない」
「紺野な。はぁ、いいから移動するぞ。お前の話聞いてるとなんか疲れてくるわ」
そう言って先を歩いていくコンナに、置いて行かれないようにとついて行く。
我は思っていたのだが、ここはどこの国なのだろうか。
我のいる国とは違う文化や服装、そしてカンジやウインナーといった謎の言葉、あの黒い物。
全てが初めて見るものだった。
そしてあの滅びの穴に落とされたのは夢だったのだろうか?
そんなことを考えながら、私はコンナの後ろを歩いていった。